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「ちゃんと聞いてるよ。いつからて言えば、お前――」

「そいつは、わたしと一緒に来たのよ。たまたま駅で会ってね」


荒木さんに代わって、オレの問いに答えるかぐや。


「そうそう。場所が今一つよく分かんなくてよっ。かぐやのヤツと一緒に来た」

「えーと……じゃあ今までずっと、ドアの外で立ち聞きしてたんですか?」

「おうよっ! なかなか出て行くタイミングが掴めなくてなっ。ハッハッハッ! でも安心しな。ドアの外にいるのは、あと一人だけだ」


何を安心すればいいのかよく分からないけど、とりあえず『ちょっと待ったコール』があと一回あるのは分かった。


「タイミングねぇ――」


佳華先輩は椅子から立ち上がると、デスクに寄り掛かるようにして荒木さんの前に立つ。


「で、絵梨奈。このタイミングで出て来たのはどうしてだ?」

「おう! かぐやは、このニィちゃんのデビュー戦の相手が出来んなら日本に残んだろ? だったらアタイが力ずくでも、このニィちゃんをデビューさせてやる。決着も着いてねぇのに、アメリカなんぞへ逃げられてたまるか!」


力ずくって……そんなの物騒な。


「はぁあ? ナニ言ってんの、アンタ? 決着なら着いてるでしょうがっ。わたしの6勝0負1引き分け――誰が見てもあたしの勝ちじゃない?」

「うるせぇ! この場合の決着ってぇのは、アタイが勝つ事を言うんだっ!」


な、なんてワガママな……


「い、いや、でも……決着ならアメリカで着ければいいんじゃないですか? 確か荒木さんにも、アメリカからオファーが来てるんですよね?」

「ああっ、ダメダメ。そいつ英語が話せないから」


物騒かつワガママな物言いの荒木さんに対するオレの提案を、かぐやがバッサリと棄却する。


「バ、バカにすんなっ! 英語くらい喋れるってぇのっ! ただ、アタイの英語をアメ公どもが理解出来ねぇだけだっ!」


アメリカ人が理解出来ない英語ってなに?


「てなわけでニィちゃん。アンタには是が非でもデビューしてもらわないと、アタイが困る」


そんな事を言われても、オレが困る。


「てぇーことはだ、絵梨奈。かぐやが入団すれば、アンタも入団するって事でいいのかい?」

「おうっ! かぐやがここに入るなら、アタイもここで世話んなる」


この団体の社員という立場上、かぐやも荒木さんも入団してくれるなら大歓迎である。そして、それは佳華先輩も同じだろう。


「と、いうワケだ佐野。多数決でお前のデビューが決まった。異議はあるか?」

「あるに決まってるでしょうっ! だいたいデビューするって事は、女装して女子に混ざって試合するって事でしょう? そんなの犯罪じゃ――」

「ちょ~っと待った~~」


またまた突然オフィスの扉が乱暴に開かれ、オレの言葉を遮るように、少し間延びした『ちょっと待ったコール』が響く。

さすがに3度目ともなればア然とする事もなく、呆れ顔のオレ。当然のようにかぐやに荒木さん、そして佳華先輩も、全く気にする風もなく――


「いらっしゃい。最後の一人てぇのはヤッパリあんたか、詩織」


そう、やはりノックをするという習慣のない、失礼な最後の来訪者は、|寝技《グラウンド》の魔術師と呼ばれるマジカルしおりんコト、木村詩織さんだ。


ちょっと眠そうな半開きの瞳にクールで落ち着いた性格。そして小柄な身長でツインテールにゴスロリファッションという、外見はかなり幼い感じのロリっ娘だけど、歳は荒木さんと同じくオレの一つ上だったはずだ。


「なにか失礼な事を考えないですか? チン◯ねじ切って口にブチ込みますよ」

「か、考えてないですよ……」


荒木さん以上に物騒な事を言いながら、オレの横を通り過ぎて佳華先輩の前に立つ木村さん。ちなみに木村さんは、かなりの毒舌家としても有名だ。


「お久しぶりです、佳華さん。ご無沙汰しておりました。また機会があったら、薄い本の即売会に連れていって下さい」


う、薄い本って……


セリフの内容とはうらはらに、礼儀正しく頭を下げて挨拶をする木村さん。


「ああ。そういえば今度、池袋でBL本のオンリーイベントがあるけど一緒に行くかい?」

「ホントですか? ぜひご一緒させて下さい」


佳華先輩……顔だけじゃなくて趣味も広いな、この人は……


「あっ! わたしも行きたい!」

「アタイもアタイもっ!」

「って、お前らもかぁーっ!?」


手を挙げて佳華先輩に詰め寄るかぐやと荒木さんに、思わずツッコミを入れるオレ。しかしその直後、とても女性のモノとは思えない形相から――


「「「「ホ◯が嫌いな女子なんておらんちゅーねんっ!!」」」」


と、八つの瞳に睨まれて、思わず後ずさるオレ。


「え、えぇ……ああ、う、うん、ゴメン……人の趣味にケチつけて悪かった……」

「ええ、分かればいいのです。趣味は人それぞれなのですから――」


木村さんはクールな表情に戻り、平坦な口調で話しながらオレの方へと歩み寄る。


「まあぁ、分からないと言うなら、その股間の粗末なモノを握り潰して女の子になって貰うところでしたけど」


無表情で言い切る木村さんに下から見据えられ、オレは股間を抑えて後ずさった。


「まぁ、佐野が女の子になるなら手間が省けていいんだけどな」

「よくねぇーですよっ!!」


真顔で恐ろしい事を言う佳華先輩。この人達はどこまで本気なんだ?


「はぁ……。女の子になる気がないなら仕方ありません。正攻法で説得しましょう」


ヤレヤレと言った感じでため息を吐く木村さん。てゆうか説得……?


「説得ってゆう事は詩織――お前もウチに入るって事でいいのか?」

「はい、栗原かぐやが入団するのであれば、わたしもお世話になります。それと奴隷券も希望します」


あなたもですか……?

もはやツッコむ気も起きない。しかし、モテモテだなかぐや……


確か木村さんがかぐやに固執するのは、彼女のオリジナル複合関節技『しおりんクラッチ』が完全に極まってギブアップをしなかったのが、かぐやだけだったからだとか。


「なにより、わたしとしても栗原がアメリカに行くのは好ましくない」

「え~と……もしかして木村さんも英語が苦手なんですか?」

「No, English can be spoken satisfactorily.(※翻訳・いいえ、英語を話すのは問題ありません)」


オレの質問に、流暢な英語で返事を返す木村さん。確かに英会話は問題無いようだ。


「詩織のヤツはナニ言ってんだい?」

「チャーシューメン大盛り野菜ダブル、麺カタ辛めニンニク脂マシマシ。だって」

「ほぉう、詩織のヤツも二郎信者か……これは一度、一緒にロットバトルに行かねぇとな」


おいおいかぐや、あんまテキトー教えるなよ。


「わたしはこう見えても、日本舞踊木村流家元の一人娘――」


後ろに居る二人のバカなやり取りに一つため息を吐いて、全員の母国語で話を進める木村さん。


「今は結婚するまでという約束で、好きにさせて貰っていますけど――それでも家元の娘が海外に行くのは色々と問題があるのですよ」


日舞の木村流と言えば歴史もあり、オレでも知ってる有名な流派だ。そこの一人娘ともなれば、中流家庭のオレなんかには分からない苦労があるのだろう。

レッスルプリンセス~優しい月とかぐや姫~

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