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テラーノベル(Teller Novel)
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―――アドモゼス歴1482年 竜の月 15日―――


この日、全世界を震撼させる異常事態が発生した。


永く、人類、魔族共に未踏の地として知られている、森林型大魔境”楽園”。

その深部を蔽い尽くすほどの極めて膨大な魔力反応が確認されたのだ。

そのあまりの膨大さ故に、世界有数の観測魔術師が発生源を確定することができないでいる。


この情報は世界中の人類、魔族を問わず多くの者たちを困惑させた。


―――”楽園”―――


人類、魔族共に共通認識として、様々な理由で生活圏を確立することができない領域であり、魔物、魔獣が跋扈する土地、魔境。


その魔境の中でも特に広大かつ危険な場所が大魔境と呼ばれている。

現在確認されているもので世界に5つ存在し、その中でも頭一つ抜けた範囲と危険度を持っているのが、森林型大魔境”楽園”である。


耳触りの良い名前ではあるが、世界有数の強者や英雄と呼ばれた者が踏破を諦めてしまうほど危険な場所だ。歴史上、誰も”浅部”すら踏破できた者がいない。


“楽園”の浅部を生活圏にしている者ですら、その強さは下手な竜を凌ぐほどだといわれている。

しかも、徒党を組んで生活しているという報告が新たに上がっているのだ。


だが、この危険極まりない森林は、資材の宝庫でもある。

浅部にある素材ですら極めて高品質で、あらゆる薬、料理、武器、防具、魔術具、錬金術、それらの素材に余すことなく利用できる。


そんな素材が、全世界の人類の生活圏を余裕を持って賄えるほど潤沢に存在しているのだ。

そして、それを利用しているのは人類や魔族だけではない。その森の住民達もまた、森の恵みを甘受している。


故に”楽園”。それは素材を利用する者達に、そして森の住民たちにとって、この上なく文字通りの楽園なのだ。


そんな”楽園”、それも”深部”に、これまでの歴史上で観測された、あらゆる魔力量を遥かに上回る魔力量が観測されたのだ。


その情報を得た様々な者達が、好き勝手に予測を立てる。


何かとてつもなく恐ろしい存在が誕生した。まだ見ぬ森の深部の主が進化した。どこかの大国が秘密裏に行った魔導実験の影響。大規模地殻変動による魔力噴出。観測機の故障。破滅願望の終末論者によるデタラメ。陰謀論。等々………。


明らかに整合性の取れていない考察やウケをねらった冗談、ただその言葉を言いたいだけ。

原因の予測がバラバラならば、それを発言する者、受け取る者も様々である。


世界中のあらゆる国が、この事態に対応するために動き出した。



―――とある軍事大国の場合―――


ここはとある軍事大国の軍事施設。その執務室。書斎机を前に軍服を着た線の細い男が、薄い板に目を通しながら、机越しに向かい合って腰かけている初老の男に報告を行っている。


「それで、実験の結果はどうなった」


初老の男が訪ねる。これまで報告を聞いていた表情は険しく、報告者を見据える眼光は鋭い。


「失敗です。目的地に到着する前に作動させてしまったとのことです」


物怖じせずに、報告者が答える。もう幾度となく向けられている眼光だ。これくらいで動じたりはしない。


「原因は?」

「移動中に襲撃があったとのことです」

「襲撃?」


初老の男が聞き返す。どうやら予期せぬ報告だったらしい。


「はっ。紫の覆面とマントによって身を包んだ十数人からなる集団で、爆炎系の魔術を初動に、上位魔術による遠距離攻撃のみの一撃離脱の襲撃だった、と」

「その際の被害は?」

「死者二名。重傷者十八名。軽傷者、全員。無傷の者はひとりも。軽傷者は既に全員回復が終了しています。重傷者は応急処置を施した後、最寄りの軍の医療施設にて療養中です」

