コメント
0件
「俺のモノでは、お前には、大きすぎるだろう。下働きの男のを借りて来てやった」
黄良は、夢龍へ、くたびれた衣を差し出した。
「まあ、若様には、不釣り合いだがな」
と、言うと、黄良はニヤリとした。
見え透いた挑発だと、夢龍は思った。そんなものには、馴れている。都では、支配階級は、嫌われていた。そして、年若い夢龍は、常に、からかいやら、嫌みやら、理由なき苛立ちをふっかけられていたのだ。そのたび、お付きのパンジャが上手く立ち回ってくれていた──。
「いやいや、着れるだけでもありがたい」
夢龍は、パンジャの真似をしてみる。これからは、一人で対応しなければならない。幸いにも、夢龍には、パンジャというお手本がある。やつの行っていた様に、こなして行けば良いだけだ。
「……お前、どうしちまった。急に、おかしな口調に成り下がって。何か?俺に、喧嘩売ってんのかよ?そんなに、衣が気にくわねぇのか?」
どうしたことか、黄良は、苛立った。
「いや、そんなつもりは、ないのだが……つい」
つい、なんだって?と、黄良が迫ってくる。
「い、いや、ここは、酒場なのか?思っていた様子と異なったので……」
「で、下世話になってみましたって、か?」
「ああ、まあ、そうゆう風に見えたのなら、謝る」
夢龍は、とっさに、黄良の機嫌を取っていた。
どうも、あの、緑色の瞳は落ち着かない。瑠璃のような、輝く瞳は、美しいと見せかける。
その濁りを隠すのには、適していると夢龍は思った。 お陰で何を企んでいるのか、さっぱり読めない。
「まあ、いいさ、世間知らずのお坊ちゃん相手にしたところで、しょうがない。ここは、春香の店だ。表向きは、宿屋ということになっている。泊まり客に、飯を出しているだけで、ここは、皆が、飯を食いに来る所だ」
なるほど、それで、内には、机、外には縁台が並んでいる訳か。あえて、表向きという所を見ると、酒も置いてある、ということで、無論、密造酒の類《たぐ》いだろう。まともな酒を扱っては、この田舎で商うのは無理なこと。手頃な値段で出せる酒、と、なると、自家製なり、どこかから仕入れる、非合法という類の酒──。
だから、表向きは、と、言ったのか。はたまた、また別の裏があるのか。
「気になるかい?」
深追いするな、と、いうことか、はたまた、探れるものなら、やってみろ、と、いうことか。
やけに、開き直る黄良の態度が、ひっかかる。
「それは、そうだろう。もしかしたら、働くことになるかもしれないのだから」
こいつは、おもしれぇー、と、黄良は、笑った。
「まあ、おいおいわかるさ。別に、隠しだてなどしてないからな。そんなことしてたら、客が来なくなる。そうだろ?」
と、なぜか、黄良は念を押して来た。
「さあ、私には、わからん話だ。すまんが、着替えさせてもらって良いか?」
「おお、そうだったな。濡れ鼠のままだったな!」
引き留めて悪かったと、黄良は笑った。