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育ったのは、何もない村だった。
若い男の人たちは皆、出稼ぎにでていて、村に残っているのは老人と女の人、それと自分と同世代の子どもばかり。
村自体が裕福ではなく、毎日の食事もやっとの状態。痩せた芋が続く日も珍しくなかった。しかしそれでも母は優しく、自分の食べるものを削って与えてくれた。
父親は生まれる前に死んだという。会えないのは寂しかったが、周りの子たちも父親がいないようなものだったから、いじめられることがなかったのは幸運といえるだろう。
本当に幸せだった。
贅沢なんてできなくても、母が、友が、村の大人たちと一緒にいて笑い合えるだけで、もう他は何もいらなかった。
この時がずっと続けばいい。一生で一つだけ願いが叶うなら、きっとそれを願うだろう。そう思っていた。なのに―― ――。
「お母さんっ! しっかりして!」
「無風……無風……」
「大丈夫だからっ! すぐに元気なるから!」
母が流行病を得て倒れたのは、六歳の誕生日を迎えてすぐだった。
村には医者なんかいない。呼ぼうにも二十里は離れた大きな町にしかいないし、連れて来られたとしても診療代が払えない。結局、母は効くかどうかも分からない薬草に頼ることしかできず。
「無風、いい? よく聞いて……貴方は絶対に、立派な大人にならなくてはダメよ……」
「うん、母さんの言うとおり立派な大人になるよ。だから無理して喋らないで!」
「いいの……自分の身体のことはよく分かってるから……。それより今の言葉、絶対に忘れないで。貴方には私以外にも、貴方のことを心から大切に思っている方がいらっしゃるから……」
「お母さん?」
「私がいなくなっても、これだけは忘れないで……貴方は決して一人じゃない……孤独じゃ……ない……から……」
「お母さん! 嫌だ、お母さん! 目を開けて!」
貴方は孤独じゃない。
それが母の最期の言葉だった。
「お母さん……」
母が遺した言葉が何を意味しているのか、自分には少しも分からなかった。一人じゃないと言われても母がいなくなれば独りだ。それなのに孤独ではないなんて、嘘としか思えない。
無風はそれから毎日のように母の墓所を訪れては、泣き暮らした。このまま疲れ果て、生きる希望も失い、果てには母の下へ向かってしまいたいとまで考えた。
そんな時――出会ったのだ。
『なんだ、薄汚いガキか。まぁいい、お前のようなみすぼらしい家畜でも、退屈凌ぎぐらいにはなるだろう』
母の墓跡を見つめていた時、背後から不意に聞こえてきて振り向くと、思わず飲み込んだ息が止まるほど綺麗な顔の男の人が立っていた。
不機嫌そうに結ばれていた唇が、ニヤリと天を向く。
隣にいたデコボコ顔の半龍人に殴られ、意識を失ったのはそれからすぐのことだった。
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次に気がついた時、自分は蒼翠という名の邪界皇子の居所にいた。
「お前は今日から蒼翠様の奴隷だ。命令に背くことは死を意味すると思え」
奴隷とはなんでも言うことを聞かなくてはいけない者のことで、自分は蒼翠という皇子に死ねと言われたら死ななくてはならないらしい。
突然母の墓所から引き離され、寂しくて怖くて帰りたい頼んだら何度も殴られた。奴隷に何かを望む自由などない、と。
黒龍族の皇族は、冷酷で残虐だと聞いたことがある。絶対に関わってはいけないし、逆らってもいけないと母親からも強く言われていた。その記憶があったからだろう。この時初めて絶望を知った。死というものを強く望んだ。
だけれども。
「傷は痛むか? 傷に効く薬を用意したから飲むといい」
出会った時とまったく違う柔らかな顔で薬を差し出し、こちらが警戒すれば自ら飲んで見せて安心だと教えてくれた。しかもその後、傷が治るまで看病してくれたり、食事に寝る場所、本もたくさん与えてくれた。
「いいからもっと食べろ。お前はやつれすぎだ。肉を食え、肉を」
「子どもは大人よりたくさん寝る必要がある。だからさっさと寝ろ」
「俺の世話なんかしなくてもいい。風呂ぐらい一人で入れる。それより、面倒だからお前も一緒に入ってしまえ」
奴隷とは主の命令を聞く存在。反抗すればまた殴られるかと思ったから、この三月は言われたことすべてに「分かりました」と頷いた。ただ、それでも慣れないことが多く、主の茶器をいくつも割ってしまったりして、その時ばかりは死を覚悟したが、主は一度も手を上げることはなかった。
それどころか「怪我はないか!」と、大慌てで薬を用意させたため、自分と同じように主の命令を聞くことが仕事の半龍人は、「蒼翠様は一体どうなされたのだ……」と、ずっと首を傾げていた。
もしかしたら、最初に会った人とは別人なのかもしれない。そう思ったこともあった。しかし数瞬見つめるだけで心を奪われそうになるほど美しい人が、この世に二人もいるはずがない。
口調には厳しさや冷たさがあるが、投げかけてくる言葉はすべてこちらの身を案じてくれるものばかり。
もしかしたら主は美しく、優しい人なのかもしれない。
であるなら、こちらも従者として主の役に立てるよう仕えなければ。いや、仕えたい。そう思い始めた矢先のことだった。
「あ……」
主の部屋に置かれた本を読んでいた時、ふと霊術のことが書かれたものを見つけてハッとなった。そういえば先日、主が何か危機迫った様子で密かに鍛錬をしていたが、あれもおそらく術だろう。
――私も術が使いたい。
主に危機が訪れたとき、守れるようになりたい。
これが主と出会って初めて口にした望みだった。