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二人が入りびたるようになってから、かなりの月日が過ぎていき、六歳になった俺達は剣術に心得のある使用人から剣術の手ほどきも受けるようになっていた。
「もらった!」
「あっ」
強く踏み込んだ一撃により、俺の木剣が弾き飛ばされる。
「ようし、俺の勝ちだなユウリ!」
俺に剣先を向けてそう宣言するルーク。
「あはは、剣だけじゃ敵わないなぁ」
剣技に関してはルークが一番筋がいいらしく、三人の中では頭一つ抜きん出ていた。
俺も剣だけでは勝てず、魔法を併用……というより、魔法を軸に戦わなければと正面からでは勝てず、多少悔しい思いをしたりもした。
「ユウリ、力無いから剣が軽いんだよな。もっと重い攻撃じゃないと」
「だそうですよルナ」
「次私ね、本気で行くから」
ルナは腕を勢いよく振り回しながら、ルークの元へと歩いていく。
「おまっ、おいユウリ洒落になんねえって! おいルナ、せめて剣は使えよ!」
「素手で大丈夫」
「俺が大丈夫じゃない!」
もっとも、剣のセンスはルークが一番というだけで、特異体質である身体強化を存分に発揮したルナには一度も勝てないでいたが。
魔法の練習を行い、日々の鍛練も欠かすことなく、空いた時間にルナは自身の持つ特異体質を自在に制御できるように、俺も隠れて創造能力の練習、ルークは剣術に励むと、遊び盛りな同じ位の年頃の子供と比べると異常とまで言える程の生活を送っていた。
魔法が好きだから、半ば趣味のような感じでやっているし、剣術は二人が頑張っているのでそれに付き合っている内に一種の習慣と化し、さほど辛いとも思ってはいなかった。
それに、中身は元々青年。経験は乏しいながらも、子供の頃からの努力がどれ程大きいかというのはよく理解している。
ただ、ルークとルナがどうしてそこまでストイックに頑張れるのかは、少し疑問に思っていた。
「二人の原動力は一体なんなんだろ」
そう呟いた所で轟音と共に宙を舞うルークの姿が目に入る。
「ぐおわぁっ!」
「私の勝ちだね」
そう言いながら、満足げに戻ってくるルナ。その手には剣は握られておらず、どうやら本当に素手で戦ったようだ。
ルーク、御愁傷様です。
「派手に吹っ飛びましたが……あれ大丈夫ですか?」
「……あー、死ぬかと思った」
「大丈夫みたい」
特に何事も無かったかのように、頭を押さえながら起き上がるルークを見て、そう答えるルナ。ルークも日に日に打たれ強さが増していっている気がする。
「……ルナ、ふと疑問に思ったんですが、どうしてそこまで頑張れるんですか?」
「え? んー、なんでだろ? 楽しいから?」
楽しいときたか。
「でも、結構キツイと思うんですけど」
その感覚はわからなくはなかったが、子供がやるにしては異常なまでにハードなものだ。
その証拠に実際ルナやルークの実力は既に同年代では手に届かないレベルにまで到達している。
それを楽しいと言えるとは、素直に凄いと言わざるを得ない。
「でも、ユウリが居れば頑張れるよ」
「あー、はい。それはわかりましたから、今抱きつくのやめてください。汗かいてますし」
「ルナ、それくらいにしてそろそろ帰ろうぜ」
ルナが抱きつき困っている所を、見かねたルークがルナの襟を掴んで引き離す。いつものやり取りだ。
「もうちょっとー」
「また明日まで我慢しろ」
「そのまま帰るんですか? 汗かいてますし、家で水浴びでもされていっては?」
汗をかいたままで帰りの馬車に乗れば、後々汗臭くなるだろう。
「なんて名案! ねね、そうしようよルーク」
「どうせ走って帰るじゃん」
「えー、ユウリと水浴びぃ」
「なんで一緒になんだよ。良いから帰るぞ」
「あうー……」
名残惜しそうに手を伸ばすルナを引き摺ってそのまま帰路につく二人。
