数秒も待たずに、ダンゴー死亡の証としてドロップアイテムが現れる。
「ダンゴーヘルムですね。初心者防具です」
「はぁ……じゃあ、うちらには必要ないじゃん! 高いの?」
「……初級防具ですからね。高くはないですよ」
「ちぇ!」
ネリが蹴り飛ばそうとするのを、素早くセシリアが拾い上げて、マジックバッグの中に収納する。
「傷がつくと買い取り価格が下がるから、余計なことは二度としないで。次にやったら、ダンジョン踏破まで、お菓子なしだから!」
「ちょっと! それ横暴すぎるよ? ねぇ、雪華さん! 何とか言ってやってくださいよ」
雪華は当然無言を貫いた。
「……余計な質問はマイナス評価だな」
「学習能力のなさも同様ですね」
フェリシアとネルにまで追撃されたネリは、幼子のように頬を膨らませた。
「先に進みませんか? 無駄なやり取りは極力避ける方向で」
「ああ、そうだな」
「ええ、行きましょう」
三人が歩き出すのに不満を隠せないネリは、ふくれっ面のままにその背後についた。
「のこのこがあるぞ。採取しよう」
「では私が」
フェリシアの肩から飛び降りたネルがたたたたっ、と勢いよくのこのこの近くを小走りで抜ける。
何時の間に開いたのだろう小さな折りたたみナイフを使って、根っこを残すすれすれの位置で切断していた。
「凄いね、完璧!」
セシリアがちゃんと購入していたらしいキノコ専用籠に手早く入れていく。
形大きさ共に良質ののこのこが五個ほど採取された。
「しかし、のこのこでも需要があるのだな」
「味はイマヒトツですけど食感が良いですからね。意外に使い道があるみたいです」
「駆け出しの冒険者は、自分たちで食べちゃうから、なかなか納品に至らないって話も聞きましたよ?」
「なるほどなぁ。おぉ! うさくさもあるぞ」
「青臭いけど栄養価が高いから、これも駆け出し冒険者が食べ尽くしそうですね。根っこから取ると高評価みたいですから、セシリアさんお願いしてもいいですか?」
「了解! 草取り専用具も買ってきたから任せてね! ……これだけうさくさが生えているっていうことは、もしかして?」
マップを確認しながら丁寧に採取をしている横で、沈黙を守っていれば気付かれずにすむにも関わらず、ネリが大声を上げてしまった。
「やった! ホーンラビットだ! あれ、肉が美味しいんだよね!」
一人で対峙するには多い三匹というホーンラビットの登場にもネリは驚かない。
鼻歌交じりに躍りかかっていった。
背後で様子を冷徹に見守る三人に、危うく自我を持ちしメイスがぶつかりそうになるも、意志を持つ武器なので綺麗に回避してくれた。
その分コントロールが難しくなって、ネリの攻撃は派手に空振りする。
「えぇ? この武器! 使えないっ!」
間抜けな攻撃でできてしまった隙をホーンラビットが見逃すはずもなく、三方向からネリに向かって襲いかかる。
「なにを、ぼんやり見てるのっ? 助けてよ!」
勝手な行動を取ったら二度と助けないと、あれほどしつこく言われていたにも関わらず、この態度。
三人は顔を見合わせて深々と溜め息を吐いている。
「きゃああ!」
一匹目の攻撃は、どうにか避けた。
二匹目の攻撃は、ホーンラビットの特徴である鋭い角が頬を掠った。
三匹目の攻撃は、自らの体躯よりも長い角がネリの太ももを貫き通した。
「いたああああああああぃぃい!」
メイスで不格好にホーンラビットの頭を叩く。
さすがに絶命したホーンラビットの角を抜こうとして無防備になったネリに向かって、仲間を殺されて怒り狂う二匹のホーンラビットが再び襲いかかった。
このまま放置すればネリは、初級ダンジョン一階で死亡もしくは重症という、不名誉な称号を得るだろう。
ネリの評判が落ちるのはどうでもいいが、三人の評価が下がるのはいただけない。
雪華が静かに頷けば、許可を待っていたらしい三人がそれぞれフォローに回った。
まずは、フェリシアがハルバードの切っ先を使って器用にネリの身体から死亡したホーンラビットを取り除く。
セシリアは永遠を与える薔薇の鞭をしならせて、二匹纏めてホーンラビットの身体を絡め取る。
そのまま思い切り地面に向かって叩きつけることで、二匹のホーンラビットを絶命させた。
ネルは無言でネリに傷薬を突きつける。
何やら言いたそうな口の中へ、冒険者ギルドからもらった初心者向けキットのポーションを突っ込んでいた。
