目が覚めた。
長い夢を見ていた気がする。
「どこだろう、ここ。」
赤い花が一面に咲いていた。
空には赤く輝く星が無数に散らばっていた。
ふと、自分の手を見る。
微かに透けている気がした。
「夢…かな、」
もう一度目を閉じて見る。
『おーい、おーい』
誰かが呼んでいる。
目を開けると、目の前には一人の男。
黒い髪と赤い目をした彼は僕を見ていた。
『おはよう』
彼はそういってやわらかく微笑む。
「誰、?」
その男は僕の目をまっすぐ見て答えた。
『僕は、渡灯(ともる)だよ。』
『きみは?』
「僕は…」
言いかけて自分の名前を思い出す。
「僕は、縹(はなだ)。」
『縹、綺麗な名前だ。』
彼はまた微笑んだ。
『ところで、きみの胸どうして空っぽなの?』
僕は彼の言ったことが理解できなかった。
彼は黙って僕の胸の辺りを指さす。
自分の胸に目をやるとぽっかりと穴が空いている。
「なんだろう、これ」
痛くも痒くもないその穴、でも少し冷たかった。
『僕の、あげるよ』
彼はそういって僕の胸に手を当てた。
すると、ポッと温かくなった。
代わりに彼の胸には穴が空いていた。
「痛くないの?」
『大丈夫さ。』
彼はそう答えた。
「もらっていいの?」
僕はもう一度尋ねた。
『いいさ、僕が持っていても意味ないからね。』
彼はそういって、背を向けた。
『またね、縹。』
「あっ、」
伸ばした手は届かず、彼はやわらかな春の風のように消えてしまった。
目が覚めた。
長い夢を見ていた。
「どこだろう、ここ。」
真っ白い天井と独特な臭いが印象的だ。
「縹!」
女性の声が聞こえた。
僕を呼んだのは、母だった。
「今、先生呼ぶからね。」
あぁ、そうだ。僕、飛び降りたんだ。
飛び降りる前に見た青い空が目の前に浮かぶ。
久しぶりに晴れたあの日、僕は学校の窓から飛び降りた。
すべて終わると思った。
あの時の開放感は二度と味わえない、いや、味わいたくはない。
今僕の胸で燃えている灯は僕のものではない。
そう考えるとまたポッと暖かくなった、気がする。
爽やかな風が病室を吹き抜けた。
僕はこの灯が燃え尽きるまで生きるのだと、
そう確信した。
渡灯の灯を胸に抱えて。