というか、走ってここまで来たのか。
馬車でも十分は掛かるというのに、凄いな二人は。
「汗流してくるかなぁ」
◇◆◇◆
「ふー、さっぱりした」
水浴びをして汗を流しさっぱりとした気分で自室に戻ろうとした時。
そんな時、唐突にそれはやってきた。
「……あれ」
階段の半ばで唐突に視界が歪む。平衡感覚が狂い、足から力が抜け倒れそうになる。
階段でなければ、そのまま倒れていただろう。俺は必死に壁に寄りかかり、もたれ掛かるようにして階段に腰を下ろす。
だが、腰を下ろしただけでは症状は緩和せず、むしろ更に酷くなる。
前世での経験が警報を鳴らす。不治の病に倒れた時と似た感覚。
助けを呼ぼうにも声が出せない。
「……やば」
……気絶する。そう思った時には既に俺の身体は倒れ、階段を音を立てて転がり落ちていた。
「ユウリちゃん!? 大丈--! ---!!」
音を聞き付けたリュカが、大慌てで飛んでくるのが見えた。
声が遠退いていく。視界の端が赤く染まっている。
額でも切ったかな……そう思いながら、俺は気を失った。
「ん……ここは……」
目が覚めると真っ先に自室の天井が目に入る。いつの間にか自室のベッドで寝ていたようだ。
しまった、ここは知らない天井だって言うべきだった……いや、よく見知った天井だけどね。
「お気付きになられましたか、お坊ちゃま」
執事が俺の顔を覗き込むようにしてそう言う。
「……?」
なんで、自室のベッドの側に執事が立っているのか、何があったのか理解できずに首を傾げていると、執事が説明してくれる。
「覚えておいでませんか? 急に階段で倒れ、意識を失ってしまわれたのです。熱も酷かったですが、幸い処置が早かった為、大事には至らずに済みました」
「……ああ、そういえば」
「今、奥様が外で主治医と話しておられますので、少々お待ち下さい」
執事はそう言うと、自室のドアを開けて外で主治医と話をしているリュカの側で待機する。
俺はベッドに横になりながら、ドア越しに聞こえてくる会話に耳を澄ます。
「ご子息様の秘める魔力は莫大です。ですがそれ故に力に身体が追い付いてきてないのでしょう。多大な負担がかかり、それが積み重なった結果、身体に支障をきたしたのだと思われます」
「……そう」
「成長するにつれ、負担はなくなっていくでしょうから心配される事はありません。これまで通りの生活を送って頂いて問題ないです」
「そう、よかったわ」
「ですが、その、後遺症といいますか……おそらく、体は強くなれない。病弱な体質となり、筋力や体力が付きにくくなるでしょう」
「…………そう」
近接戦闘において、かなりのハンデを背負う事になるという事。いや、その程度の事であれば、魔法の威力で補う事が出来る範囲ではある。しかし、肝心のそれは全力で行使すれば、俺自身にも影響が及ぶ諸刃の剣ときた。
それでも、この力が無いよりはマシか。実際役に立っている。
「それから、全力で魔法を使わせるのは控えさせてください。体に多大な負荷がかかり、体調を著しく崩してしまいます。今回倒れた原因の一つもそれです」
「……全力でなければ問題ないのかしら?」
「ええ、通常程度の魔法であるならば、体にかかる負荷も少なく大した影響はないかとおもわれます」
「そう、わかったわ」
「ユウリちゃん……」
医者との話は今ので終わったらしく、暗い顔のリュカが部屋に入ってくる。
「母様、ご心配おかけしました」
なんと声をかければいいのかわからなかったが、どうにか言葉をひねり出す。
「ごめんね、ママが無理させたから」
俺を抱きしめそう謝るリュカ。まだ未熟な内に魔法を教えた事を後悔しているのだろうか。俺はまた、彼女に心配をかけさせてしまった。
「母様、僕は自分の意思で魔法を学んだのです、それにきっとこれは避けられなかったことだと思います。早いか遅いかの違いですよ」
