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線上のウルフィエナ ―プレリュード―

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第七章 ゴブリン掃討戦(Ⅱ)

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2023年08月08日

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ケイロー渓谷。二つの山岳に挟まれた谷のような大地。急流がこの地を南北に二分しており、旅人はそれを目印に横断する。

 だが、地図なしにそれは難しい。山道は入り組んでおり、場所によっては迷路のように人間を惑わすからだ。


「次の橋で川を渡って、その後はずっと直進です」

「おっけー」


 だが、問題ない。先頭を歩く二人の足取りに迷いはなく、ウイルはちらりと地図に視線を落とし、すぐさま正面を見据える。

 昼食を済ませた四人は、ほどなくして出発した。ここは通過点でしかなく、目的地はその先にあるのだから足踏みしている時間すら惜しい。

 北風が斜面を下り、多数の針葉樹だけでなく彼らの右半身をやさしく撫でる。ケイロー渓谷は言わば山岳地帯であり、自然の豊かな場所だ。小動物や昆虫も多く、魔物さえいなければ、人間が村を作っていたかもしれない。


「ここまで来たのは初めてです。ゴブリンの数も増すはず……」

「油断せずに」


 後ろを歩くのはハイドとメル。回復と攻撃の魔法が使えることから、後方から支えるためにこの陣形が採用された。


「望むところー!」

(相変わらず楽しそう……)


 エルディアは笑顔だが、隣の子供は不安そうだ。

 ゴブリンを警戒しながら進むこと三十分。予定通り、小さな橋が見え始めたその時だった。


「むむ、何だろう?」


 茶色の髪と青いスカートを揺らしながら、エルディアが瞳をわずかに細める。


「橋……のことではなく?」

「うんー。そのちょい先に……、何かがあるというか、無いというか……」


 歩みを止めず、真似るように前方を凝視するウイル。眼前にはのどかな風景が広がっており、珍しいものは川にかかった木製の橋くらいだ。


「ゴブリンの砦か何かですか?」

「そういうのじゃなくて……、地面がえぐれてる?」


 ハイドもここまでは来たことがない。ゆえに、エルディアの発言には首を傾げるしかなく、四人は警戒心を高めながらも慎重に歩みを進める。


「こ、これは……?」

「ふむ、確かに穴だ。大きいな」


 向こう岸に渡るための古びた橋。そこに到着したタイミングで、答え合わせはあっさりと完了する。

 ハイドとメルは静かに驚くも、無理はない。ここにこんなものがあるとは夢にも思っていなかった。


「すごい大穴だねー。しかも、底が見えないよー。落ちたら私でも死んじゃうかな? ウイル君、どう思う?」

「アホなこと言ってないで、落ちないよう気を付けてください。直径は……、十メートルくらい? 大通りの幅より少し狭いくらいかな。何でこんなものが……」


 わからない。それでも彼らの目の前には、大地をくり抜いたような大穴が、全てを飲み込もうとその口を広げている。

 その大きさはウイルの推測通り、およそ十メートル。イダンリネア王国の宿屋は三階建てだが、それに匹敵する幅だ。

 大昔からここにある自然物なのか。

 誰かが掘り起こしたのか。

 それすらも判別不可だ。何より下が見えぬほどの深さが不気味さを演出している。


(今は日中なのに、一番下が……、底が見えない。ありえないくらい深いんだ、この穴は……)


 現状ではそう結論付けるしかない。太陽は真上で輝いており、その陽射しが大地をさんさんと照らしてくれている。

 それでもなお、大穴を覗き込むとそこは真っ暗な深淵だ。ウイルは生唾を飲みながら、慎重に観察を続ける。


「エルさんってここに来たことあるんですよね? これは前から?」

「いやー、無かったと思うよ。覚えてないだけ、ってこともないだろうし……」


 少年からの問いかけに、彼女も首を傾げる。

 ならば、この穴は最近発生したということなるが、地面の陥没によって作られたのか、どこかの誰かが掘り起こしたのか、その原因までは特定不可能だ。


「戻ったらこの穴についてもギルドに報告」

「あぁ、そうだな……。単なる穴だとしたら俺達に害はないんだし、今は先を急ごうか」


 メルは誰よりも冷静だ。不可思議な大穴に魅入ることなく、周囲を警戒しながら相棒にすべきことを伝える。

 それを合図に、赤髪をかき上げながら背筋を正すハイド。

 深度がわからぬ以上、調査は困難だ。ならばそれについては傭兵組合もしくは王国に任せてしまえば良い。少なくとも、現時点では傭兵の仕事ではなさそうだ。


「だねー。さぁ、アホなお姉さんについてきなさーい」

(あ、引きずってる……)


 実は最初から興味のなかったエルディア。穴から魔物があふれ出てくるなら話は別だが、そうでない以上、彼女の関心をひくことなど出来ない。

 四人は再び歩き始める。

 橋を渡り、正面の山道を登りきったら左折。

 その後は、右手に岩壁を、左手に渓谷の広大な眺めを見下ろしながら、ひたすらに直進する。

 その過程で二十近くのゴブリンと出くわすも、エルディアとメルは苦戦することなくそれらを掃討してみせる。

 現状は二人で十分だ。むしろ、彼女だけでも問題ない。

 その上、ハイドという実力者を切り札の如く温存出来ているのだから、ウイルという保護対象がいようと、この地の突破は時間の問題だ。


(ハイドさんが言ってた通り、ゴブリンの数が急に増えてきたな。それにしても、このペースなら明日には蛇の大穴に着いちゃうかも? ケイロー渓谷って案外狭いし、ありえないこともないか)


 ウイルは歩きながらも、手元の地図を凝視する。

 羊皮紙に描かれている情報は二つ。

 ケイロー渓谷という地名と、ここの地形だ。

 この地は北東から始まり、南西へ伸びている。北と南が絶壁の岩山に挟まれているため、人間の活動可能範囲は必然的に横方向へ細い。

 地図の右上が、シイダン耕地。

 左下が大蛇の大穴。ウイルが目指している場所であり、大穴という名ではあるが、実際は洞窟だ。単なる横穴ではなく、ゆっくり歩いた場合、通過には一日以上の時間を必要とする。それほどまでに長く、そこを越えればついにミファレト荒野だ。


(そういえば、ハイドさん達はどうするんだろう? そこまで行ったら、やっぱり引き返すのかな? 念のため、今の内に確認しておこう)


 ウイルとエルディア。

 ハイドとメル。

 ここには二つのグループが存在しており、今は協定を結んでいるが、そもそもの目的は別だ。

 ウイルは迷いの森を目指すため、ケイロー渓谷を通り抜けたい。

 ハイドとメルはゴブリンの掃討依頼のため、一体でも多く討伐したい。

 利害が一致したことから今は共闘中だが、終着点である蛇の大穴まで着いたのなら、そこからは別行動になるだろう。

 確認するまでもないが、周囲に魔物の気配はなく、話題提供のためにもウイルはゆっくりと振り返る。


「あの~、お二人は蛇のおおあ……」


 途端、少年は凍り付く。足も完全に止まり、もはや一歩も歩けない。

 言葉を中断したばかりか、立ち止まってしまったウイルを、三人もまた歩みを止めて不思議そうに眺める。


「どしたのー? お腹痛くなっちゃった?」

「いや……、何か感じ取った。そうだろう?」


 茶化すようなエルディアとは対照的に、メルは即座に正解を言い当てる。


「正面に……、大量のゴブリンが、います」

「おぉー、どのくらい?」


 震えながらも、ウイルは感じ取れた情報を共有する。

 とは言え、精度という点では不合格だ。魔物討伐において、対象の数は非常に重要であり、エルディアとしてもその数はしっかりと把握しておきたい。


「十一……です。でも、そうじゃないんです……。そうじゃなくて」

(これは……)

(やばい、やばいぞ)


 なおも震え続けるウイルを他所に、メルとハイドは十一体という総数に危機感を募らせる。

 いくらエルディアがいるとは言え、安全圏を超えた数字だ。それらが一斉に襲ってきた場合、勝ち目はあるものの最悪のケースもありうる。

 つまりは、死人が出たとしてもおかしくはない。

 そして、それはウイルが最も可能性が高い。


「一つ、とんでもない気配があるんです。ゴブリンだとは思うんですが、存在感が、その、桁違いで……。今までの何倍、いや、何十倍も際立って……ます」

「それって、めちゃくちゃ強いゴブリンがいるかもってことー?」

「た、多分……。気のせいだと、いいんですけど……」


 三人に守られた状況においても、ウイルは怯えずにはいられない。それほどまでに、前方の個体が恐ろしく、細胞と本能が前進を拒絶する。


「ウイル君の言ってることが本当なら、ここは一度撤退すべきだ」

「賛成。数も去ることながら、それが予想通りなら、イエスじゃない」


 ハイドとメルは安全策を提案する。つまりは、後退だ。

 ゴブリン掃討という依頼を受注しているものの、実際のところは一体でも多く倒せば良く、討伐数に変動して報酬が支払われるという契約になっている。

 身の丈になった数をこなし、身の危険を察知したのならすぐにルルーブ港まで戻る。二人は一週間以上もそうして金を稼いできたのだから、今回も素直にそうしたい。


「そっかー、そうなんだー……。やっと、か」


 だが、彼女だけは全く逆のことを考えている。

 勝てると思っているのか。

 勝算があるのか。

 それとも、楽しいのか。

 もたらされた情報を受け取り、エルディアは不敵な笑みを浮かべて進行方向を見据える。


「ウイル君、距離は?」

「……まだ、かなり離れています。このまま進むと、あの辺りで下り坂になりますよね? 下った先に……、ち、違う! こっちに来てる!」


 その瞬間、ウイルの顔は青ざめる。

 このまま直進した場合、数分程度で平地は終わり、道中登った分だけ山を下ることになる。

 十一体のゴブリン。ウイルはそれらを、目的もなくそこに陣取っているだけだと予想していた。

 だが、そうではないと気づかされる。

 少年のセンサーが訴えてくる。異常な個体が仲間を引き連れて真っすぐこちらに近づいている、と。


「おっけー。腕が鳴るわー」


 右腕をブンブン振り回しながら、エルディアが前進を開始する。


「ま、待つんだ! ここは下がるべきだと思う!」


 単身歩き出した彼女の背中に、ハイドは狼狽しながらも声を浴びせる。傭兵として、その判断は理解不能だからだ。


「気づかれてるなら、今更逃げても途中で追い付かれると思うよー。それに、どこかでゴブリンの援軍と出くわすかもしれないし。そうなると囲まれちゃうからもっと不利になっちゃう」

