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想定外に身体を繋げてしまった二人の関係に変化が起こることを心配していた朝陽だったが、案の定、状況は芳しくない方向へと進んでいた。
あれからも朝陽達は、これまでどおりの生活を続けている。昼は仕事に行って、夜に隼士の部屋でご飯を食べて、休日は他に予定が入らない限り二人で過ごす。日常はこれまでと一切変わらない。が、今の二人の間には確実に歪な空気が流れていた。
話の最中、目が合うとそれまでの言葉が止まってしまう。不意に指や肌が触れたりすると、慌てて身体を離してしまう。こんなことではいけないと思っても、二人が二人とも無意識に互いを意識してしまって、おかしな行動を取ってしまうのだ。こんなことがずっと続くものだから、朝陽の中の不安は日に日に大きくなっていった。
もしもこの状況がずっと続いたり、この空気が原因で距離が離れてしまったりしたら、どうしよう。考えただけでも心が乱れ、全てのことに手が着かなくなる。
朝陽は寒空の下、冷えきった唇を噛んだ。
今日は外での仕事だったから、そのまま直帰すると同時に隼士の会社に寄って、一緒に帰ろうと連絡を入れていたのだ。
隼士からの返事では、もうすぐ事務所を出るとのことだったので、あと数分もしないうちに出てくるだろう。考えながら待っていると、法律事務所が入っているビルから、見慣れた男が出てきた。
隼士だ、と朝陽は駆けよろうとする。が、その足が思わず止まった。
誰か、見知らぬ女性が隼士の後を追うようにしてビルから出てきて、声をかけたからだ。
すらっとした細身に、綺麗に結った長い髪。化粧はさほど濃くないように見えるのに、目鼻立ちははっきりと分かる、スーツがよく似合う知的そうな女性だ。そんな確実に美人の部類に入る女性に引き止められ、何かを話し合っている隼士の姿を見ると、何故か胃の辺りがギュッと締まった。
二人でどんな話をしているか知らないが、凄く楽しそうだ。しかも、今、隼士は彼女から何かプレゼントみたいなものを受け取ったように見えたが、気のせいだろうか。
嬉しそうな笑顔の隼士を見られるのはいいが、無性に苛立ちも覚えてしまう。
それから少ししてからだろうか、話を終えたらしい女性が手を振って帰っていく姿を確認すると、朝陽は足早に隼士の下へと駆け寄った。
「隼士っ」
呼ぶと、声に反応して隼士がこちらを見て手を上げてくれる。その手の中には、先程女性から渡された小さなプレゼントが握られていた。
「遅くなってごめん。あれ、それどうしたの?」
わざとらしくならないよう、今気づきましたという素振りで、手の中の物を見つめる。
ピンク色のビニールに、可愛らしいラッピング。全てから女性らしさが滲み出ている。
「ああ、これは静香がくれたんだ」
「静香……?」
「静香は俺の同期入社の弁護士で、大学のゼミも一緒だった女性だ」
初めて聞く名前に、やや緊張が走る。大学時代から一緒にいる人間なら、それなりに付き合いも長いはず。けれど朝陽は知らない。
胃の奥からモヤモヤとしたものが這い上がってくる。この感情は、一体何だ。
「へぇ、じょ、女性からプレゼントなんて、隼士もやるなぁ」
「これはそんな大層なものじゃない。多分、手作りの菓子か何かだろう」
言いながら、隼士がラッピングを開ける。
そういえば以前、隼士の会社はよく所員が持ち寄った菓子が配られると聞いたことがある。それは既製品だったり、手作りだったりと多岐に亘っていて、仲間内の仲のよさを伺える話だった。
ならばこれは、あの静香という女性が作った菓子ということか。理解した朝陽が、意識を再び隼士に向ける。
すると、目の前には袋から出したであろう菓子を口に入れ、既に咀嚼している男の姿があった。
「嘘っ。隼士、貰ったお菓子食べたのっ?」
何の躊躇いもなく菓子を食べた隼士に、朝陽は驚愕の声を上げる。しかし、それも無理はなかった。隼士は誰もが知る偏食のうえ、これまで「朝陽以外の人間が作ったもので美味しかった試しのものはないから」と、手作りのものは絶対に食べなかったのだから。
だというのに、どうして今日に限って食べたのだろう。究極にお腹が空いていて、どうしても耐えられなかった、とかだろうか。
ただ、そうだとしても隼士の口には合わないはず。きっと食べた後、眉間に皺を寄せるに違いない。
しかし、そんな朝陽の予想は大きく外れた。
「……美味い」