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1.常夜
その頃─。
「おい!ちょっと待ってくれ!」
「なんだよ!?」
「B班が何人か足りない気がする!矢継さんとあの黒髪の女の子はどうした!?」
矢継と影沢が先程までいた”あちら”では、とある隊士が2人の失踪に気づいた。
「探した方がいいんじゃないのか…!?」
「知るか!今はコイツらを倒すのが先だろ!?」
“あちら”では百鬼がまだ暴れていた。平隊士らが「うぉぉぉぉぉ!!!」と雄叫びを上げて百鬼に立ち向かっている。
「その女の子には矢継さんが一緒に着いてるんだろ!?俺たちはまずこっちを優先し…うわぁぁこっち来たキモッ!!」
「なんだこの鬼口臭ぇ!!鼻取れそう!!」
「ゔら”ァァァァァ!!!」
·····─。
2.弱者
「弱い!とても弱い!!これだけ弱いのなら殺しても気づかんな!」
遊闇は心底楽しそうな声を上げた。影沢は遊闇の力技を受け止めるのが精一杯で一撃を入れられない。早く倒さなければ体力がもたない。
矢継も未だに蔓の檻に閉じ込められたまま。段々と小さく狭くなっている気がする。
(急がないと…!早く元の場所に戻って先輩方を助け…)
ブォン!!
「ッ…!」
突如、遊闇が右手を横に振った。鋭い爪が影沢の頬に触れ、横一文字に裂ける。
遊闇は続けて飛び蹴りを食らわせた。着物の裾と頭の髪飾りが大きく揺れる。影沢は遥か後ろへと吹っ飛び、激しく砂ぼこりが舞った。
「ッハハ!!いいぞいいぞ!儂は弱い奴が大好物じゃ!!」
そう言って嗤う遊闇の後ろで、何か大きなものが動いた。
「…!」
上から見下ろしていた矢継はそれを見逃さなかった。
「う…ぅ……」
そこにいたのは小さな子供だった。ほんの一桁しか歳が行っていないような少年。まだ生きてはいるが、頬は痩け、目の下にはクマが、そして大粒の涙を浮かべている。
「た…たす……たすけて…」
少年がこちらに気づき、届くことのない小さな手を向けた次の瞬間。
「黙れ。食料が喋るでない」
遊闇が少年に冷たい視線を向けた途端、少年の、足元の地面が泥のような肉塊のようなものに変わった。
「あぁ…!あ”ああぁ…!!」
助ける暇もなく、少年は無惨にも奈落の底にずぶずぶと沈んでいった。
「儂から逃げようなんて無駄なことを。頭の悪い童程弱い者はいないな。人間は夢を持つ愚かな生き物。助かろうとしたって無駄じゃ。いずれは死ぬ」
「どうせ死ぬのなら、儂に喰われてさっさと死んでしまえばいいのにな」
その言葉で、矢継の怒りは頂点に達した。
3.人の思いは
『俺、夢があるんだ!』
そう言って笑ったのは誰か。一時も忘れたことはない。あの時当たり前だった姿。暗闇で聞いた悲痛な声。その後で見た血塗れの部屋。
あの時の覚悟。痛み。苦しみ。悲しみ。
ずっと忘れずに生きてきた。
だからこそ、今こうしてここにいるんだと、矢継は刀を力のかぎり握り締めた。
《霞の呼吸 弍ノ型・八重霞》
ブチィ!!
「!!」
「なっ!?」
ダン!!と大きな音を立てて矢継が降り立つ。
降り立つと同時に、それまで自慢げに建っていた鳥居や灯篭に一斉にヒビが入り、ガラガラと音を立てて崩れていった。
気づくと、そこは既に影沢と矢継が元々いた”あちら”だった。2人がいた鳥居の間は遊闇の幻術だったのだろう。遊闇の仕掛けた罠に呆気なくハマってしまったというわけだ。
遊闇は矢継が檻を破ったのだと理解するまで暫くかかった。矢継には身体中に薔薇の棘が刺さった跡があり、とても痛々しい。
「…お前ら鬼と違って、人の思いは不滅なんだ…。受け継がれる意志を…夢を…一度も見たことがないお前が…」
矢継は顔を上げた。
「人の思いを穢すな」
遊闇が再び攻撃を仕掛けようとしている。
その遊闇の頸を、矢継が音もなく斬った。
4.比べられっ子
遊闇の頸が鈍い音を立てて転がり落ちる。
ボロ…ボロ…と、体が段々塵となっていく。未だ残る脳で、遊闇は必死に考えた。
(儂はまだ死なない!まずあの鬼狩り共を殺さねばならぬ!!然らずば…然らずば…)
そこまで考えたところで、遊闇はハッとした。
(儂はなんのために戦っていた?)
何か理由があったのだろうか。分からない。鬼となってからは人間だった頃の記憶もとっくに消え失せていた。
だけど。
(思い出した…儂は…)
人間だった頃、遊闇には妹がいた。妹は遊闇と違ってなんでも出来た。勉強や運動のみならず、家事や他人への気遣い。遊闇が出来なかったことを全てこなしていた。
一方で、勉強も運動も何もかもが出来なかった遊闇は毎日のように妹と比べられた。
「こんなこともできないのか」「妹はなんでもできるのに」「役立たず」
当たり前のように両親から罵声を浴びせかけられる遊闇の心は、日に日にすり減っていった。
「お前は何も出来ずに弱いんだから、せめて俺たちに迷惑をかけるな。この愚図」
そう言われたある日、遊闇はついに我慢できなくなり、傍に置いてあった花瓶で父、母、妹を殴り殺した。
何度も何度も何度も何度も─。
死んでも尚、殴り続ける遊闇の眼は、恨みと憎しみの色に染まっていた。
「フゥ…ッ…フゥ……」
全身返り血塗れになりながら家の門を出た時、若い男が目の前に立っているのに気がついた。
「強くなりたいのならば鬼になるといい。もうお前のことを除け者にする奴は誰一人としていない」
そう言ったのは、他でもない鬼舞辻無惨。遊闇は躊躇なく誘いを受けた。
(弱い奴は好きじゃ。儂と同じ仲間じゃから)
でも…、と、遊闇は自身の傷だらけの腕を見た。
(でも、強くないと幸せになれない。人と比べられて、挙句の果てに罵声を浴びせられる。だから儂は強くないといけない)
自身の傷の正体が分からず、ずっと考えていたが、死に際になってやっと分かった気がした。
遊闇が今まで戦った人間は弱かった。それでもお互いがお互いを支え合い、どんな時でも折れずに立ち向かって来た。鬼となってすぐの時に鬼狩りは殺したはずなのに、それでも、今になってもまだ受け継がれている。
そんな人間の姿を見てきたからこそ、遊闇は考えた。
(生き物は…どっちであるべきなんじゃ…?儂はどっちであるべきだったんじゃ…?強い者?弱い者?)
「どっちが幸せだったんじゃ…?」
遊闇は黒い灰となり、空へ舞って消えた。
続