「そ、そうかもしれないけど……」


 エルディアの言い分には多少なりとも説得力があるため、ハイドとしても頭ごなしに否定出来ない。

 ならばここで迎え撃つしかないのだが、とにもかくにも相手の数が厄介だ。

 三対十一。ウイルは戦力に含められないばかりか、保護対象だ。つまりは足枷でしかなく、三人の内の一人ないし二人は全力で戦えない。


「作戦なんだけど、私が突っ込んで数を減らすから、二人はウイル君を守ってあげて」


 シンプルだが、実現性が伴っているのなら有効な戦い方だ。問題は可能かどうかであり、それを確認するためにも迫りくる魔物達を迎え撃つしかない。

 エルディアが先陣を切り、ゴブリンの頭数を減らす。

 そのまま彼女が狙われるならそれでよし。もし、二手に分かれて片方がウイル達に迫ったなら、その時はハイドとメルの出番だ。


「き、来ます……!」


 ウイルの合図で、三人は戦闘態勢に移行する。

 訪れた一瞬の静寂。もはやこれ以上相談することはなく、後は魔物達の登場を待つだけだ。

 そして、その時は訪れる。


「お、ぞろぞろと来たねー」


 嬉しそうな声はエルディアだ。他の三人が委縮する中、彼女だけは興奮気味に口元を釣り上げる。


「一目でわかる……」

「特異個体かも。なんにせよ、姿を見てハッキリわかった。イエスじゃないね」


 ハイドとメルの傭兵としての勘が訴えてくる。自分達に勝ち目はない、と。

 それは同時に逃げることすら不可能ということであり、ならば彼女に託すしかない。


「十一……と。ウイル君の言った通りだー。真ん中が親玉で、うん、バランスの良い配置だね。気合入れないと」


 三人を置いて、エルディアだけが歩き出す。

 目指すは正面のゴブリン達。逃げも隠れもしない。真っ向勝負の時間だ。


(やばいやばいやばい! 感じた通り、アレはやばい! いくらエルさんでも、勝てっこない!)


 ウイルの心は完全に折られた。もはや逃げることも立ち向かうことも、エルディアを応援することすら不可能だ。

 魔物の数は事前にわかっていた。

 異常な反応が含まれていたことも感じ取れていた。

 だが、実際にその姿を見てしまうと、常軌を逸したプレッシャーに飲み込まれてしまう。

 横一列に並んでいるゴブリン達。

 その中心に立つ個体は明らかに別種の存在だ。

 体が大きいわけではない。

 手足が多いわけでもない。

 見た目の差異は鎧の色だけ。

 しかし、それが放つ重圧は、生物としての優劣を他に知らしめるかの如く、人間達を完全に委縮させる。

 十一体の真ん中に立つ、純白の鎧をまとったゴブリン。右手には銀色の斧を握り、フルフェイス型のヘルムゆえにその顔まではうかがい知れないが、この地で暴れている四人を敵視していることだけは間違いない。

 残りの十体はゴブリンらしく、黒色の鎧ないしローブを身に着けている。その色こそがそれらにとっての正装であり、白はまさしく異端だ。

 もしくは、特別なのかもしれない。強者にだけ許された証なのか、あるいは特権なのか。それはウイル達にわかるはずもなく、現状言えることは一つだけ。

 白いあれは、完全に別格だ。

 ハイドやメルも本能で察しており、そんな中、彼女だけは悠々と敵陣へ向かいだす。

 足取りは軽く、後ろ姿は死地へ赴く際のそれではない。うれしそうな、楽しそうな、待ちわびていたかのような、そんな雰囲気をまとっている。


「さすがに全部は無理かなー。まぁ、独り占めはよくないよ……ね!」


 突風のように走り出す。多勢に無勢であろうと関係ない。眼前のそれらは獲物だ。怯む理由もためらうわけも存在しない。

 一人の人間が急発進したことを受け、ゴブリン達は再度驚く。

 そう。それらとて、このタイミングで傭兵と出会うとは思ってもいなかった。

 この地で人間が暴れている。その報告を受け、リーダー各のゴブリンが部下を率いてパトロールを開始したのがつい先ほどのことだ。

 その矢先に目当ての四人と出くわしたのだから、十体の部下達は一瞬だがぎょっとする。

 とは言え、陣形を取り乱すことも、逃げ出すこともせず、人間という獲物を品定めしながら、リーダーからの指示を待つだけだった。

 そういう意味では、ゴブリンサイドはワンテンポ遅れたと言えよう。

 先手はエルディアだ。一対十一という数の劣勢に臆することなく、全力疾走を維持しながら、背中の大剣を握りしめる。

 両者の距離はまだまだ離れていた。にも関わらず、彼女は一瞬でゴブリン達との間合いを詰め終える。

 勝負開始だ。


「ウォーボイス」


 エルディアから放たれる、怒気を含むような圧力。彼女らしい初手であり、傭兵にとってのオーソドックスな戦法だ。

 相手の数は十一。しかし、一度に全てを相手に出来るわけではない。ならば優先順位をつけて、一体ずつであろうと減らしていく他ない。

 ゴブリンの構成は次の通りだ。

 中央の白い鎧が親玉。右手に片手斧を握っていることから、接近戦が専門のはずだ。

 エルディア達から見て右に視線を向けると、漆黒の鎧をまとった見慣れたゴブリン達。その内の四体が片手剣を所持しているが、最も右の個体だけはクロスボウを携えている。

 左側も似たような顔ぶれだ。しかし、一体だけ、異物が紛れている。

 鎧ではなく布製のローブを羽織り、顔を隠すように頭巾を被ったゴブリン。杖を携えていることからも明白だが、この個体は魔法の使い手だ。

 エルディアが警戒すべき相手は四体。

 中央のリーダー格。

 右グループと左グループの狙撃手。

 そして、最も左の魔法使いだ。

 白いゴブリンは当然ながら、遠距離攻撃を可能とする三体にも気を配らなければならない。エルディアにとっては脅威でもなんでもないが、ウイルが狙われた場合、非常に厄介だからだ。

 そのための戦技。

 そのための顧みない急接近。

 ウォーボイス。彼女はこれを真っ先に発動させ、最も右のゴブリンを強制的に拘束する。それはクロスボウを所持しており、こうなってしまっては、標的をエルディアに定める他ない。

 準備が整ったのだから、ここからは暴れるだけだ。

 エルディアは進路を左へ変更し、ずらりと並ぶ魔物達を右目で捉えながら、目当ての敵にスチールクレイモアを振り下ろす。

 黒い兜の頭頂部へ容赦なく、そして携帯している機械弓を巻き込むように、ねずみ色の刃は一体目を縦に両断してみせる。

 飛び散る鮮血。

 爆ぜる騒音。

 奇襲でも何でもない先制攻撃だが、当然のように成立する。彼女の速度と攻撃のキレはゴブリン達の予想を上回っていた。それだけのことだ。

 しかし、魔物達も怯みはしない。人間という宿敵がわざわざ目の前まで近づいてくれたのだから、同胞が一人殺されようと臆することなく、ヘルムの内側でニヤリと笑い、一斉に飛び掛かる。

 同時に、最も左の、つまりはエルディアの正面に立っていた魔法使いだけは、後退を選択する。逃げるためではない。攻撃魔法を手段とするのだから、この距離間は己のメリットを活かせないからだ。

 立ち位置の関係から、彼女の真横にいた三体のゴブリン達が最も近く、ゆえに反撃の先陣もそれらの仕事だ。

 銀色の剣を握りしめ、飛び掛かる。後はその刃で人間を切り裂けば、瞬く間に目的は達成だ。


「シッ!」


 だが、そうはならない。

 スチールクレイモアは一体目を切り殺した際、その先端が地面にめり込んだ。ゆえに右隣からの暴力に対処出来るはずもなかった。

 ゴブリン達は知らない。彼女にそのような常識は通用しないということを。

 迫りくる三つの刃よりも早く、エルディアは右腕の力だけで大剣を持ち上げ、まばたきの時間すら与えず、血濡れの刃を右へ走らせる。

 同時に、それこそ一切の遅延もなく、彼女の細められた瞳の先で、三体のゴブリンは横方向へ分断され、その命を無残にも散らす。


「残りは七」


 数の差は依然として健在だ。それでも、エルディアは進捗状況を確認するように、残存する魔物の数を口にする。

 この瞬間、ゴブリン達は認識を終える。

 人間達がこの地に足を踏み入れ、同胞を次々と殺しまわっているという事実。

 その報告を受け、警戒を開始した矢先に出会った四人の獲物。

 間違いない。実行犯は目の前の人間だ。

 探す手間が省けた、と喜ぶ気にはなれない。彼女はそれほどまでに強く、既に四体の仲間が葬り去られてしまった。

 だからと言って、絶望するにはまだ早い。そう主張するように、そのゴブリンが行動を開始する。


(はやっ⁉)