「その程度の規模で、起動を?」


深いため息を吐きながら報告者に問う。その声には呆れと失望、そして僅かながら憤りを感じさせる。


「意図的にではなく、襲撃の衝撃による誤作動、とのたまっておりましたが、怪しいものですね。何せ、管理の責任者はヒィノスですから」


自分に事情を説明した者を嘲りながら、報告を続ける。声色に明確な侮蔑の感情が含まれている。報告者のヒィノスという人物への評価はかなり低いようだ。


「奴か。あの臆病者ではな…。人選を誤ったか」


納得したように初老の男が答える。報告者のように見下したような感情は窺えないが、ヒィノスという人物に対しての評価は共通しているようだ。


「当初は襲撃をされるなどとは、誰もが想定していなかったでしょう。我が国の国章が描かれた、魔導戦闘車両の編隊を襲撃するなど…」


悔いるような声色を聞き取った報告者が気遣うように擁護の言葉を発する。報告者の初老の男に対する忠誠は高い。加えて、自国の持つ力に自信と誇りを持っているようだ。


「想定外、か。都合の良い言葉よな…。どんな時でも言い訳に使える」

「長官…」

「認めるべきだな。今回の失敗は、我々ならば襲撃を受けない、という慢心があったからだと」

「はっ」


長官と呼ばれた男は、自他ともに厳しい男なのだろう。自分の失態を認めずに取り繕う行為を良しとしない。それでいながら、彼が長官と呼ばれるような立場にいるのならば、彼は相当に優秀な人物なのだろう。


「それで、襲撃者たちの詳細は掴めているのか?」

「今はまだ。ですが、魔術の術式にメシエン特有の癖が確認されています」

「魔術に長けた者ならばメシエン術式の模倣は容易だ。魔術に長けた集団を洗ってみろ。最低でもウィザードクラスの集団だ。そう多くはあるまい」

「はっ。しかし、全員がウィザードクラス以上ですか。いるのですか?そのような集団が」


襲撃者の調査に対し、長官が調査方針の指示を出す。

ウィザードクラス。全部で十段階に分けられた、ほぼ全世界で共通している魔術師の階級において、上から数えて三段目の位階を指す。


一般的に凡才の人間が生涯をかけて研鑽を重ねてたどり着ける最大の位階が、その二つ下の位階である。人間がウィザードクラスに届かせるには、確かな才能と恵まれた環境が必要とされる。

長寿で魔術の適性が高い種族であれば、話は別だが。

報告者が初老の男に尋ね返したのは、それだけ彼にとってウィザードクラスという位階が希少な存在だからに他ならない。


「表に出てきていないだけだ。調べてみれば、ウィザードクラスの個人など、いくらでも見つかる」

「集団なのでは?」

「襲撃のために徒党を組んだ、という可能性も有り得る。今回の襲撃のためだけに徒党を組み、連携が取れるように演習をしたのかもしれん」


報告者の三倍以上軍に務めている長官からすれば、ウィザードクラスという存在は珍しくないのだろう。彼が襲撃に関する可能性の一例を挙げる。


「我が国の情報が襲撃者たちに漏れていたと?」

「何の不思議もあるまい。確かに我が国の軍事力、技術力は他国を圧倒している。が、頭抜けた才を持つ個人というものは、それらを容易に、理不尽に超えてくる。それに、欲深い愚か者の仕業かもしれん」


信じられないと、報告者が聞き返すも長官は可能性を示唆する。

感情を抑えた声色からは分かり辛いが、諦めと憂いが含まれている。それは、自身の才能の限界と、この国に溜まっている淀みに対して向けられている。


「それは…!」

「今、言ったばかりだな?今回の失敗は、我々の慢心から来たものだと」


示唆された可能性に対し、前者はともかく後者はあってはならない、と抗議の声を上げるも、長官はその言葉を遮り先程の会話の内容をもう忘れたか、と問うように静かに報告者を叱りつける。


「っ!?…申し訳ありません」

「良い。慢心ができるぐらいには、我が国は優れている。それを誇りに思うことを悪いとは言わん。だが忘れるな。誇りは時に傲慢を生み、傲慢は慢心を呼ぶ」


謝罪の言葉に対して長官は強く責めはしない。彼の抗議はこの国を強く想う愛国心から来ていることだから。

しかし、何事も限度を越えれば、何かしらの悪影響をもたらすことになる。偏に増長するな、と窘める長官と報告者の間柄には師弟のような関係を彷彿とさせる。


「心に留めておきます」

「うむ。では次だ」


報告者が留意を示したことに満足し、次の報告を促す。報告はまだ終わらない。

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