「マント、盾、グローブか。やはり採取素材もドロップアイテムも一種類ずつ取っておいて主様に献上すべきだろう」
「主様はどのアイテムも存じ上げないとのことですからね。喜んでくださると嬉しいのですが……」
「ええええ! なんで、肉! 肉が出ないのっ? 美味しいのに、ホーンラビットのお肉ぅ!」
ポーションを飲み終えて傷薬を塗りながら、ネリが大声を上げる。
セーフティーゾーンでもないのに、ダンジョン内で大声を張り上げるなんて、非常識が過ぎるというのに。
「……ダンジョン内で大声を上げるのは止めてくれる? ちなみにダンジョンモンスターと、外に出るモンスターでは、ドロップアイテムが違う場合があるんだよね」
セシリアは移動中に、二人からきちんと必要最低限の知識を教えてもらったようだ。
注意事項をしっかり言いながら、丁寧に説明までしている。
「そもそも王都初級ダンジョンは、階層ごとにドロップアイテムが決まっているんだ。肉は四階層でドロップするな」
一番ドロップ率が高いモンスターが、女性には特に忌み嫌われるゲジだと知ったら、ネリは発狂しそうだ。
見た目の割に味も使い勝手も良い肉なのだが。
「ねぇ、ネリ。貴女、初級ダンジョンの一階で死にかけた自覚はあるの?」
「そ、それは! 姉さんたちが助けてくれないから!」
「貴女が勝手な行動を取らなければ、苦戦なんてしないモンスターよ? それに言ったじゃない。二度と助けないって」
「今回は恐らく不名誉な噂が私たちにまで及ぶのを憂慮された雪華殿が、許可を出してくださったから助けたまでだ」
「そ、そんなこと言われても困るよ! できないよ! ……自分じゃ止まれないから、ネル姉。私が勝手をしたら、声、かけてよ……お願い、します」
ネルの目が大きく見開く。
お願いと、久しぶりに聞いたのではないだろうか。
「いいわ。ただし! それで止まらなかったら、今度は放置するから、そのつもりで」
「う、うん。分かったよ……ショックだったから、お菓子を食べてもいい?」
「……菓子屑を落として、モンスターを引き寄せても、一人で撃退できるなら好きにすればいい」
「菓子屑を零すなんて、そんなはしたない真似はしないよ!」
道中どれほど菓子屑を零したのか全く気がついていないネリの言葉に、フェリシアはセシリアを見詰める。
セシリアは呆れきった眼差しをネリに向けたまま、疲労回復の効果があるドライフルーツが入ったクッキーの袋を手渡した。
「水分も欲しいなぁ?」
「勝手に取りなさい!」
ネルの声に肩を竦めながらクッキーを囓るネリ。
本人以外が予想していたとおり、クッキーの食べかすがぼろぼろと零れ落ちた。
怒りや苛立ちをクールダウンしようと三人は無言で水分を取る。
王都で売られている果実水は基本的に質が良い。
安価にもかかわらず物によってはリフレッシュ効果までついている。
セシリアはネリの暴走を抑えきれなかったものの、多種多様の良質な品物を購入できていたようだ。
冒険者としてだけでなく、メイドとしての評価にもプラスしておきたい。
「あ! その果実水美味しそう! 私にもちょーだい!」
セシリアの果実水が入った容器に手を伸ばそうとするも、ネルが素早く彼女の身長ほどあるナイフをネリに向かって叩きつける。
ナイフの側面を使った平手打ちだ。
ネリの手は赤く腫れたが、切り傷はつけられていない。
こうやって幾度となくネリの暴挙を止めてきたのだろう、絶妙な力加減だった。
「図々しい真似はしないで! みっともない! 貴女は自分で買った物を責任取って飲みなさい!」
「でもこれ、美味しくないんだよ!」
色だけは透明で美しい赤色の飲み物をネリが両手で突き出して見せる。
冒険者なら新人でも知っている粗悪な飲み物として悪名高いそれ。
販売中止にならないのは現王妃が、その色を愛でているからだと真《まこと》しやかに囁かれていた。
「普段から言っているでしょう? 自業自得だって! 私たちが何度も教えているのに、貴女は何時まで経っても覚える気がないんだから!」
「だって美味しそうに見えたんだもん……」
「良し悪しを看破できるのにやろうとしない、貴女が悪いのです。可笑しいのです。最悪なのです。私の物を含めて、他人の持ち物に手を出さないで!」
「これは、パーティーの持ち物……」