 突き刺さるような一撃が、エルディアを容易く弾き飛ばす。

 片刃の斧を振りぬき、戦況を覆したゴブリン。真っ白な鎧が人目を惹くが、仮に視界内におらずともその存在感は主張が激しく、そのせいでウイル達は震えあがった。

 その実力もついに披露される。今まで、どんな攻撃にも微動だにしなかったエルディアが、大砲玉のように吹き飛ばされた。

 遠方から見守っていた三人は戦慄する。

 巻き込まれぬよう、彼らは一切近寄ろうとはせず、ゆえに戦場からはかなり離れていた。

 そんな中、エルディアが一度の着地も伴わずに眼前まで飛んできたのだから、彼女の状態を心配せずにはいられない。


「エ、エルさん⁉」

「だいじょぶー。ギリ防げたから」


 ウイルの悲鳴のような声と、能天気な返答。その違いは、状況の把握具合いから生じている。

 そう。いらぬ心配だ。エルディアは着地を成功させ、悠然と前だけを見据えながら平然と立っている。

 斧の直撃は避けられた。その直前、スチールクレイモアの厚い刃で受け止めることに成功したからだ。それでも衝撃をいなすまでには至らず、かなりの長距離を運ばれてしまったが、無傷なのだから問題はない。

 そのはずだった。


「お、そう来るのねー。これは手ごわい」


 戦況の変化がエルディアをわずかに驚かせる。

 純白の鎧が指示を出したのか、左右の部下達は一斉に移動を開始する。

 ウイル達から見て左側の魔法使いがさらに左へ展開、反対側の五体は逆に右方向へ散っていく。

 人間を包囲する陣形だ。


(これは……)

(イエスじゃないね)


 ハイドとメルは察する。エルディアの働きによりゴブリンを四体も倒せたが、自分達は未だ劣勢のままだ、と。

 その推測は正しい。最たる脅威であるリーダー格が健在なことと、それ以外にもまだ六体のゴブリンがそれぞれの武器を構えてこちらの様子を伺っている。

 杖を持った魔法の使い手。

 片手剣を握る四体の戦士。

 背中の矢筒から矢を取り出し、クロスボウに装填し終えた狙撃手。

 そして、真正面で威風堂々と殺気をみなぎらせる、白いゴブリン。

 この数と、包囲されつつあるという状況は、ウイル達に死を覚悟させるには十分だ。

 それでもなお、彼女は一人静かに笑みを浮かべる。

 諦めない。

 かえりみない。

 なにより、楽しくて仕方ない。

 ならばその欲望を原動力として、エルディアは昂る気持ちと冷静さを両立させながら、迫りくる脅威に立ち向かう。


(ウォーボイスがもう切れちゃう……か。うん、急ごっと)


 ウォーボイス。対象の狙いを強制的に自身へ向けさせる戦技。その効果時間はたったの十秒なのだが、それに反し繰り返し発動させることは叶わず、ゆえに使うタイミングが重要だ。

 エルディアはこれを仲間のために使用した。クロスボウによる射撃はとりわけ警戒すべきだからだ。

 そのような理由から一体目を束縛し、もう一体は真っ先に仕留めた。

 もっとも、最初の個体は未だ健在であり、魔法を使うであろうローブ姿のゴブリンも左前方で杖を構えている。

 ウォーボイスの失効はもう間もなくだ。弓使いは今すぐにでも自由を取り戻し、四人の内の誰かに狙いを定めるだろう。

 それは避けなければならない。

 警戒すべき相手を増やすことは悪手であり、それを阻止するためにも、エルディアは再び駆けだす。

 正面ではなく、右方向へ。

 迷いのない突進に、ゴブリン達も一瞬だが困惑する。人間の次の一手を警戒していたにも関わらず、彼女の即決即断には反応が間に合わなかった。

 狙いは当然、狙撃手だ。全身を黒塗りの鎧で守り、機械仕掛けの弓を両手で支え、発射用の土台には既に矢がセットされている。人間を狙い撃つ準備は整っており、ウォーボイスの影響下にあることから、ターゲットはエルディア以外ありえない。

 だからこその一対一だ。虚を突かれたことから残りのゴブリン達は加勢に応じられず、エルディアは両手剣の柄をぎゅっと握り、対する魔物は即座に狙いを定め、引き金に指をかける。

 いかに彼女の走力がずば抜けていようと、動作の差が違い過ぎた。クロスボウから当然のように矢が発射され、空気を貫きながら一直線に標的を目指す。

 次の瞬間、勝敗は決し、弱肉強食の理に従って敗者は地に伏せる。


「残りは……いくつだっけ? まぁ、いいや」


 当然の帰結だ。エルディアは迫り来る矢を避けることすらせず、結果、無防備な腹部に被弾するも、矢じりは彼女の皮すら貫けず、ポキリと折れて役目を終える。

 その直後、勝者はスチールクレイモアを叩き込み、小さな魔物を一撃で葬り去る。

 残りは六体。

 戦闘が始まってまだ十数秒しか経過していないにも関わらず、エルディア一人によってゴブリンは半数近くの同胞を失った。その事実がそれらに重く圧し掛かるのだが、唯一、白鎧のゴブリンだけは静かに反撃を開始する。

 ブーメランのように投げられた片手斧。両者の距離は相当離れていたのだが、クロスボウの矢すら霞む速度で突き進めば、狙った獲物に着弾して当然だ。


「う⁉」


 油断していたわけではない。

 ましてや、勝利の余韻に至っていたわけでもない。

 エルディアは次の標的として左前方のゴブリン四体に視線を向け、その方向に体を向けなおしていた最中だった。

 つまりは攻撃と攻撃の合間であり、そういう意味では相手の出方を伺っていたとも言えよう。

 そんな彼女に、放たれた斧が襲い掛かる。

 ガキンと響く激突音。甲高く、耳をつんざくほどの高音が鳴り響き、時を同じくして片手斧はわずかに軌道を変えながら、エルディアの後方へ飛んで行ってしまう。


「ビックリしたー。斧を投げるなんて、武器屋の娘としては許せませんなー」


 虚を突かれてもなお、彼女は無傷だ。際どいタイミングだったが、顔面に迫り来る凶器を左腕のガントレットで受け流し、愚痴る余裕を見せつけながら右足をゆっくりと後ろにずらす。

 突っ込むつもりだ。魔物はまだまだ残っている。別格のゴブリンが武器を手放してくれたのだから、この好機を逃すつもりはない。


「ギ! ギェエ!」


 その時だった。白鎧もまた、新たなアクションを開始する。吠えるように叫びながら、すっと右腕を突き上げる。

 ウイル達からすれば単なる叫び声でしかないが、これはゴブリン達の言語であり、すなわち指示出しだ。

 それを証明するように、左右の配下達は視線の向きを変更する。

 突出する一人の人間から、身を寄せる三人へ。

 標的の変更だ。

 リーダー自らエルディアの相手を務め、残りの五体には弱そうなウイル達を片付けさせる。理にかなった方針であり、ゴブリンという種族に知能があるからこそ可能な戦い方だ。


(そうはさせないよー。こっちの四体も片づけちゃうだから)


 その作戦が成功するか否かは彼女次第だ。

 正面には四体の戦士タイプが、その遥か後方には白いゴブリンが、さらに左後方には魔法使いが身構えている。ほんの少し前進するだけで、エルディアは雑魚の数を減らすことが可能だ。

 右腕を空へ伸ばしたまま、未だ動かぬ強敵。

 その思惑には不気味さを感じてしまうが、仲間達を守るためにも、ゴブリン達の邪魔をするためにも、彼女は猪突猛進の走りに移行する。

 しかしながら、その出鼻は当然のようにくじかれる。


「……え?」


 視界の隅に映り込む異物。鳥のような何かが頭上を飛び越え、そのまま前方を目指しているのだが、それが何なのか、一瞬では判断出来なかった。


「ト、トマホークだ! 奴は戦技を使うぞ!」


 大声の発生源はハイドだ。エルディアよりも遠い場所から観測出来たため、その正体と細工を即座に看破する。


「それって、投げた武器を手元に戻す……?」

「そう。つまり、あれは戦技を扱う手練れ」


 ウイルもその戦技については知っている。アーカム学校の授業にて、現存する魔法と戦技については全て習っており、その単語についても履修済みだ。

 トマホーク。戦術系の分類にて習得可能な戦技。己の拳と武器を見えない紐で結び、投てき後に回収を可能とする。効果としてはそれだけだが、使い方次第では戦況を左右しかねない。

