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テラーノベル(Teller Novel)
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嘘つきなあんたが嫌いだった。

でも今は好きなんだ。

嫌がられようとも、愛したいと思うほどに。ブランコに揺られている君を見つめていると糸が解けたように言葉を紡ぎ始める。

「…昔話をひとつ、してあげましょう。私は捨て子で、独りぼっち、寒空の下凍える身体をカタカタと震わせながらただただ遠くの温かそうな灯りを見つめてた。そんな時、不意に声をかけてくれた夫婦がいた。彼らは皺だらけの手を私に差し出してくれて、握ったその手はとてもとても温かかったよ。」

俯いたまま言葉を繋ぐ。

「夫婦は貧しいながらも私を大切に育ててくれた。美味しい料理を作ってくれて、いつも温かくて優しい手で包んでくれた。幸せだった。けれど、それは学校の中ではいい標的だったんだろうね。小学生の頃から受けていたいじめは、中学生にあがる頃にはかなり酷いものになっていた。言葉の暴力に加えて日々の暴力も次第に過激さを増していく。身体中を殴られ、蹴られるうちに思ったよ。痛い、痛い。どうして僕が?痛みなんて感じなければいいのに、って。」

彼は何も辛いことがないような口ぶりで語っていく。聞いているだけで耳を覆いたくなるような話だったが、俺はじっと堪えた。

「そうしたらね、ある日突然、痛みを感じなくなった。とても喜んだよ。これで殴られてもなんともない、もう誰も怖くないんだって。実際、どれだけ殴っても蹴っても平気な顔をしている私が恐ろしくなったのか、それからいじめはなくなったんだ。よかったなって。


……けれどそれが、すぐに間違いだったって気づいたんだ。失ったのは痛みだけじゃなかった。自分の身体を触っても何も感じない、歩いているのに地面の感覚がわからない、とても美味しかった料理の味がわからない、あの温かかった手の感触が…分からなくなっていた。」

彼は はは、と自嘲気味に笑う。

「老夫婦はそんな私の身体を心配してくれてあちこち病院を受診した。けれど、どれだけ病院を受診しても、検査を受けても、原因はストレスだろうと言われるだけで、治し方がわからない。莫大な通院費や治療費だけがかさみ、貧しい老夫婦の生活を圧迫していった。…だから私は、愛しい人たちにはじめて嘘をついた。

…治ったふりを、したんだ。」

こいつは一体今までどれだけの苦労をしてきたのだろう。感覚がなければ人と同じように振る舞うのはかなり難しいはずだ。自分の身に起きる怪我や病気にさえ気づけない。そんな中で、一体どんな気持ちで笑っていたのだろう。

じゃあ、「…俺に告白した、本当の理由は…?」

答えてくれないかもしれない。これ以上踏み込むなと数日前に言われたばかりだ。でも、今はこの人を知りたくて、助けたくて、同情心以上の感情が湧く。

でもこの人は何も感じないのだから、何も答えてくれないかもしれない。

「…あなたに話し方のことを言われた時、大変ムカつきました。そのムカつきを……痛いと思ったんだ。」

ブランコの鎖を揺らす

「痛いと思ったんです。身体で何も感じなくなったせいで、心まで感じ方を忘れてしまった私が、久方ぶりに痛いと感じた。だから、あなたと一緒にいれば感覚が取り戻せるかもと、思ったんです。」

そこで彼は初めて顔をあげた。

「だからあなたに近づく為の口実として告白した。実際のあなた本当にムカつくやつでいけすかなくて、私の事を散々馬鹿にして。本当なんであなたにあの日告白なんてしたんだろうって何回思ったことか。でもその分、凍っていた私の心は苛立ちとか、怒りとか、そういう感情の高ぶりで少しずつ溶けていった。」

溢れんばかりの涙を瞳いっぱいに溜めて、彼は俺を見つめる。震える口から初めて聞く真実が次から次へと溢れおちていく。

「そのうちにあなたのことを面白いとか、楽しいとか、…好きだとか、そういう感情もいっぱい溢れてきてしまって。そうしたら、もうだめだった。もっともっと欲しくなって、あなたが作ってくれる料理の味も、あなたがかけてくれる布団の感触も、あなたが抱きしめてくれる腕の温かさも、みんなみんな欲しくなって。辛くなって。これ以上一緒にいたら、あなたと離れられなくなったら、私は耐えられない。何も感じないこんな身体じゃ、あなたの好意を感じられない。あなたへの愛を返せない。…それが、死ぬほど嫌になったんだ。」


最後の言葉を呟くと、堰を切ったように瞳から涙がぼろぼろと溢れ出した。今まで黙って聞いていた僕はこいつの涙を拭おうと手を伸ばす。触られることを恐れたのか後ろへ身を引き、ふいにバランスを崩した。

「あっぶない!!」

気がついたら俺は、下にいて、こいつを庇うようにして頭を打っていた。

「いた…」

「ねぇ…怪我ない?しっかり確認しないと…」「馬鹿!なんで庇うんですか?!私は痛くないって言ったでしょう!」

「だって、俺、あんたが大事だもん」


両手を握るとぽろぽろと泣きながらある言葉を口にする。

「…痛いの痛いの…飛んでけ〜、痛いの痛いの〜飛んでけぇ…っ」「…ん?」「だって、こうした方が治るんでしょう?こうした方が…あったかいんでしょう?ねぇ、」

まだほろほろと泣き続ける目尻を、今度こそはぐいっと拭ってやる。

「やっぱり、俺、あんたの事好きだよ」

「…っ、、」


△△△△△


「そろそろ帰ろっか。」「帰るってどこにですか。」「あんたの家に決まってんじゃん。こんな泣き虫さん放っておけなくね?」「私は妖精なので虫ではありません。」「あ〜はいはい、嘘の妖精さんね。」「はい????」

やっと泣き止んでくれたからゆっくりと立ち上がった。その時、頭にぽつりと水滴が落ちた感触がした。雨かな、そう呟こうとしたら

「雨が降ってきましたねぇ。」「えっ?」

隣に立って手のひらを空に向けながら呟いていた。驚いた表情で見つめる俺を不思議そうにこいつは見つめる。

「なんですか?そんなに驚いて。ふふ、天気予報でも外れたんですか?」「ううん、そうじゃなくて…。」

尚も不思議そうに見つめてくる彼に俺は呟いた。

「………今何で雨が降ってきたって分かったの?」「えっ?だって、頭に雨が…。」

そこまで呟いてはっと口を紡ぐ。差し出した手のひらにぽつりぽつりと雨粒が落ちてくる。彼の手は心なしか震えていた。

「つめ…たい。」「!!!それって…!!」

彼は慌てて自分の身体をぺたぺたと触っていく。



「雨が頭に当たって冷たい。滑らかな感触の服に包まれてもぞもぞする。さっき肘を打ってたんでしょうか…肘がヒリヒリして痛い…。」

震える指をそっと俺の方へと伸ばす。俺の頰に触れた指はとてもとても温かかった。泣き止んでいた彼の瞳からは大量の雨が降っていた。

「あぁ、あなたの頰、とっても熱くて…愛しい いたい、いたいなぁ。」「泣きすぎっしょ、、、でも…よかった。よかったねぇ…。」

目の前でぼろぼろと泣くこいつにつられて俺の瞳からもぼろぼろと雫が溢れ始める。


「…すきだよ」


こいつは嬉しそうに俺の涙を拭う。







「……涙って、あったかいんですね。」



いとしいいとしい、いたい


end

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