『太刀 鑢』を回収する為に出雲國を出発した私―――『蘇芳 楓』の身に大変な事が起きていた。
なんと…そう、所持金が残り拾銭(金 伍仟圓程度)だったのだ。なんたる不覚、あの私が出雲國に旅用の金銭を置いてきてしまった…。
現在、私が目指しているのは出雲國から29里離れた石見國。 そこには『空木 銘』に詳しい人物が居ると聞いて、目指している。
出発して直ぐと言う事も有り、たったの拾銭では飯も食えず宿にも泊まれず、石見國に着く前には死んでいると言っても過言では無い。
それでも、出雲國まで戻ることは許されないのだ。
その辺で拾った小石を指で弾いて、私は長いため息をこぼした。状況の説明をした所で、金が降ってくる訳でも金が寄ってくる訳でも無い。
私は「この拾銭は食事のみに使う」と誓い、宿は取らず野宿をする事に決めた。
目的地まで残り24里。残り拾銭で生き残れるのか…!
「こうなりゃヤケだ…」
持っていた小石を崖の頂上から空に向かって投げながら。
「―――盗みでも殺しでもやってやろうじゃねェかァ!!」
そう叫んだ声が山に響き渡り、私は拾銭が入った袋を掲げた。
その時、袋は手から滑り落ち、そのまま勢い余って崖の下の方まで落ちて行ってしまった。
蘇芳 楓、人生で一番最悪な出発だった。
私――― 蘇芳 楓は因幡國で生まれ育った、元貴族である。
私の人生は拾漆年、その全てを語り尽くすにはそれこそ拾漆年の時間を必要とする。
それらを割愛し、私の現在の立場を簡単に説明するのならば『刀を回収する為に旅する拾漆の女』となる。
なんともまぁ、可哀想な説明なんでしょう。
そして長い月日を経て『太刀 鑢』を回収する日が訪れ、旅に出たのは良いものの―――、
「途中でそのお金を全て失ってしまうとは……不運にも程があるぞ!」
改めて自分の愚かさを再確認して、私は何度目になるのか分からないため息をついた。
そしてもう一度山の方を向いて叫んだ。腹の奥底から。
「お金が無くなったのは最悪だけど、仕方がない。これも旅の醍醐味ってやつかもしれぬな!」
そんな醍醐味あってたまるか。
金銭を無くして歩き始めて約4時間が経過し、石見國まで残り15里の所まで私は歩いた。
そろそろ日が沈む、野宿の準備をしなければならない。
「外で寝る生活とか1回も体験した事ないからなぁ……」
当たり前だ、そんな生活してたらいつか猛獣に襲われてお陀仏だ。
―――そう考えると今からの野宿が怖くなってきた。なるべく猛獣に襲われ無さそうな場所で寝るとしよう。……そんな場所木の上しか無くないか?
仕方ない、持っている縄を使って木の上に寝床を作るしか―――
「嬢ちゃん、こんな所でねまる気かの?」
背後から声が聞こえた。驚いた私は体が曲がる限界まで振り向き、腰の短刀に手を伸ばした。
男が立っている、木に縋りながら。腕を組んで立っていた。
いつの間に、気づかなかった、私が背後を取られた。こんな経験初めてだ。そして、この感じ―――
「―――お前、山賊か?私の背後を取るなんて普通の人間には不可能だ。相当な手練れだな?」
「ぁ?山賊?あんなあほんだらと一緒にされるなんてせたもんだ…」
この男の喋り方――― 出雲國の訛り。一体何者だ、何が目的なんだ。
「そんな怖い顔やめらや、ちぃとおぜな目に遭ってもらうだけ」
私も出雲國の方言は勉強した方だが……何を言っているのか全くさっぱり分からなかった。ちぃと?おぜな?何それ
「ん?あぁ、言葉の意味が分からなさそうな顔してるな。悪い、いつもの癖で方言が出てしまっていた。改めて言わせて貰うとしよう」
「そんな怖い顔しないでおくれよ、お前には少し怖い目に遭って貰うだけだから…さ」
私が気づいた頃には、そこに男は居なかった。想像以上に速い、急いで辺りを見渡して男を探した。見つからない。周りには木が沢山ある、やつは木と木の間を行き来して隠れている。この戦い方、普通の武士では無い。恐らく忍びの類いか―――
「お前、まさか乱破か?何故こんな所に居る」
呼び掛けるが応答は無い、どうやらもうすぐ死ぬ相手に説明は必要無いらしい。やれやれ、困ったものだ。
私は腰の短刀を引き抜き、再び臨戦態勢に入る。敵の位置は不明、強さも不明だが私よりは遥かに強いだろう。
さぁどうする、どうすれば良い。
「その命頂戴する!」
男が木の上から飛び出した。私の頭を狙って、持っている短刀を振り下ろそうとしていた。
防御が間に合わない。その瞬間、男の短刀は私の頭を貫いて――― いなかった。
「……っなあ”!?」
コンマ数秒、男より私の体と手が速く動いた。そう、防御が間に合わないだけで避ける時間はある。
私は素早く1歩後ろに下がって男の短刀を避け、避けた時の勢いを腕に乗せ、短刀を持っている手に全ての力を加えた。
男の首を横に一線、致命傷になる場所を私の短刀が切り裂いた。
男は勢いよく地面に激突、辺りには赤黒い血が飛び散って血溜まりが出来ていた。
「悪いけど、あんたの戦闘技術より私の反応速度の方が速かったわね。首の頸動脈を切り裂いた。お前は大量出血で死に至る」
「あ”ぁ”………い”ぁ!!」
「答えられるか分からないけど最後に聞きたいことが一つある、お前は何故私を殺そうとした」
「い……い”えな”い”……!!はぁ…はあ”ぁ”!!がはぁ”!!」
「山賊では無くお前は乱破なんだろう?乱破は単純な金銭目的で人を襲ったりはしないはずだ」
「お”…俺はぁ”あ……何があ”っても”…言わ”…な…」
「………もうじき死ぬな、情報を聞き出す前に殺してしまったのは失敗だったわ」
「…………っ”…………。」
男は息絶えた。頸動脈を切れば約5分で死ぬと聞いていたが…思ったより早く死んだ。
そして何よりも―――
「想像以上に弱かった、一瞬で終わってしまった。私の背後を取ったのはまぐれだったって事か…つまらない」
私は出雲國を出る前に、護身術及び人の殺し方を学んでいた。『太刀 鑢』を探す途中で命を狙われるかも知れなかったからだ。
「あっ!やっば、野宿の準備忘れてた!この男何か金目の物持ってないかな…!?」
私は死んだ忍びの服を漁り、何か持ってないか探った。その時、金属同士がぶつかる音がした。
これは…!
「これはお金なのでは!?感謝するぞ金の運び屋!」
期待を膨らませて、金属音がなる袋を取り出して中を確かめた。
中に入っていたのは撒菱と苦無のみ。
私は激怒した、死んだ男に意味の無い罵声を浴びせた。今思うと最高に最低な事をしていた。すまない、忍びよ。心の底から謝罪する。
私はその辺の集落に苦無を持って行けば売れるかもしれないと思い、苦無だけを回収し、男を少し離れた川の近くに埋葬し、私は再び野宿の準備を始めた。
石見國まで残り15里。忍びの目的が何だったのか分からなかったが―――
まぁ…売れそうな物手に入れたから今は心の底からどうでもいい。
続
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お久しぶりです、天ヶ瀬です。
『贋造物語』を読んで頂きありがとうございます。
第壹話 - ② の投稿は未定です
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