 このタイミングで、メルもハッキリと断定する。

 白色の鎧をまとい、殺気だけで他者を委縮させるゴブリン。その時点で決めつけてもよいのだが、戦技まで使いこなしたのだから、他のゴブリン達とは一線を画している。

 特異個体だ。進化ないし異常発達した存在をそう呼び、人間に弱者と強者がいるように、魔物も平凡と非凡に区別可能だ。


「ふーん、やるじゃん」


 エルディアもまた、状況把握を完璧に済ませる。

 飛翔物の正体は、先ほど投げつけられた片手斧。主の元へ向かっており、彼女が感心する頃には手元へ戻ってみせた。

 それを合図に、残りのゴブリン達が一斉に駆け出す。狙いはウイル達であり、エルディアとしてもそれだけは避けたい。

 だが、戦況がそう動き出してしまった以上、その策略には抗えず、それを裏付けるように白いゴブリンもまた、彼女との距離を一瞬で詰め終える。

 乱戦だ。

 エルディアと特異個体。

 ウイル達三人と残りの五体。

 残念なことにこの少年は戦力に含められないばかりか、単なる足手まといだ。ハイドとメルはウイルを庇いながら、戦士系の四体と魔法使いの一体を迎え撃つ必要がある。

 劣勢だ。それでもやるしかない。ならば傭兵として、ゴブリン達を迎え撃つ。

 真っ先に生じた轟音。発生個所はエルディアであり、白ゴブリンからの一撃を大剣で受け止めた結果、甲高い激突音が周囲の空気を震わせた。


「左のはメルに任せる!」

「わかった」


 突風が赤い髪を揺らす中、ハイドはじりっと右方向へ体をずらす。そちらからは四体のゴブリンが彼同様に剣を構えて接近中だ。

 一方、メルは二人を追い抜き、左前方へ躍り出る。その方角からは黒いローブをまとったゴブリンが単独で近寄って来ている。決して走ろうとはせず、人間達の様子を伺いながら己のペースでにじり寄る。攻撃魔法が使えるのだから、適切な距離を見極めたい。

 ハイドはユニティのリーダーだ。二人だけの組織ゆえ、その肩書に意味などないのかもしれないが、物事の決定は彼が担うことが多い。

 今回もそうだ。これ以上エルディアに頼れないのなら加勢すると即決、作戦も組み立てて見せる。

 右前方にはゴブリン四体。

 左方向からは魔法の使い手が一体。

 数の上では右の連中が脅威だが、攻撃魔法もかなり危険だ。

 ゆえに戦力を二つに分け、攻撃と防御を両立させる。

 ハイドが四体を受け持ち、時間を稼ぐ。

 メルが自慢の魔法で、左のゴブリンを急ぎ片づける。

 シンプルながらも安全かつ効率的な戦い方だ。もちろん、実力が伴っていればの話だが、それに関しても問題ない。それをわかっているからこそ、二人は迷いなく、魔物に立ち向かえる。


「ウイル君、周囲にこれ以外のゴブリンはいそう?」

「あ、いえ、いないと思います……」

「ありがとう。なら安心して戦える。こういう時の奇襲ほど、怖いものはないからね」


 ハイドからの問いかけがウイルをさらに戸惑わせるも、この程度のことはきちんと受け答え可能だ。レーダーには敵影が六つしか映っておらず、今はそれを素直に伝えればよい。

 こうして、戦場が三か所に分散する。

 エルディアと白い鎧のゴブリン。

 ハイドと剣を握った四体。

 メルと魔法の使い手。

 エルディアは既に激戦の最中だ。離れているにも関わらず、三人の耳には凄まじい激突音が繰り返し届いている。

 彼女が優勢なのか、それとも劣勢なのか? それを見極める余裕はなく、ハイドがウイルの前方で腰を落とし片手剣を構える最中、戦場の最も左側では新たな一対一が勃発する。


「スパーク!」

「ギギッ!」


 標的に向けられた二本の杖。それらは相手を殺すための宣誓でもあり、魔力を介してそれぞれの殺意が具現化する。

 メルの雷撃と、ゴブリンの火炎球。

 攻撃魔法の特徴として、発動してから着弾までの早さが挙げられる。それこそ弓やクロスボウから発射された矢すら上回る速度で標的を目指すため、傭兵や魔物であろうと避けられはしない。

 それゆえに、両者の被弾は必然だ。

 メルは業火に焼かれ、ゴブリンは雷に打たれる。

 そうなるはずだった。


「ギギェー!」

「ああぁぁ!」


 周囲に響く、二つの悲鳴。しかし、その内の一つはメルのものではない。だからこそ、この傭兵は困惑しながらも発生源の方へ振り返る。

 正面のゴブリンに雷撃を浴びせ、おそらくは致命傷を与えることには成功したはずだ。

 しかし、なぜか火の玉が自身には命中せず、真横をすり抜けたのだから疑問を抱かずにはいられない。

 狙いが外れた?

 手元が狂った?

 どちらも不正解だ。ゴブリンがなかなか立ち止まらず、不気味に近寄ってきたため、両者の距離は十分近かった。外す方が難しいほどだ。

 このタイミングで、メルはその思惑を知ることとなる。

 初めから、自分は狙われてはいなかった、と。


「た! たずけ……」


 炎に包まれ、悶え苦しむ少年。既に火だるまの状態ゆえ、誰の目から見ても手遅れだ。

 ゴブリンの狙いは、長身の傭兵ではなかった。

 人間の数を確実に減らしたかったのか。

 弱そうな人間から狙う算段だったのか。

 目論見まではわからないが、メルが一対一だと思い込んでいただけであり、捨て身ではあったがその目的は果たされてしまった。


(ウ、ウイル君⁉ くっ!)


 遠方で応戦中のエルディアだったが、痛ましい叫び声に反応してウイルの危機的状況を察知する。残念ながら、眼前の白ゴブリンを退けるには未だ至らず、他者の救援に向かえるような余裕はない。


「まぁ、問題ない。フレイム」


 そんな中、メルは冷静に戦闘を再開する。正面のゴブリンは崩れ落ちたが、息の根を止められたかどうかまでは不確かだ。不要かもしれないが炎の剛球を作り出し、とどめを刺すためにそれを発射する。

 そう。慌てる必要などない。ここにはハイドという傭兵が存在する。これから四体のゴブリンを迎え撃つ中、誰よりも冷静にその呪文を顕現する。


「キュア」


 ウイルの叫び声が耳に届いた瞬間、詠唱に取り掛かっていた。

 キュアの詠唱時間は一秒にも満たない。ゆえに、即死でなければ間に合う算段だ。

 それを証明するように、少年の焼けただれた肌はみるみる復元され、そればかりかウイルを包む白い光が真っ赤な炎を霧散してみせた。


「あ……、あ……、あれ、い、生きてる?」

「大丈夫かい? まぁ、俺の方はいよいよやばいんだけ……ど!」


 髪や服は焼け焦げてしまったが、ウイル自身は無事だ。火傷による刺すような痛みもすっかり消えてくれたが、心と体の負荷はすさまじく、立ち上がる余力は残っていない。

 そんな少年を気遣うものの、ハイドにそれ以上の余裕も猶予もない。ついにゴブリン達が目の前に到着してしまったのだから、ここからは死闘の始まりだ。

 子供のように背が低く、黒色の鎧と小奇麗な剣で武装した四体の子鬼。それらが獲物を前に何もしないわけがなく、右手に握った凶器を各々好きなように振りまわす。

 四方向から迫る銀色の刃。それらを全て受け流すことなど物理的にも不可能だ。ハイドはその内の二つをかろうじて受け流すことに成功するも、残りの二本に右腕と左脚を斬られてしまう。

 傷口は浅くない。それを裏付けるように真っ赤な血が噴き出すも、当の本人は表情を歪めながら、かろうじて踏ん張る。

 多勢に無勢だ。自慢の片手剣は防御に徹し、反撃の機会を得られずにいる。致命傷は避けられているが、斬られ、刺され続ける以上、長期戦は絶対に不可能だ。

 しかし、この傭兵は力尽きない。そればかりか一歩も後退せず、背後のウイルを守り続けている。

 これだけ斬って、なぜ倒せない? そんな疑問がゴブリン達を惑わし、手数をわずかに鈍らせる。


「隙あり」


 好機を見逃す理由がない。

 スチールソードが一直線に突き進む。狙うは一点。兜と鎧のわずかな隙間、相手の首元だ。

 刃先が皮と肉を貫きながら、ゴブリンの体内に埋まっていく。素材の差から防具そのものを貫くことも可能なのだが、弱点が視認出来ている以上、そこを狙いたくもなる。

 人間とゴブリンとではリーチそのものに違いがあり、一、二歩下がられたところで問題もない。ハイドは好機を見逃さず、早速一体目を仕留めてみせた。


「お待たせ」

「遅いって」


 ゴブリンの劣勢はもはや覆らない。魔法の使い手を葬ったメルが、加勢に現れたからだ。


「ギギェー!」


 最も左のゴブリンが前触れもなく雷撃に打たれ、絶命の悲鳴をあげながらバタンと地に伏せる。当然のように剣を手放し、それどころか指先一つ動かさない。煤けた鎧の隙間からはもやもやと黒い煙が上がっており、肉の焼けた匂いがハイド達の鼻孔を刺激する。

 斬っても斬っても死なない人間と、魔法を使う人間。その二人により同胞が倒されたことで、残りの二体は怖気づく。


「左のをよろしく」

「了解」


 こうなってしまっては、ゴブリン達に勝ち目などない。

 四対一から、二対二へ。

 血だらけのハイドは右へ半歩移動し、後方のメルは杖の先端を正面へすっと向けなおす。

 四人がかりでも殺しきれなかった傭兵だ。単独で敵うはずもない。

 炎の塊を撃ち込まれ、悶え苦しむ同胞を横目に、そのゴブリンは逃げるのではなく、果敢にも真正面の人間に斬りかかる。

 スチール製の刃でガチンと弾かれ、よろりと態勢を崩した瞬間だった。

 力量差を見せつけるように、ハイドの一閃が魔物の首をはねる。

 自分はたったの一撃で殺されるにも関わらず、なぜ、この人間は死なない? 当然の疑問を抱きながら、この個体も膝から崩れ、絶命する。


「かなり痛めつけられたね」

「ほんとだよ。痛いし、血まみれだし、と言うか血を流し過ぎたかも。さすがにしんどいよ」

「それはイエスじゃないね」


 喜ぶにはまだ早いのだが、二人は静かに安堵する。自分達に迫った五体のゴブリンを無事倒しきることに成功したが、最も危険なリーダー格は未だ健在だ。それについてはエルディアでなければ太刀打ち出来ず、ゆえにここからは再度見守るしかない。


