私はブルーノに与えられた仕事をこなした。
それを報告するために、オリバーの私室を出て、ブルーノを探す。
いつもは広間のソファにお気に入りのメイドと紅茶を飲みながら、話しているのだが。
(あれ? いないわ)
いつもブルーノが座っている場所に目を向けるも、彼はそこに座っていなかった。
「あの、ブルーノさまはどこにいらっしゃいますか?」
私は広間の掃除をしていたメイドに声をかける。
声をかけたメイドも私と同じく、ソファに目を向けるもそこにブルーノはいない。
天井を仰ぎ、彼女は何かを思い出そうとしている。
「あ」
少しして、彼女が声を発した。それと同時に晴れた表情を浮かべていることから、何か思い出したらしい。
「庭園の小屋に向かったよ」
「ありがとうございます! 行ってみます!!」
私は尋ねたメイドに一礼し、彼女が言った場所へ向かった。
屋敷の外へ出て、軟膏草の道を通る。
その先にある小屋のドアを私はトントンとノックした。
「……いない?」
私はもう一度ノックした。
返事は帰って来ない。
これで最後にしようとノックする。
「うるさいな!! 誰だ!!」
「わ、私です……」
三度目のノックで、ブルーノが出てきた。
勢いよく扉が開き、それで顔をぶつけないよう私は後ろにのけぞった。
直後、怒鳴り声が聞こえ、ブルーノが私の前に現れる。
「エレノアか。遺品整理が終わったのか?」
「は、はい!! あと、不思議な部屋が見つかりました」
「不思議な部屋……? どんな部屋か申してみよ」
「その部屋は――」
私は隠し部屋の存在をブルーノに伝える。
すり抜ける壁の先に、古い書物や魔法の素材のようなものを発見したと報告する。
そして、古い書物には”癖の強い字”で書かれており、私には何が書いてあるかさっぱりだとも。
「あの、兄さんの字があったんだな!!」
「はい。ブルーノさまなら内容が分かると思いまして」
「わかった。エレノア、そこへ案内しろ」
「かしこまりました。まずはオリ……、ブルーノさまの”新しいお部屋”へ向かいましょう」
私の作戦その二は、ブルーノを隠し部屋に入れることだ。
これまでの【時戻り】でブルーノを隠し部屋へ入れたことはない。今まで、彼を入れるメリットがなかったからだ。
今回の【時戻り】で癖の強い字は、ソルテラ家に代々伝わる”暗号”で誰にも読ませないためのものであること、それをブルーノが解読できることを知った。彼を隠し部屋へ招くメリットが出てきたのだ。
(ブルーノを招く前に、時戻りの水晶は隠したし……)
私は隠し部屋で一番目立つであろう”時戻りの水晶”を目立たない場所へ隠した。それが私が施した細工である。
二つ目の秘術についてブルーノの口から情報を得たら、五度目の時戻りをする。
私はそう計画していた。
屋敷の中へ入り、私とブルーノは二階へとあがる。
「……ブルーノさま?」
オリバーの私室へ入る廊下でブルーノが立ち止まった。
廊下にはオリバーの遺品が並んでいる。
ブルーノが目に留めたのは、肖像画だった。
「兄さん……」
(やっぱり、あれはふくよかになる前のオリバーさまなんだ)
懐かしむ眼差しでブルーノが呟く。
「遊んでばかりだったが、俺がソルテラ家を継ぐから。見守っていて欲しい」
「……」
ブルーノは肖像画に自身の決意を述べていた。
決意の内容が耳を疑うもので、私は目を丸くしてブルーノを見ていた。
視線を感じたのか、ブルーノが私の方へ向く。
「なんだ、おかしなことを言ったか?」
「いいえ。その……、ブルーノさまはオリバーさまをお嫌いだと思っていたので。意外だなと」
「俺は、醜いものが嫌いなだけだ。どうして兄さんはブタのような体系になってしまったのか」
「直接お聞きにならなかったのですか?」
「言った。暴食を止めろとも言った。それでも兄さんは教えてくれなかったし、食べることをやめなかった」
「そうですか……」
オリバーは当主になってから、食事量を増やし、細身の体型からふくよかな体系になった。
ブルーノはそれを制止したものの、オリバーはやめなかったらしい。
「足を止めて悪かった。さあ、隠し部屋と言うのはどこにある」
「……こちらです」
私はオリバーの私室に入り、壁をすり抜けた。
すぐに私の後を追って、ブルーノも隠し部屋に入ってきた。
「っ!?」
ブルーノはこの部屋へ入るなり、すぐに日記を手に取り、ペラペラとページをめくり始めた。
「これだ、これだ!! ここにあったのか!!」
日記の内容を理解したブルーノは興奮していた。
無理もない、オリバーとブルーノがずっと探し求めていた魔法研究書なのだから。
「エレノア、一番古いものを探せ! 数字くらいならお前も分かるだろ」
「はい!!」
ブルーノの言う通り、癖の強い字でも数字なら読み取れる。
そして、一番古い書物がどこにあるのか私は知っている。
私が一部の文章を書き写した日記を手に取る。
きっとこれがブルーノが探し求めてるもの。オリバーを救うためのカギになる。
「ブルーノさま! こちらの日記、三百年前のものです」
「でかした!!」
私はブルーノに初代ソルテラ伯爵が書いたものと思われる日記を渡した。
ブルーノはそれを受け取り、熟読する。
「ふむ。これは初代ソルテラ伯爵が記したものだ。これに”二つの秘術”について書かれているに違いない――」
そう言い、ブルーノは日記を読み進めてゆく。
私はブルーノの答えを隣で待ち続けた。
ページをめくる音だけが続く。
「はは、はははは!!」
突然ブルーノが笑い出した。
額に手をやり、天井を仰いでいる。
「ブルーノさま、何か分かったのですか?」
「……もう、終わりだ」
「諦めないでください! 秘術があれば――」
「俺ではだめだ」
突然笑ったと思いきや、ブルーノはため息をついた。
この様子だとブルーノは何かを諦めている。
「巨大な火球を放つには膨大な魔力が必要になる。それは普通の方法では溜められない」
「二つ目の秘術が必要になるんですね? それを使えば――」
「二つ目の秘術は俺には扱えない」
「えっ」
ブルーノが持つ日記に、二つ目の秘術について書かれていた。
だけど、それには条件があるようだ。
その条件にブルーノは当てはまっていない。
「二つ目の秘術は、”脂肪を魔力に変換する術”。兄さんじゃないと、戦争に勝てないんだよ!!」
以降、ブルーノはずっと笑っていた。
カルスーンは負ける、終わったと何度も呟きながら。
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