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グツグツと煮え立った鍋の中に、ぷりぷりとした牡蠣を一気に放り込む。そして、すぐに鍋に蓋を被せた。
「これで次に沸騰したら、出来上がりっすよ」
「マジか! 早く煮えねぇかなぁ」
喜々とした顔をしながら、光太が箸を持って食べる準備を整える。その様子に微笑みを浮かべながら、朝陽は使い終わった皿と調理具を纏めて脇に置いた。
「やっぱさ、冬と言ったら鍋だよな! 野菜はいっぱい取れるし、身体温まるし、もう最高だな」
「ですねー。もう鍋は最強料理だと思います」
小さな沸騰を始めた鍋の前で、幸せそうに鍋の魅力を語る。そんな二人は今日、夜が一段と冷え込むという予報を悲観し、朝陽の部屋で二人だけの鍋パーティーを開いていた。
朝陽と光太は関係的に言えば隼士を介した友人というものだが、こうして二人で食事をするほど仲がいい。そのきっかけとなったのは、朝陽が隼士のために作った弁当だった。
あれは二年前だったか、朝陽は隼士と共に現れた光太に突然頭を下げられ、「レシピを作って欲しい」と頼まれた。話に聞くところによると、どうやら光太の恋人は殺人レベルで料理が苦手らしく、作る物全てが悲惨な代物になるのだという。そんな食事事情に悩んでいた最中に出会った朝陽の完璧な弁当に、光太は光明を見出したのだそうだ。
それから朝陽は光太の恋人のためのレシピを作るようになり、今に至る。
「しっかし隼士の奴、こんな日に残業とはつくづくついてないよな」
「本当ですね。あ、でも怒ってませんでした? アイツも鍋大好きだから」
「ああ、帰り際にじとーっとした目で睨んでたっけな。でもザマァって笑って帰ってきたやった」
その時の様子がありありと頭に浮かんで、笑いが噴き出てしまう。もしもこれが記憶をなくす前の隼士なら、後々まで「朝陽の恋人は俺なのに、どうしてご飯が一緒に食べられないんだ」とふて腐れていただろう。
「あっ、そういやお前さ、隼士の恋人探しの協力すんだって?」
「おっ、話早いですねぇ」
「だってアイツ、絶対に恋人を見つけるんだって毎日うるせぇもん」
げんなりしながら光太が所内での隼士の様子を語る。
「それは大変っすね。あー、そういえば光太さんに会ったら、仕事でのこと聞こうと思ってたんですけど、隼士どうですか?」
「どうって、記憶が仕事に影響してないかってことか?」
「ええ。だってあいつ、裁判官目指してるでしょ? 仕事の方面でも記憶障害出たらやばいと思って……」
今の隼士は何を覚えていて何を忘れているか分からない状態で、医者にもその日その日を過ごしながら探っていくしかないと言われている。しかし将来、裁判官になるという夢を持つ隼士にとって、仕事のことを忘れるのは痛い損失だ。だからこそ、そちらの方面で忘れていることがないか心配だった。
「んー、今のところは問題ないと思うぜ。担当してる案件も支障なくこなしてるし」
「そうですか、それならよかった」
「そこら辺はアイツの執念じゃねぇの。まぁ偏食とか色々面倒な奴だけど、仕事に対する熱意だけは一番だからな」
「その部分に関しては俺も尊敬しますよ。ただ……それで親友と恋人を忘れるってところが、隼士の残念さを物語ってますけどね」
「だな」
苦笑を零し合ったところで、目の前の鍋が本格的な沸騰を始める。朝陽は蓋を取り、中の煮え具合を確認すると完成の声を光太にかけた。
「光太さん、もう食べていいですよ」
「っしゃ、じゃあ早速いっただきまぁす!」
目を輝かせた光太が出来上がった鍋から具を取っていく。それから暫し二人は、海鮮の香りをふんだんに含んだ白い湯気を囲んだ。
「なぁ、ちょっと変なこと聞いていいか?」
「ん、何すか?」
「俺さ、隼士から恋人の話聞いた時、一番に朝陽の顔が浮かんだんだよな」
白菜と牡蠣を一緒に頬張り、美味しいと咀嚼していた光太がサラリと爆弾を投下する。
朝陽は思わず吹き出してしまった。
「ブッ! ちょっ、光太さん、いきなり何言うんすか! 俺、男っすよ?」
「んなもん、見りゃ分かる。でも隼士の奴、朝陽のこと大好きじゃん。弁当持ってくれば『朝陽が俺のために作ってくれた』ってリア充発言ばかりするし、俺が朝陽と二人で出かけるって言うとあからさまな嫉妬してくるし。悪いけど、俺はお前以上の存在って聞かれても答えられねぇよ」
「いやいやいや、それは単に飯当番がいて助かってるー的な発言でしょ? 嫉妬っていったって、多分ご飯取られたぐらいのもんだろうし……」
まさか事務所でそんなことを言っていると知らなかった朝陽は、内心焦りながら繕う。
「アホか。普通、飯だけであそこまでなんねぇって。ってかさ、ぶっちゃけマジで朝陽が恋人なんじゃねぇの?」
「ちがいますよっ。隼士とは正真正銘の友達です。それ以上のことなんてないっすから!」
「なーんか、慌ててねぇか? 怪しいな……」
高校卒業時からずっと付かず離れずで、食事の世話までする関係。これだけ見れば完全に恋人同士でしかない。だが、いつか誰かにこの質問をされると予想していた朝陽は、ちゃんと答えを用意していた。
「もう、勘弁してくださいよぉ。俺、アイツと一緒に居すぎて、逆に否定要素が浮かばないんですから」
辟易とした顔で朝陽は嘆く。
そう、過剰に否定すれば余計に疑われる。ならば、その逆手を取ってやればいい。
「もしもですよ? 俺以上に恋人に該当する人間がいないからって、隼士が『いっそのこと、もう恋人は朝陽でいい』なんて言い出したら、俺どうすればいいんです」
困ったという表情を前面に押し出しながら、項垂れる。すると、光太がふむふむと考えこんだ。
「それは……十分有り得るかもな。けど、それはそれで癪だな」
「へ? どうしてです?」
「アイツのことだ、朝陽と付き合い始めたら『朝陽の料理を食べていいのは、恋人である俺だけだ』なんてクソむかつくこと言って、絶対に独り占めしようとするに決まってる」
「うわぁ、そうなったら俺、光太さんの食事どころか、仕事も辞めなきゃいけなくなりますねー」
本当の隼士はそんなことを言わないと分かっているし、実際、記憶をなくす前もそんなことは言わなかった。けれど、ここは光太を騙すために話を合わせる。無論、心の中では無実の隼士に平謝りだ。
「ということで、朝陽が隼士の恋人説は俺が却下。アイツには頑張って真の恋人を探して貰おう」
そう決め、話を終わらせた光太が不意に席を立つ。
「ん、どうしたんです? トイレっすか?」
「違ぇよ。ちょっと寒い。悪いけど、何か羽織るもん貸してくんねぇ?」
「いいですよ。上着なら寝室のクローゼットに…………って、うわぁっ、光太さん、駄目っす!」