「もういっちょキュア、と。魔源、かなり減っちゃったなぁ」


 これがからくりだ。ハイドが何度斬られても耐えられた理由は、ひっそりと自身を癒し続けていたからだ。決して珍しい戦い方ではないのだが、今回はそのさりげなさがゴブリン達を欺くことに繋がった。その度にハイドの体が白く光っていたのだから、きちんと観察していればあっさりと看破出来るのだが、人間の肉を斬ることに夢中だったことが仇となる。


「僕もけっこう消耗した。だけど、後は応援するだけ」

「だなぁ。あれが巨人を倒せる傭兵の本気か、すごいすごい」


 二人の視線の先では、エルディアと白ゴブリンが互いの武器を激しくぶつけ合っている。

 巨大な両手剣と、片刃の片手斧。大きさも種類も異なるそれらが、相手を破壊せんと騒音をまき散らしながら競っている。

 この衝突に巻き込まれてしまったら、ウイルは当然ながらハイド達も無事では済まないだろう。

 火花を散らし、怒号を響かせながら、両者は相手を倒すため、武器をぶつけ続ける。一見互角のようだが、そうではない。切り札の有無もあるが、スタミナの差が決定的だ。


「ギ……、ギ……、ギッ!」


 鍔迫り合いを拒絶するように、ゴブリンが後方へ飛び跳ねる。純白の鎧が苦しそうに揺れる理由は、魔物の息が乱れているためだ。

 苦しそうな呼吸音。

 わずかに弱まった圧迫感。

 そのどちらもが物語っている。未だ無傷ではあるが、この戦いにおいては劣勢である、と。

 体を休め、呼吸を整えたいゴブリンに対し、対戦相手は容赦なく追撃を試みる。

 すっと飛び跳ね、着地点目掛けて愛剣を仰々しく振り下ろす。もちろん、地面を叩くためではない。そこにいる敵を粉砕するためだ。

 虚を突かれたわけではないが、大胆過ぎる攻撃に判断が遅れてしまう。普段ならもっと早く避けられたが、魔物は死に物狂いで再度後方に下がり、紙一重のタイミングながらも強打から避難する。

 途端、粉塵と土塊を舞い上がらせながら、地面がぐしゃりと破壊される。戦場に出来上がったくぼ地は、まさしくクレーターのそれだ。

 その瞬間を、このゴブリンは見逃さなかった。

 両者の間に現れた障害物。

 土。

 砂。

 小石。

 それらが煙幕のように視界を遮ってしまうも、相手の立ち位置は推測可能だ。

 大剣で平地を砕きながら、余韻に浸るように着地を終えた頃合いだろう。こちらの出方を伺うことも警戒することも出来ていないはず。

 ならばやるべきことは一つだ。

 自分に近しい実力を持ち合わせた強者。その強さを認めた上で、手心なく、この好機を活かす。

 つまりは殺す。

 そのためにここからは後退ではなく、前進だ。

 跳ね上がった地面の欠片達を無視した突進。勢いそのままに右へ半歩分軌道を変えて、邪魔な大剣をやり過ごす。

 女の懐にたどり着けたのだから、右手の斧を振りぬくだけだ。

 右から左へ。体の捻じれも加えた、渾身の一撃。さしものエルディアもこれを回避する術はなく、右手のスチールクレイモアは未だ振り下ろされたままゆえ、防御への移行もままならない。

 誰の目からも明らかだ。

 片刃の斧が彼女の左わき腹へ突き刺さる。そうでなければ不自然であり、その結末以外ありえない。


「ギッ⁉」


 不測の事態だ。ゴブリンは目を疑いながら硬直する。

 人間に致命傷を負わせるはずの刃が、彼女の左手に受け止められてしまった。

 エルディアの動体視力と頑丈さが、想定よりも上回っていた。つまりはそういうことになる。

 もっとも、白ゴブリンの予想はさらに裏切られる。彼女の左手が黒いもやを帯びると同時に、鋼の刃をバキンと砕いたからだ。

 たじろぐ魔物と、大剣を構え直す勝者。

 そう。勝負ありだ。

 横一閃の斬撃が、真っ白な鎧ごとゴブリンの胴体を分断する。


「あなた、なかなか強かったねー。戦いでこれを使ったのなんていつ以来かな? うん、楽しかったよ」


 対戦相手を称えながら、エルディアは砕けた戦場を後にする。ゴブリンは白いヘルムの内側で吐血しており、即死は免れたが二度と起き上がることはない。

 真っ赤な血の池に浸りながら、それは最後の一瞬まで勝者の背中を眺める。強者と出会えたことと、そんな人間と互角に戦えたことを誇りに思いながら、そのゴブリンは静かに死んでいく。

 その感想は誤りだ。エルディアは汗一つかいておらず、つまりは全力を出し切ってすらいない。奥の手は使わされたが、余力はまだ残しており、そういう意味でも完敗に近い。


(ゴブリンにしては遊べたなー。こういうの、もっといないかな?)


 勝者は三人の元へ向かう。持て余していた体力をいくらか消耗したが、スタミナの余裕は十分だ。

 それでも、この魔物は彼女にとっても上玉だった。ここ最近の活動範囲においては出会うはずもない強敵であり、ともすれば、わがままを言うつもりもない。

 ウイルの護衛。今はこの名目で退屈を凌いでいるのだから、大人しく、そして大人らしく、そういう立ち振る舞いを意識する。


「お待たせー。って、それって大丈夫なの?」


 エルディアは無傷だが、三人の内、二人はそうではない。

 全身血だらけのハイド。

 灰色の髪や小麦色の衣服がすすけているウイル。

 どちらも回復魔法によって傷は癒えているのだが、見た目だけは重傷者のそれだ。


「ええ、なんとか。ただ、俺の方は血を流し過ぎてちょっとしんどいかな。それに、魔源もほとんど空っぽです。今日はこのあたりで休みませんか?」


 ハイドの戦い方は危険を伴うだけでなく、その戦法上、どうしても魔源を消耗してしまう。長期戦や連戦には不向きだ。


「こんな化け物を倒されたんだ。ゴブリン達がどう動くかを見極めたい。少し戻れば小さな洞窟があったはず。そこで一旦落ち着くとしよう」


 メルの魔源もかなり減ってしまった。ゆえにイレギュラーなこの状況を良しとせず、この男の慎重な性格が早めの休憩を提案させる。

 今はまだ昼過ぎ。傭兵が休むには太陽の位置がまだまだ高い。それでもエルディアは渋ることなく、首を縦に振る。自分達は急いでいるものの、魔物がはびこるこの世界において無茶は禁物だ。自分一人ならこのまま前進するのだが、今はウイル以外に二人の傭兵も同行している。

 仲間の提案を無下に断らない。傭兵が長生きするために必要な心構えだ。


「ウイル君、ワイルドになっちゃったねー」

「わ、わいるど? 買ったばかりの服はボロボロになっちゃいましたけど……。というか死にかけましたけど。ハイドさんがいなかったらどうなっていたのやら」


 彼女の発言はある意味で的を射ている。

 ウイルは庶民の衣服に着替えてもなお、貴族らしさが抜けきっていなかった。その最たる要因はさらさらな髪質とその髪型だ。

 横一直線に整えられた前髪。

 ふんわりとボリュームのあったヘアースタイル。

 それが今ではチリチリに焼け焦げ、見るも無残な状態だ。

 イダンリネア王国の城下町に存在する貧困街。今ならそこに居座っても溶け込めてしまう。


「俺の見立てだと、この辺りが丁度ケイロー渓谷の中心ぐらいだと思うんだけど、ウイル君、どうだい?」

「あ、そうだと思います」

「うん、順調だね。野営でしっかりと体を休めよう」


 ハイドとメルは一週間以上もの間、ケイロー渓谷でゴブリン退治に精を出している。

 しかし、ここでの野宿は初めてだ。夜が更ける前にシイダン耕地の村まで戻り、翌朝、改めて出発するというルーチンを採用していた。歩けば片道だけでも二日近くかかる距離だが、二人ならあっという間に行き来可能であり、村には美味しい食事と柔らかなベッドが待っている以上、ここで一泊するという選択肢はありえなかった。

 だが、今回は戻らない。エルディアという頼もしい傭兵がいてくれる上に、現在地は未踏の奥地だ。この機会を逃したくないという欲も作用し、不便ながらもこの地での一泊を決断する。

 十分前後歩いた頃合いで、四人は左手方向の岩山に小さな洞穴を確認する。戦場からはそう遠くはなく、見渡しの良い平地に面していることも相まって優良物件だ。走れば河川にもすぐ足を運べる場所ゆえ、ゴブリンとさえ出くわさなければウイルのような非力な子供であっても困ることはないだろう。