「本来ならな? でも貴様は不必要な物を買いすぎた。セシリアが必死に止めるのも聞かずに、だ。だからセシリアが購入した物は私たちで、貴様が買った物は貴様が責任を持って消費しろ」
「きちんと分けてあるから安心してよ。何ならさ。アンタの分だけ、自分で持ってもらってもいいんだけど?」
マジックバッグに入っているから重量を感じないが、普通のバッグなら当然相応の重さになる。
ネリが買った分は愚かしくも相応以上の重さなのだ。
相変わらず謝罪もお礼もないまま、ネリは唇を尖らせて上目遣いに沈黙を守る。
三人が次に何かしでかしたら、荷物を持たせる罰を与えるようにしよう、と目配せし合ったのを認識する。
本来なら悪質な画策を、止めるつもりも、三人の評価を下げるつもりもさらさらない。
「あ! あれっ! 宝箱だよっ! 絶対っ!」
「ネリ!」
目で確認できるぎりぎりの距離にあった行き止まりの道で、またしても宝箱に向かって走り出そうとするネリをネルが止める。
ぴたっとその場に止まった横を、フェリシアが通り過ぎていく。
「罠感知ができるから、私が見る。貴様は下がっていろ」
一階の宝箱に罠なんて、まず仕掛けられてはいないだろう。
だが、宝箱がある=罠がある可能性が高いので、必ず事前にチェックをする……という認識を徹底的に体へ叩き込むのが重要なのだ。
「罠なんてあるわけ!」
「一階の宝箱で怪我をしたエピソードは有名だけど?」
「冒険者ギルドの、初心者向け注意掲示板に大きく書いてあったわね」
ちなみに、中級者向け、上級者向け掲示板にもそれぞれある注意事項。
情報は頻繁に更新されるが、中には鉄板情報も多い。
一階の宝箱に、極々稀《まれ》にだが罠が仕掛けられているという話は、初級冒険者の大半が知っているほど有名だ。
「ふむ。罠はないようだ……どれ……ほぅ、なかなか良い物だ。ガードスライム防具一式だった」
「え! 凄いですね。全部装備するとスライムの攻撃を全て無効にできるんですよね?」
「ああ。スライムダンジョンに潜るときは必須と言われている装備だ。防寒のバングルと耐火のネックレスがレアで、なかなか揃わないらしいな」
「幾らっ! 幾らになるのっ?」
「1000ギルぐらいかしら? 在庫が少ないとあるいはそれ以上かも……」
「す、凄いわ!」
ネリがバングルに触ろうとする前に、セシリアがマジックバッグの中に手早く仕舞い込む。
「……壊れやすいので、さっさと仕舞いますね?」
「えぇ! ちゃんと見たかったのにぃ!」
「壊されては堪らないからな。さ、行くぞ」
文句をさらっと流してマップを見詰めるフェリシアの背中を憎々しげに凝視したネリは、雪華の目線を感じたのか仰々しく肩を竦めて見せる。
ネリには見えないがフェリシアは睨みつけられたところで痛くもなしと涼しい表情。
セシリアが呆れきった蔑みの眼差しで、ネルがマップを見ながらも威嚇しているのに気がつきもしないようだった。
ネリが介入さえしなければ、ダンジョン探索は順調以外の何ものでもない。
げここっ!
げこここっ!
という鳴き声とともに、気配を感じたらしいフロッガが振り返る。
「遅いです」
ネルがククリナイフを投擲すれば、手入れの行き届いた鋭い切っ先は呆気なくフロッガの心臓を貫いた。
自動帰還機能付は大変便利だ。
ネルがククリナイフを再び手にする頃には、フロッガは呆気なく絶命していた。
「フロッガシューズ、ですね。水場を歩くのに向いているとか」
「スリップの頻度が低くなるらしいな」
「しかし、初級ダンジョンとは思えないほど、便利なドロップ品ですよね?」
「ええ。ただ耐久度が低いらしいです。だから常に需要がある状態という……」
「なるほど……それで、王都の特に初級ダンジョンって人気が高いんですね」
三人は敵が出ると順番に攻撃をしながら手早くドロップ品を収納し、丁寧かつ迅速にダンジョンを攻略していた。
ネリという邪魔さえ入らなければ、全て先制攻撃で対峙できているので、複数の敵が出てもほとんど一人で対処できている。
またモンスターが想定しない動きをしても冷静に見極めて、無理なく無駄のないフォローにも入っていた。
無論、採取だって忘れていない。
フロッガ出現付近の岩によくくっついている、えるのみも見落とさずにこそぎ落としていた。
これで、一階で採取できる有用な物は全種類入手できていたのだ。
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