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チャールズと別れ、私は女子寮に入った。

夕食の時間は終わり、今は入浴の時刻である。

トルメン大学校は全寮制のため、食事や入浴の時間は決められている。


(まだ時間はあるけど……、早く部屋に戻らないと)


一年生の入浴時間は最後。私は変装を解かないといけないので、個室の浴室をつかっているから更に時間が限られる。すぐに身体と髪を洗い終えるように用意をしないと。


「……リリアン」


私の部屋の前にリリアンがいた。

リリアンは鋭い目つきで私を見ている。口元をきつく噛み、溢れそうな怒りを必死に堪えているみたいだ。教室で激昂していた時よりは落ち着いている。


「メリアは……、退学になるそうよ」

「そうですか」


メリアは、私の教科書をロッカーから盗んでいた犯人だ。リリアンの取り巻きの一人である。

メリアが退学することを伝えられても、私からすれば、リリアンの手下が一人学校から去ったとしか思えない。可愛そう、なんて同情も出来ない。


「わざわざ伝えてくれてありがとう」


私の部屋の前でリリアンが待っていたのは、仕返しの結果を報告しに来たわけではない。

リリアンは私の手荷物を指す。


「あんた、学校サボってどこにいってたのよ」

「……トゥーンで買い物をして、食事をしました」

「”一人”でじゃないわよね? 私の婚約者チャールズさまと一緒に出掛けたわよね!?」

「はい。私室で手紙を書きたいと一度お誘いを断ったのですが、チャールズさまがどうしても……、と」

「言い訳なんて聞きたくないの!! 人の婚約者といちゃいちゃしないでよ!」


本題はチャールズと共に学校を抜け出し、トゥーンの街へ出掛けたことが許せなかったからだ。

今日、私はリリアンが激怒することを二つやった。

一つは当然だし、一つはまっとうな意見だ。

私とリリアンとチャールズの想いは複雑だ。


特にチャールズを独占したいリリアンの想いと、結婚する前に恋焦がれた相手と恋愛をしたいと願うチャールズの想いは相反している。どちらも確固たる意志があり、話し合いの場を持ったとしても譲歩されないだろう。最悪、チャールズが婚約を破棄する。

今のところ、チャールズは親の意思、マジル国王の意思を尊重しているが、彼の我慢ならないことをリリアンがやったりでもしたら、即、彼女を切り捨てるだろう。


(ああ、面倒くさい……)


このやり取り、トルメン大学校にいる限りずっと続くのだろう。チャールズの私に対する恋心が覚めない限りは。

マリアンヌなら「ごめんなさい」と謝っただろう。怒りの矛先が自分に向くことで気持ちが収まるのならと自己犠牲を貫いていたに違いない。だが、それが虐めを過激にさせた要因だ。


「いちゃいちゃ? リリアンさまからみて、私とチャールズさまはどう見えておりますの?」

「恋人に決まってるじゃない! 二人きりで食事をとって、町へ出掛けてーー」


私はリリアンの言い分にため息をついた。

公爵令嬢であるリリアンは、花よ蝶よと大切に育てられた。異性と二人きりで何かをすれば”交際”ですと教えられているはず。子爵令嬢の私とマリアンヌも家庭教師にそう教えられてきたからだ。


「泥棒猫よ! あんたがいなかったら、わたくしがその役割にいたというのに!!」

「……本当にそうでしょうか?」

「はあ?」

「仮に、私がトルメン大学校を去ったとしても、チャールズさまはリリアンさまではなく、別の女性を探すと思いますわ」

「あんたじゃない女を探す!? 適当なこと言わないで―ー」

「言っておりません」

「な、なに? 何か根拠があるわけ!?」

「……この際ですから正直に申し上げましょう」


先ほどのチャールズの本音を聞いて、私は確信している。

私がトルメン大学校を去ったら、チャールズは学校内で別の女性を探し、交際を申し込むと。


「あなたが、メヘロディ王国の公爵令嬢としての振る舞いをしていないからです」


チャールズがリリアンを魅力的に思えない原因はこれだ。

私はリリアンの反論が来る前に、話を一方的に続ける。


「あなたはメヘロディ王国では王家に継ぐ、権力者の令嬢です。クラスメイトでなければ、辺境の子爵令嬢である私が話せる相手ではないでしょう。公爵令嬢という立場を使って、悪いこと、自分より目立つ令嬢に立場を分からせることだって異論を唱える方は誰もいないでしょう。無敵だと思います」

「……そ、そうよ! だから―ー」

「それはメヘロディ国内でのお話です」

「え……?」

「あなたは、マジル王国とメヘロディ王国の力関係をお判りですか?」

「えっと……」

「マジル王国の方が圧倒的に強いです」

「難しい話ではぐらかさないでよ! あんた、結局なにが言いたいわけ!?」


リリアンは基礎学力はマリアンヌより高いが、応用できていないのが難点。

この様子だと、チャールズとの婚約は、交渉材料もないメヘロディ王国がやっとのことで手に入れた活路であることも分かっていないだろう。先ほどの無知さで、リリアンはチャールズとの婚約を、国内の貴族との婚約と同等にとらえていることが分かった。


「公爵令嬢という権力を使った傍若無人な振る舞いは、マジル王国の第二王子であるチャールズさまには全く効かないということです。彼には”思ったようにならないと、癇癪を起す、わがまま女”と最悪な評価をされているでしょう」

「なっ」

「リリアンさまは、お相手の男性がそのようなお方でしたら、お付き合い出来ますか?」

「……っ!!」


リリアンの瞳には涙がにじんでいる。

さきほどの威勢はなく、言い返せないようだ。


「チャールズさまは”お付き合い出来ない”と答えていらっしゃいますわよね」

「う……」

「ですので、正式な結婚が決まるまではリリアンさまではない、他の女性に好意を向けるのだと思います。それが彼の命を救った私、マリアンヌだっただけです」

「うるさいうるさい!!」


言い返せなくなったリリアンは、私に向かってきた。

私は突進してくる彼女を避ける。


(あっ!)


身体は避けられたものの、家族に贈る荷物を奪われてしまった。

リリアンは、荷物がまとめて入っている紙袋を破り、中にある包み紙をびりびりと破った。


「やめて! 返して!!」


マリアンヌとおそろいで買ったガラスペン二本は粉々に砕け、クラッセル子爵が好みそうな流行りの焼き菓子は床に落ち、ぐちゃぐちゃにされた。

私はそれらを見て、絶望した。

この人は、物を、関係を壊すことでしか物事を解決できないのだと痛感する。


「あんた……、そのペンダントは?」

「……っ!」

「授業の時はつけてなかったわよね?」


殺意むき出しのリリアンがじりじりと近づく。

私は一定の距離を取るため、後ずさる。

先ほどリリアンが飛びついたおかげで、立ち位置が入れ替わり、あと数歩で私の部屋に入れる。


「チャールズさまに貰ったの……?」


私は答えず、沈黙を貫く。

手は部屋のドアノブへ手を伸ばしていた。


「許せない。殺してやる!!」


リリアンの怒りが頂点に達する。

ドアノブを回して、部屋に入る。

私はそう頭に命令しているのに、身体が震え、動けなかった。


「あっ、ぐっ!」


いつの間にか、私は仰向けに倒され、リリアンの両手が私の首元を締めていた。

苦しい。

息が、できない。

私が死を覚悟したその時――。


「……うるさい」


部屋のドアが開いた音が聞こえ、馬乗りになっていたリリアンが、突き飛ばされていた。

私の前に現れたのは、細身で背の小さい少女、同室のマリーン・キスリングだった。


拾われ令嬢の恩返し

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