 奥行は深くなく、日中なら灯りは不要だ。天井の高さは彼らの倍程度、横幅も同等ということもあり、四人の避難場所としては申し分ない。


「悪いけど俺は少し横になるよ。あ、でも、何かあったら起こしてくれていいから」


 体は血液で汚れたままだが、ハイドは到着するや否や、そそくさと奥に陣取って眠りにつく。キュアのおかげで傷は癒えているが、流れ出た血液までは補充されておらず、体調は決して優れない。

 戦ってはいないが、ウイルも疲労困ぱいだ。山道を歩き続けたことと、フレイムを受けたことによる精神的負荷があわさり、心身ともに疲れ切っている。


「大丈夫ー?」

「あ、はい……。あ、周囲にゴブリンはいないようです」


 エルディアの心配そうな表情を受け、ウイルは空元気を返す。


「僕は川から水を補充してくる。留守番を頼む」

「おっけー」


 監視のため、洞窟の入り口に立っていたメル。特異個体が倒されたことでこの地のゴブリン達がどう動くのか調べたいところだが、それよりも今は体調の回復を優先と考え、飲み水の補充役を買って出る。


(うぅ、頭がズキズキする……。死にかけたからか、高山病の類なのか、色々あってもよくわからないや。エルさんは相変わらずすごかったし、ハイドさん達もあの数相手に一歩も引かなかったし。それに比べて僕はいったい……)


 無力だ。そんなことは前から自覚していたが、コンディションの悪さが少年に弱音を吐かせる。生きたまま焼き殺されるという体験があまりにショックだったため、思考はまとまらない。


(そういえば……)


 エルディアに投げかけたい質問があった。


「エルさんが最後に使った黒い霧みたいのって、戦技……ですよね?」

「そだよー。そういえば初披露だっけ? ネザーエナジーだよ。知ってる?」

「はい。魔防系が二番目に習得するやつですよね?」

「そそー」


 ネザーエナジー。エルディアが斧の刃を握力だけで砕く際に発動させた戦技だ。使用者の筋力を高めることが可能であり、シンプルな効果だがそれゆえに腐らない。

 魔防系は守護系と対を成す、重要な戦闘系統の一つだ。仲間を守るため、魔物の攻撃を引き付けることを専門としており、この二つは盾役と呼ばれ、重要視されている。

 守護系はその名の通り、他者を守ることに特化しており、そればかりか回復魔法も会得可能だ。それゆえに盾役としての人気はこちらに集中している。

 魔防系は対照的に扱いが難しい。ウォーボイスのおかげで盾役としての立ち振る舞いは可能だが、キュアを使えない以上、必然的に需要は低い。ネザーエナジーが自身の戦闘力を高めてくれるが、盾役に求められる能力ではなく、そういった意味でも不遇な戦闘系統だ。


「さっきのゴブリンはそれほどまでに強かった……、ってことですよね? でも、エルさんは勝てちゃう、と」

「それほどでもないゼ」

「今まで出会った魔物の中でも、一番?」


 ウイルの質問に他意はない。単なる好奇心であり、傭兵としてではなく、子供心に知りたいだけだ。


「う~ん、巨人の方が強かったかなー。あー、でも、私も強くなってるしなー。なんとも言えないねー」

「きょ、巨人ってそんなに強いんですか……。末恐ろしいです」


 巨人族。イダンリネア王国にとっての最大の敵であり、千年もの間、互いにいがみ合っている。

 大きな体。

 太い手足。

 衝撃波を伴う咆哮。

 これらの要素が合わさり、人間をいともたやすく殺すことが可能だ。それは傭兵や軍人であっても例外ではない。


「初めて遭遇した時は、おもいっきり殺されかけたしねー。まぁ、ユニティのリーダーやもう一人の子は無傷だったけど。んでもって、なんだかんだ勝てたけど」


 エルディアの戦闘系統は魔防系だ。それに縛られる必要はないが、習得出来る戦技を活かすのなら、戦闘時の立ち振る舞いは自然と固定される。

 ウォーボイスで魔物の注意を自身に向けさせ、その隙に仲間達が攻撃や回復に専念する。王道の戦術であり、この案を採用しない理由もない。


「さすがと言うか、なんと言うか……。エルさんもお仲間さんも、なかなか破天荒ですね」

「それほどでもー。あ、心配しなくてもだいじょーぶ。ウイル君もその内巨人と会えるって。生憎、この辺にはいないけど」

「生息域はもっと北西ですもんね。巨人族はなぜか聖地ムサには近寄らないので、ミファレト荒野からこっち方面なら安全……とも言い切れませんけど。魔物は普通にいますし」


 巨人族の活動範囲は非常に広い。一般的な魔物は縄張りとも言うべき場所から動こうとはしないが、巨人達は例外だ。大陸のほとんどを闊歩しており、だからこそ人間と遭遇し、戦争に発展した。


「そだねー。気づけばここもゴブリン達に占拠されちゃってたみたいだし。うーん、さっきの倒したから、いなくなったりするのかな?」


 ケイロー渓谷は元々ゴブリン達の縄張りの一つだ。しかし、この地はその内の一つでしかなく、ゴブリンは巨人同様、様々な地を渡り、定住先を開拓する。

 時期も動機も不明だが、現在、ここには多数のゴブリンが集まっている。それに伴う実害はまだ発生していないものの、傭兵組合はこの状況を脅威とみなして傭兵達にゴブリン討伐を依頼した。

 その結果、被害は出てしまったものの、エルディアという強者が偶然にも立ち寄ったことでゴブリン達はその戦力を大きく消耗させられる。


「そういった調査はこれからだと思います。傭兵組合や、もしかしたら軍が直接出向くかもしれません。そこまでのお膳立てが傭兵の仕事、って感じなのかも? あ、もう一つ訊いてもいいですか?」

「うんー」

「さっきの戦いで、武器屋の娘だ、みたいなこと言ってましたけど、エルさんってそうなんですか?」


 エルディアは基本的に自分のことを話そうとはしない。同時に、相手に対しても踏み込もうとはせず、ドライな間柄を保とうとしている。意識的にそうしているわけではなく、そういった話題に興味がない。


「実はそうなんだよねー。ウイル君のブロンズダガーも、きっとうちで買ったやつだよ。お買い上げ、ありがとうございまーす。なんちゃって」

「そ、それは知らなかったです。たしか、総合武器屋リンゼー。あ、確かにリンゼー繋がり」


 はにかむエルディアと向き合いながら、ウイルは一瞬考えこむも、即座に店の名前を言い当てる。

 総合武器屋リンゼー。

 そして、彼女の名はエルディア・リンゼー。

 これだけの手がかりから結びつけることは難しいが、今となってはスッと納得出来る。


「そそ。ちなみに普段店番してるのがお父さんね。頭ツルツルの」

「あ、あぁー、あの人が……」


 短剣を購入した際のことは記憶に新しい。何週間も前の出来事だが、武器屋を訪れたことも、武器を購入したことも初めての経験ゆえ、不愛想な店主のことは容易に思い出せる。


「こう見えて、私もときどーきお店手伝うんだよ。誰か雇えばいいのにね」

「いや~、武器屋となると難しいと思いますよ……」

「どしてー?」


 武器屋の娘として、エルディアは疑問に思っていた。人手が足りないのなら、店員を増やすべきだ、と。


「武器や防具の類は、商品毎に定められた課税が発生するんです。しかも、価格を安くすることは許されてますが、上限金額が国から提示されているので、それより高く売ることも出来なくて……。つまりは薄利多売の商売で、だからそれほど儲からないんです」

「ホ、ホホー……?」


 ウイルの言う通り、装備品の売買は国によって厳密に管理されている。

 商品の売値。

 売買が成立した際の納税額。

 そういった部分に自由はなく、もちろんセールのような形で割り引くことは可能だが、国に納める税金は定価を基準に算出されるため、売値を下げることは単純に営業利益を下げてしまう。


「銃が開発されてからはさらに過酷みたいで。傭兵の仕事が少なくなって、傭兵も減って、武器屋を訪れる人も……、みたいな感じだったらしく、確か、そのタイミングで二つあった武器屋の片方が倒産しちゃったのかな? となると、残った方がエルさんのおうちだったんですね」


 ウイルが博識な理由は、ひとえに貴族だからだ。

 実はエヴィ家が王国内の物流を管理しており、家長が一人息子にこういった教育を施すのは必然と言える。


「なんだろう、武器屋の娘よりも君の方が詳しそうね。もしかして、幼く見えるけど実は四十歳くらいだったりしない?」

「しませんよ。れっきとした十二歳です。さて、と……。僕も少し仮眠とっていいですか? 先に水浴びした方が良さそうですけど、実はそんな余力も残ってなくて……」


 エルディアとの会話で気を紛らわそうとも、頭痛は消え去ってはくれなかった。脳が膨張と縮小を繰り返しているかのような痛みに苦しみながら、ウイルは明るい横穴の端で小さく丸くなる。あちこちが煤けたままだが、汚れを洗い落とす気力もなく、今は頭痛から逃げるように眠ることを選ぶ。


「おやすみー。寝る子は育つって言うしね。あ、だから私の胸も育ったのかな?」

(突っ込まない……。突っ込まないぞ……)


 エルディアの発言は当然のように無視だ。普段はスチールアーマーによって隠されているが、確かにその大きさは際立っている。

 そのことについて賛同なり困惑してもよいのだが、今は疲労と体調不良がもたらす睡魔に抗いたくない。ウイルは押し黙って眠ることを優先する。

 その後、大量の飲み水をメルが持ち帰ったタイミングで、入れ替わるようにエルディアが周囲の巡回に着手する。見張りや留守番よりも戦いたい。つまりはそういうことなのだが、メルとしてもその方がありがたいため、断る理由もない。