だけど、それは勘違いだ。リュカがそうさせずとも、きっと一人でやっていた。そうでなくとも、魔力による負担は掛かるので、いつかはこうなっていた。
これが神の言っていた力の代償というやつだろうか。だとしたら、あまりに大きな代償だ。
「ユウリー!」
「大丈夫か!?」
心配そうな顔をした二人が部屋に飛び込んでくる。
「ルナにルーク、お見舞いありがとうございます」
「倒れたって聞いて、ビックリしたよ」
「全くだぜ、ルナなんて今すぐ会いに行くって聞かなかったんだからな」
「大丈夫、別に大したことはなかったですから」
心配する親友に笑いかけ、安心させる。
「そっか、ならよかったぜ」
「はー、もうユウリが死んじゃったらどうしようかと……」
「大丈夫ですよ、後遺症はあるみたいですが、別段生活に困るってほどじゃないし、いつも通りにしても大丈夫だって」
「じゃあもう大丈……いや待て」
「後遺症ってどういう事?」
安心しかけた二人が俺の言葉を聞いて、ピタリと固まる。
「まぁ簡単に言うと、スタミナがあまりなかったりとかですかね、後は力が弱かったり」
「じゃあ今のままだね。よかったー」
「そうだな、安心したぜ」
「えっ?」
今度は二人の言葉に俺が固まる。
「ん? 何?」
「……いえ、なんでもないです」
今までと変わらないとか聞こえた気がするけど、きっと気のせいだろう。
「しかし、無事なのは安心したが……その、なんだ、もう剣はできないのか?」
少し不安そうに聞いてくるルーク。
「出来ないことはないですが、中々難しいでしょうね。続けはしますが戦うのはやはり、魔法を主軸に置くべきでしょうね」
ただでさえ打撃に重さがないと言われるのだ、この先もパワーアップの望みが薄いとなると、名残惜しくはあるが諦める他ないだろう。
「そっか、まあ元々ユウリはそっちのが強いからな」
ライバルが減ったのが少し寂しいのか、ルークの表情が一瞬だけ陰る。
それを見て少し申し訳ない気持ちになるが、元より剣でルークと張り合える程の実力はない。
「弱ってるユウリも可愛い……ああ、私が守ってあげたい! お姫様とそれを守る騎士! いい! すごくいい!」
「ルーク、彼女を現実に引き戻してあげてください」
「了解だ」
ルークは空想の世界へと旅立っているルナの頭を軽く叩いて、現実の世界へと引き戻す。
「あいたっ……もう、折角いいもの見れてたのに、なにするのよ」
よほど良い光景であったのだろう、ルナは不満たらたらにルークを睨み付ける。
「落ち着けルナ」
「全くです。誰が姫ですか、王子の間違いでしょう」
「……いや、そこかよ」
ルークはそんなルナとユウリを見て、多少の事では動じない肝の座り具合に苦笑する。
「じゃあ、俺達はもう帰るよ。ほら行くぞルナ」
「うー、まだ居たい……けど、居たらユウリ休めないもんね。今日は大人しく帰る」
しばらくお菓子をつまみながら談笑をした後、ルークがルナの襟首を掴みながら、重そうな腰を上げる。ルナも少し駄々をこねるが、今日は大した抵抗もせずに大人しく引き下がる。
ルナも彼女なりに気を使ってくれているのだろう。
二人は屋敷を出てからも、俺の居る部屋に手を振りながら帰る。身体強化を使い、およそ人では考えられないであろう脚力で地面を蹴り、あっという間に姿が見えなくなる。
「あの子達は、相変わらず元気ね」
リュカは二人が帰っていくのを見送りながら、楽しそうにそう呟く。
「おかげで二人から元気を分けてもらいました」
「そうね…………」
「……母様?」
窓の外を眺めながら、突然思いつめた表情になり黙り込むリュカに一体どうしたのかと尋ねる。すると、リュカはゆっくりとこちらに振り向き、少し考えるように一度目を伏せると、やがて小さな溜息をついて話を切り出す。