「ど、どなたですか……?」
私のその言葉に、彼はきょとんとした。
そして、何か考えているような顔をして、しばらくして無表情に戻る。
「……魔法使い?」
彼の口から放たれたそれは、低い美声だった。
ずっと聞いていたいような……、ってそうじゃなくて。
「どうやってここに入ったんですか?鍵がかけられているはずじゃ……」
ここは扉も窓も全て鍵がかかっているはず。部外者が入るなんて不可能だ。
「正確には、鍵ではなく魔法だ」
彼のその言葉に、目を見開く。
「魔法……?」
「ああ。それもかなり強い」
へぇ、と私は一つ頷く。
「この離れには、封じ魔法がかけられていた。つまり、その魔法さえ解けば入ることは可能になる」
あ……確かに。
……ん?ということは、その封じ魔法とかいう強い魔法を解いたということは、この人かなり強い魔法使いなんじゃ……。
そう考えているうちに、彼は私の隣に座り私と視線を合わせた。
「で、お前の名前は?」
「え、えーと……」
突然の問いにオロオロしてしまう。
どうしよう。本名を言ってしまっていいのだろうか。
伯爵家に来たばかりの頃、夫妻に、リリアーナ・テイル・フィアディルという名前は捨てろと言われた。きっともう一生使うことはないだろうからと。
一度捨てろと言われたものをまた使ってしまってもいいのだろうか。
……でも、嘘をつくのはよくない。
私は意を決し、彼の深海色の瞳を見つめた。
「リリアーナです」
すると彼は驚いたように目を見張った。
かと思うとまた無表情に戻る。
「俺はルウィルクだ。魔塔に所属している」
魔塔?どこかで聞いたことがあるような……。
と、彼が不意に立ち上がった。
「さて、そろそろパーティーも終わりそうだし、俺はこれで失礼する」
「え?」
もうパーティーが終わるの?と思いながら窓の外を見ると、確かに大勢の人が伯爵邸から出ようとしていた。
少し寝ていたからパーティーをしていた時間があっという間に感じたのかもしれないな。
そう思いながら私も立ち上がる。
「俺がでた後、同じ魔法をかける。俺がここに来たことは絶対にバレないようにするから安心しろ。それと、いつかはわからないが、また来る。一ヶ月以内には」
「は、はい。わかりました」
彼は私が頷いたのを確認すると何かぶつぶつと唱え始めた。
と思うと、彼の足元に魔法陣が現れる。
それは彼を光で包み込み……、ゆっくりと消えていった。そこには、もう彼の姿はなかった。
ぽかんと口を開けて固まっていたが、ふと我に返る。
……今のは一体何だったんだ。
彼は何のためにここに来たのか、そもそも今の出来事は全て夢だったのではないか。
私は首を傾げながらはたきを手にとり、掃除を再開したのだった。