 人間からすれば敵地とも言うべきこの場所で、緩やかな時間があっという間に過ぎ去る。


「んふぁ~、先に休ませてもらったよ。あれ、エルさんは?」

「この辺りを見てくるって。ゴブリン見かけたら、片っ端から倒すってさ」


 洞窟に到着して数時間後、未だ自身の血液で汚れたままだが、ハイドが昼寝から覚醒する。本来ならばこんな短時間で復調するはずないのだが、彼の生命力なら十分可能だ。


「そっか。本当なら俺達がゴブリンの掃討に励まないといけないな。だけど、あんな特異個体に出くわしちゃった以上……」

「今の僕達には荷が重い。二人に出会えて本当に良かった」

「だなぁ。その代償に、ウイル君の頭が爆発しちゃったけど」

「チリチリどころじゃない。ボンって感じ」


 ケイロー渓谷のゴブリン討伐。この依頼の受注者はハイドとメルだ。ウイルとエルディアはこの地を横断することを目的とし、言ってしまえば魔物退治は二の次でしかない。

 本来ならばハイド達が率先してゴブリンを探し、掃討すべきだ。もちろん、本人達もそうしたいのは山々だが、白鎧をまとったリーダーとも言うべき個体の実力を目の当たりにした以上、どうしても怖気づいてしまう。

 二人がかりでも到底敵う相手ではなかった。傷を負わせることはおろか、逃げることすら困難だっただろう。

 エルディアが居合わせたからこそ、何とかなった。つまりは運が良かっただけとも言える。

 そのことをきちんと理解しているからこそ、ハイドとメルは周囲の探索をエルディアに託す他ない。

 もちろん、この場の防衛も立派な仕事だ。ウイルというひ弱な子供を守らねばならぬ以上、二人に課せられた責務も決して軽くはない。


「……俺達でもあれくらいの魔物を倒せる日は来るのかな?」


 鞄からお茶を取り出し、喉を潤しながらハイドがそっとつぶやく。早ければ明日にもエルディア達とはお別れだ。いつまでも頼ることは出来ず、今後は自分達だけで魔物を倒さなければならない。


「当然。僕達はまだ駆け出し、焦ってもイエスじゃないね」

「それもそうか。うん、違いない」


 メルの言う通り、この二人はまだまだ若輩者だ。その証拠に、傭兵試験に合格してまだ一年と経っていない。

 等級は二。されど、依頼をそつなくこなしており、等級三は目の前だ。

 つまりは、経歴の浅さから考えると申し分ない実力と言えよう。

 才能に恵まれていたのか。

 成長曲線が優れているのか。

 二人組というメリットを活かせているのか。

 おそらくは全てだろう。だからこそ、ゴブリン相手にも互角以上に戦えている。

 比較対象が異常なだけで、彼らもまた、優秀な傭兵だ。


「体洗って着替えたら?」

「お言葉に甘えてそうしよっかな」


 メルに促されたのだから、ハイドはそっと立ち上がり、洞窟を出て山を下る。目指すは渓谷を分断する小河だ。来た道を戻るのだから魔物と出会う可能性も低く、仮に見つかったとしてもこの男なら問題ない。


(明日からは俺達が張り切る番だ。今まで通り、自分達のペースで)


 ここは山と山に挟まれた勾配の激しい土地だ。平地もところどころにあるのだが、そのほとんどが坂道で構成されている。つまりは山道であり、体力は大いに消耗する。

 ゆえにウイルは体力の限界を迎えたのだが、この男の足取りは軽快なままだ。

 走るまでもない。散歩を楽しんでいれば、あっという間に川にたどり着く。のどかな水流とは裏腹に河底はいくらか深く、入り込めば下半身は容易に沈んでしまう。


(あぁ、ウイル君も連れて来ればよかったか。真っ黒だったし)


 炎に焼かれ、死にかけたウイル。ハイドのキュアによって一命はとりとめたが、頭髪と服は焼け焦げたままだ。

 ボスンと川に飛び込み、腹部から下を水に浸りながら、先ずは血まみれの皮防具を外すことから始める。


「ん?」


 その時だった。遠方から何かが爆発したような音が、繰り返し聞こえ始めた。

 方角は西。川の上流方向であり、彼らの進行方向でもある。


(さてはエルさんが暴れてるな。相変わらずすごい……、ここまで戦闘音が届くなんて)


 この地は周囲を絶壁で囲まれており、音の逃げ場がない。巨大な両手剣で地面を砕けば、その音がこの地を騒がせたとしてもおかしくはない。

 ハイドは感心しながらも、全身を軽く洗う。

 衣服に関しては手遅れだ。数え切れぬほど斬られたため、脱いだタイミングで布切れになり下がった。


(あの人のことだ、十体くらいは倒しちゃうんだろうな。末恐ろしいね)


 ハイドとメルも、ゴブリンを討伐可能だ。しかし、むやみやたらに突っ込むことは出来ない。基本は二対一を心掛けたい。

 相手が複数でもなんとかなるだろう。それでも限度がある。何より、危険が伴う。

 ゆえに、慎重な立ち回りは重要だ。そうでなければ傭兵は早死にするだけであり、言い換えるなら愚か者のすることだ。


(さてと……)


 綺麗な川が一時的に赤く汚れてしまったことに罪悪感を抱きながらも、水浴びを済ませ、メル達の元へ帰還する。

 西の空へ大きく傾いている太陽。夕方の足音が聞こえてくる時間帯だ。コンディションも回復したのだから、エルディアを追いかけ、ゴブリン退治に加勢しても良いのかもしれない。

 しかし、やはり無茶はしない。眠っているウイルの容態も心配だ。

 彼女が暴れてくれているのなら、自分達は夕食の下ごしらえを始めればよい。そう考え、仲間の元を目指す。

 真っ青な空が徐々に赤色へ変わり、灰色を経由して黒く塗り替わった頃、灯りのともった洞窟に笑顔のエルディアが現れる。


「ごめーん、遅くなっちゃったゼ」

「あ、おかえりなさい」


 悪びれているのか、そうでないのか、待ち人にはわからない。

 ウイルはメルの助けもあり、すっかり小奇麗だ。川まで連れていってもらい、冷水ゆえに多少つらかったが心身ともに清めることは出来た。

 チリチリに焼け焦げた頭髪についても解決だ。その場でメルに散髪してもらえたため、随分と短くなってしまったが、むしろ傭兵らしくなったと言える。


「迷子になったんじゃないかって心配したよ」

「もうすぐ晩御飯」


 苦笑いのハイドとは対照的に、メルは表情一つ変えずに鍋の中身を覗き込んでいる。


「さすがに汗かいちゃったなぁ。あ、けっこう倒してきたよ」

「エルさんのことだ。二十くらいは狩れました?」


 エルディアは灰色の両手剣を鞘ごと背中からおろし、右手で顔をうちわのようにヒラヒラと冷まし始める。

 ハイドの問いかけは同時に願望だ。明日からは彼らがゴブリンを掃討せねばならず、その負担を彼女に少しでも減らして欲しいと考えている。もちろん、その分、自分達の報酬金額は減ってしまうが、白鎧のような格上のゴブリンがこの地にいたことを考慮すると、この仕事は早めに切り上げたい。


「八十くらいかな? 途中から数えるの止めちゃったゼ」

「……は? はち、じゅう?」

「うん、八十。多分だけど」


 ありえない数字だ。だからこそ、ハイドは間抜けな顔で言葉に詰まる。メルも黙ってはいるが、静かに混乱中だ。

 ウイルはその討伐数のすごさがわからないため、これといった反応も示さず、マジックバッグから皿を取り出し続ける。


(俺達が一週間以上こもって倒した数が……、四十体前後だったか)

(それをたった数時間で)


 倍近く超えられてしまった。嘆きもしなければ悔しくもないが、数字として明確に実力および実績の差を見せつけられてしまうと、対抗心ではないがメラメラと湧き上がる何かがある。


「どこまで行ってたんですか? あ、お茶どうぞ」

「ありがとー。お、髪の毛さっぱりしたねー。いや~……、勢い余って蛇の大穴まで行っちゃった。帰り道にゴブリン見かけなかったから、もしかしたらほぼほぼ倒しちゃったかも?」


 蛇の大穴。ケイロー渓谷の西に存在する巨大な洞窟だ。ウイル達が今いる横穴とは比較にならないほど大きい。西のミファレト荒野を目指すなら避けては通れぬ道であり、明日の目的地だ。


(嘘じゃないんだろうなぁ。だとしたら……)

(僕達の仕事はほぼほぼ完了。残党を探しつつ、うん、やるべきことは明確になった。イエスだね)


 ハイド達が傭兵組合から受け持った依頼は、この地のゴブリン掃討だ。討伐数に応じてお金が得られる仕組みになっており、たいした金額にはならないがやりがいのある仕事だった。

