人というものは、こうも分かりやすいモノなのかと、夢龍は痛感していた。
パンジャの用意した、ツギのある野良着に近い朽ちた衣に着替えただけで、すれ違う人々が向けてくる、あからさまな侮蔑を含んだ視線の数々──。
さて、このモノ達は、すれ違った男が、実は両班《きぞく》の出で、国王の密使であると知ったならどう身を翻すであろう。
真実を唯一知る夢龍は、笑いが止まらなかった。
と、空腹を覚えた。
衣装がどうあれ、腹は減るということか。
太陽は、頭上高く登っていた。昼時なのだろう。
しかし、夢龍には、金子《ぜに》が無い。パンジャの指示で、とことん、落ちぶれた男を演じる為だ。
とはいえ、都育ちのお坊っちゃまである夢龍は、よくよく見れば、ボロを纏《まと》っていても、そこはかとなく品が漂っている。
そこを見抜ける者を探し、食事にありけ。それが、パンジャの言い分だった。
「ようございますか、そこいらの、農夫には、坊っちゃんの姿しか映りませんが、徳のある者には、坊っちゃんの生まれ持った品性が見てとれる。おおよそ、親に勘当されて、さ迷っているのだろうと、勘違いから心尽くしのもてなしを受けることができることでしょう」
「そんなものか?」
「ええ、儒教の教えたるものが、行き渡っている以上、そんなものなのです。ただ……、そうそう徳のある人物には、巡り会えません。そこの所をはき違えませんように」
パンジャは、ニヤニヤ笑っていた。
おおよそ、今の状況を分かっての事だったのだろう。
夢龍は、無残にも、水を頭から浴びせかけられ、そして、道端に、へたりこんでいる。
それなりに、裕福そうな家の裏口を訪ねてみたが、物乞いとわかった途端の所業だった。
いや、何も水まで浴びせかけることはないだろう。
何処かで、食べ物を恵んで貰うか、などと、安穏としていた自分に目が覚めた思いだった。
成る程、これが、底辺の暮らしなのか。分かっていたつもりだが、まさに、見ると行うとでは、大違い。それにつけても……屋敷構えは、立派であるのに、なぜだか、活気が感じられなかった。
応対した使用人は、もう、いい加減にしてくれと、独り言のようなものを吐いていた。
なんと言えばよいのか、こちらが、心配してしまうほど、その表情も態度も余裕が伺えなかったのだ。
屋敷の主人が、強欲なのか。それで、仕える者を追い詰めるのか。
いや、そうではなく──。
南原府使、下学徒。
この地を治める長官の名が、夢龍の脳裏に浮かんでいた。
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