 しかし、エルディアの働きによってその目的はほぼほぼ果たされてしまう。彼女ほどの実力者が本気を出せば、この結果は必然だ。

 探せば残党がまだ隠れ潜んでいるかもしれない。それを探すことは重要であり、ハイド達もそれを実行するつもりでいる。

 大事なことは次のステップだ。

 新たな依頼に飛びつき、魔物を倒して金を稼ぐ。傭兵のルーチンであり、ある意味で彼らの日常と言えよう。だが、それだけでは足りないと思い知った。

 もっと強くならなければ。

 自分達よりも遥かに強いゴブリンと出会ってしまった。

 それを討伐してみせた傭兵はさらに強い。

 ならば、己もその域を目指したい。傭兵ならば抱いて当然の願望だ。

 そして、そういった向上心がなければ、彼らはいずれ魔物に駆逐されてしまう。残酷だがこの世界の摂理であり、覆せる者はいない。


「念のため聞きますけど、それって返り血ですよね?」

「うんー、私は無傷」


 ハイドの心配はあっさりと否定される。

 エルディアはあちこちが赤黒く汚れており、とりわけ紺色のロングスカートは酷い有様だ。

 だからと言って回復魔法に出番はなく、そんなことは帰宅時の笑顔からも容易に想像出来た。


「エルさん、ご飯の前に汚れ落としてきてくださいね。血も去ることながら、砂まみれですよ」

「はーい。行ってくるゼ」


 ウイルに促され、エルディアはそそくさと退散する。日が沈もうと、川での水浴びは可能だ。一旦山を下る必要があるが、彼女なら往復で数分もかからない。


「ウイル君、一つ訊いていいかい?」


 カチャカチャと皿が並べられ、焚火がパチパチと音色を奏でていた時だった。ハイドがゆっくりと口を開く。

 何でしょうか? ウイルは声の方を向きながら、表情でそう反応する。


「エルさんって普段からあんな感じ? あ、いや、なんて言えばいいのかな……」

「そうですよ。楽しそうに魔物を乱獲しますし、僕に対してもそのペースを強要します。おかげで鍛えられてるはずなんですけど、強くなれた実感がないんですよね……。体力はついたと思いますけど……、ほんと、それくらいです」


 一介の傭兵から見ても、エルディアという人物は不可思議だ。魔物退治を生業にしている時点で異常者以外の何者でもないのだが、それを踏まえても彼女はどこかおかしい。少なくともハイドとメルの目にはそう映っている。


「楽しそう……か。うん、確かにそう見えるね。魔物との闘いに充実感はあるけど、俺はまだその境地には至れないなぁ」

「同じく」


 二人組の発言は本音だ。しかし、内心では別のことも考えている。


(楽しい、か。きっと心底そうなんだろう。だから……)

(新入りを手伝う際も、良かれと思って自分のやり方を押し付ける。その結果……)


 エルディアは若い傭兵を何人も潰してしまった。彼女のハイペースな魔物狩りについていけず、挫折するからだ。

 ある者は傭兵という職業に恐れを抱き、他の道を選択。

 ある者は彼女から逃げ出し、別の傭兵に声をかける。

 こうした背景から、同業者達は陰でエルディアをこう呼んでいる。

 新人潰し。

 彼女の善意は単なる押し付けであり、その内容な苛酷だ。朝から晩まで魔物との戦闘を強要し、それが不可能ではないと自身は実演し続けた。

 エルディアは休日を必要とせず、ゆえにそのペースに付き合わされれば、その者達は心身ともに疲弊するに決まっている。

 幸か不幸か、彼女が面倒を見た若者達の中に死人は出ておらず、エルディアの実力がそれほどまでに突出しているのか、死ぬ前に足を洗うからなのか、それは誰にもわからない。


(悪い人ではないんだ。それはハッキリとわかった。だけど、ウイル君がそのペースについていけるとは到底思えない。二人共、無茶をしないでくれよ……)


 ハイドは赤い髪をかき分けながら、表情をこわばらせる。

 一緒に行動しているとは言え、所詮は他人同士だ。不必要に干渉するわけにはいかず、そもそもこの青年にそれほどの余裕もない。

 心配だ。そう思う気持ちに偽りはなく、それでもハイドとメルに出来ることなど何もない。

 選ばれたのはエルディアだ。

 なにより、彼女と比べれば二人もまた、幼稚な冒険者に他ならない。足でまといではないが、実力差は天と地ほどある。


(この子も潰されるかもしれない。だけど、それはそれでイエスなのか?)


 地べたに座ったまま、メルは眼下の鍋から洞窟の出入り口へ視線を移す。月が出ているのか、それすらもわからないほどに外は真っ暗だ。焚火が燃えていなければここも本来は黒色だろう。

 ウイルがエルディアの育成方針に耐えられず、その結果、傭兵そのものを頓挫。この少年の実力を加味すれば、誰もがそう予想するだろう。

 休憩は必要だが、朝から晩まで歩けるだけの体力はついた。しかし、それ以外は子供の水準だ。

 魔物に立ち向かえば命はなく、白紙大典があろうとその結果は変わらない。

 残念ながら、ウイルに華々しい未来などない。彼女のおかげで傭兵にはなれたが、そこから先はどこまでも険しい。魔物を探知出来る天技は役立つが、その弊害として本来習得するはずだった戦技や魔法を手放してしまった。

 この時点で致命的だが、それでもなお、夢を諦めるにはまだ早い。

 一人では生きていけない。ならば、ハイドとメルのように仲間を作って活動すれば良い。

 エルディアがその相手なのか。

 まだ見ぬ誰かなのか。

 それはこれから次第。魔物探知という特技を活かせば、戦闘に参加せずとも仲間の役には立てるはずだ。

 少なくともハイド達はそう考え、そしてその相手はエルディアではないのだろうと推測する。

 間違いだ。そもそも、大いに勘違いしている。

 エルディア・リンゼーという人間が狂っていることは間違いない。ここまでは彼らが正しい。

 だが、二人は知らない。普通ではない人間がここにもう一人いることを。

 ウイル・エヴィ。今はウイル・ヴィエンと名乗るこの少年こそが、四人の中で最も狂った歯車で動いている。

 ハイド達がそのことを見抜くまで数年かかるのだが、今は保護対象としてしか見ていない。

 もちろん、それが普通だ。当の本人さえも気づけていないのだから、見破れる者などいないだろう。

 非凡な才覚。

 背負った重荷。

 白紙大典。

 なにより、無人の舞台上に立たされてしまった。

 選ばれてしまった。

 ならば、最後まで抗うだけだ。

 客席では赤い炎が揺らめいている。何百年と待ちわびたのだから、もう数年程度は待つつもりだ。

 今はゆっくりと、目的地を目指すことに専念する。期日は迫っているが、焦るにはまだ早い。

 今年は光流暦千十一年。

 今はまだ、十二歳の子供なのだから。



 ◆



 翌朝、四人は早朝から西を目指し出発する。

 コンディションは快調だ。十分な休息が体力とモチベーションを整えてくれた。

 外はまだ薄暗いが、目が覚めてしまったのだから当然のように行動を開始する。

 傭兵は必然的に早寝早起きだ。夜中に活動する理由がなければ、さっさと寝てしまった方が何かと都合が良い。

 道中、ハイドとウイルは大いに驚く。この地に大勢いるはずのゴブリンと全く出会えないからだ。

 見かけないばかりか、少年のレーダーでも感知出来ない。

 つまりは、いない。

 昨日、エルディアが単身で暴れまわった成果なのだが、それを踏まえてもこの状況には仰天だ。

 彼女の発言を疑っていたわけではなかった。

 何かが爆発するような戦闘音は聞こえていたため、戦っていたことは間違いない。だからと言って、ゴブリン全てを駆逐出来たとは到底思えず、ハイド達は残党狩りを覚悟していた。

 実際は御覧のありさまだ。山と山に挟まれたのどかな道のりを、四人はピクニック気分で歩けている。

 しかしながら、山道は子供には険しい。

 それに加え、ゴブリン以外の魔物も少なからず生息しており、完全な安全地帯とは決して呼べない。

 やさしい朝陽が徐々に勢いを強め始めた頃合いで、ウイルは心身ともに疲れ果てる。急こう配が体力を奪い、魔物探しが精神を消耗させた。

 全員で休むという選択肢もあったのだが、他三人はまだまだ元気だ。ゆえに、エルディアは鞄とスチールクレイモアをハイド達に託し、ウイルをおぶって走り出す。

 その結果、四人は予定よりも早く、目的地にたどり着く。

 立ちはだかるような絶壁の岩山。そこには不気味なほどに巨大な洞窟が、大口を開けて旅人を飲み込もうとしている。

 蛇の大穴だ。山脈に設けられた謎の空洞であり、ケイロー渓谷とミファレト荒野を繋いでくれている。

 ゴールに到着したということは、ここでお別れだ。

 ウイルとエルディアは中に足を踏み入れ、西を目指す。

 ハイドとメルは来た道を戻る。

 目的が異なるのだから必然であり、傭兵ならばこういったことは日常茶判事だ。

 彼らの世界は狭いのだから、活動を続けていればいずれギルド会館等で再会出来るだろう。

 ゆえに悲しむ必要はない。

 むしろ、喜ぶべきだ。

 出会えたこと。

 互いのすべきことが果たせたこと。

 どちらも素晴らしいことであり、それをわかっているからこそ、四人は笑顔で二手に分かれる。

 広大なこの世界で出会えた奇跡。まさしくそうとしか言いようがないのだが、ウイルにとってはここからが本番だ。

 殺すか、殺されるか。

 奪うか、奪われるか。

 勝利か、敗北か。

 間に合うか、手遅れか。

 そして、守れるか、守れないか。

 正面の巨大洞窟を抜ければ、そこには荒れ果てた大地が広がっている。その地は通過点でしかなく、南西の森こそが真なる目的地だ。

 されど、少年は思い知る。

 出会いと別れは突然だ。だからこそ、かけがえがないのかもしれない。

 彼女と出会えた奇跡。

 その手を放したくないのなら、そう望むだけではだめだ。

 この世界はそれほどまでに、残酷なのだから。

線上のウルフィエナ ―プレリュード―

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