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テラーノベル(Teller Novel)
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すっかり大人しくなった組合長を、濡れるからという理由でソファではなく木の椅子に座らせて、パフィが今回の仕事の報告を始めた。


「……で、暗くなる前に野営の準備をと思ったところに、泉の中からこの子が出てきたのよ」

「はぁ!? 泉からだと!? このガキなんて事しやがる! 魔力の泉は神聖な物なんだぞ!」


魔力の泉は魔法を使う者達にとって、神聖視されるものだった。

パフィもそうだったが、あの場所で泳ぐという行為が信じられないのだ。


「組合長、落ち着いてください」

「落ち着ける訳ないだろう! そいつの親を連れてこい、殴ってやる!」


荒れ狂う組合長を見て、パフィとミューゼは溜息をつく。気持ちは分かるが、何一つ常識を知る事が出来なかったアリエッタを悪には出来ないから、どうしようもないのである。

何よりパフィは、アリエッタを斬った時の自分と重なって見えるせいで、やるせない気持ちにもなっていた。


(このおじさん、偉い人なのかな。何言ってるかは分からないけど、真剣に聴いておこう)


アリエッタは怖がるどころか、尊敬する相手として見始めていた。完全に理解できずとも態度は示す、前世の社会人だった頃の癖である。


「よーく聴けクソガキ! あの泉は神聖なんだ! 神聖! 分かったか!」


真剣な顔で組合長を見つめ、何かを理解しようとするアリエッタ。


(……これってもしかして!)


その様子を見ていたパフィは、流石にまた怖がらせるのはまずいと思い、アリエッタの前に出る。


「組合長、まずは話を──」

「しん…せー……」


しかし、突然後ろから聞こえた可愛い声に驚き、言葉を飲み込んだ。


「ほう、ちゃんと理解したようだな」

(いやいやそんなわけないのよ)

(もしかしてこの子……)


アリエッタの呟き方に、なんとなく身に覚えがあるパフィとミューゼは、ちょっと嫌な予感がしていた。


「しんせー」

「おう、もう泳ぐんじゃねぇぞ」


指を差して繰り返すアリエッタと、教育が上手くいったと喜ぶ組合長の姿を見て、予感した事が正解だと思い、自然と顔が引きつっていた。


「なんだお前らその顔は。とりあえず報告の続きだ続き」


やり遂げた気分になっている組合長は、偉そうに話の続きを促した。


(どうするのよ、これ教えた方がいいのよ?)

(……教えなくてもいいんじゃない? 話を先に聞こうとしないのが悪いし)


パフィとミューゼは、目だけで語り合うという器用な事をやってのけた。

まぁこの事も、話をぶった切った組合長の自業自得なので、本人以外は誰も困らない。

パフィは言われた通りに、報告の続きを語り始めた。


「背後から近づいてきてたディーゾルからミューゼを守ってくれたこの子が、私とディーゾルに斬られて、泉に落ちたのよ。すぐにミューゼが手当てをしてくれたけど、その時に言葉が分からないのが判明したのよ」

「はぁ? 言葉だと?」


言ってる意味が分からない組合長は再び声をあげるが、横にいるリリが手でそれを制する。


「組合長、まずは話を全部聴いてください。これでは進みません」

「ぬぅ……しかたねぇ……」


気になる点が多いと感じたリリは、手に持った紙にスラスラと書き留めていく。

パフィは報告をする相手を組合長からリリに切り替え、続きを話し始めた。

泉から少し離れた所にあった家、子供が1人だけなら暮らせる最低限の家具、不思議な野菜、周囲の落書きなど、見た事を順次伝えていった。


「以上なのよ。私達にも分からない事だらけだから、詳細を問われても答えられないのよ」

「なんだ頼りねぇな」

「組合長は黙ってください。しかし状況から察するに、言葉を知る前に止むに止まれぬ事情があって捨てられたと捉えるのが、一番妥当ですね。ちょっと失礼します」


リリはその境遇を想像してしまい、ハンカチを取り出して後ろを向いた。


「で、そのガキの親は殴れねぇのか? 泉に入った事を説教しなきゃいけねぇんだが」

「……一切の情報無しで、ずっと前にこの子をグラウレスタの森の中に捨てて、今のこの子の姿を知らず、生きてるかどうかも分からない親を、全てのリージョンの中から探せばいいのよ。私達には無理なのよ。頑張るのよ組合長」

「それに、あの泉を神聖視しているのはファナリアだけですからね。パフィも最初は知らなかったし」

「うぐぐ……」


ミューゼとパフィも探せるなら探してやりたいと思っていたが、状況から考えても、奇跡でも起こらない限りは見つかるとは思えなかった。

一通り報告が終わったところで、ミューゼがアリエッタを見ると、何かを見ていることに気が付いた。


「どうしたのアリエッタ? 何を見てるのかな?」


名前を呼ばれて一度振り返るも、再び同じ方向を見る。背中を向けているリリを見ていた。

その様子を見て、今朝のクリムとのやり取りを思い出す。


「リリさん、こっち来てください」

「はぁ~ふぅ~…はい。見苦しいところをお見せしました」


呼ばれてなんとか気持ちを落ち着けたリリは、ミューゼの元へと移動した。


「今からこの子にリリさんを紹介するんで、ちょっと喋らないでくださいね」

「……? はい」


ミューゼはアリエッタに見せるようにリリを指差して、おなじみの名前紹介をした。


「りり!」

「はぁい、本当に可愛いですねー!」


名前を教えるだけなら、もう慣れたものである。

さっきまで凹んでいたリリも、その可愛らしい姿に癒され、すっかり上機嫌になっていた。


「これでここにいる全員の名前は覚えたのよ。賢いのよ」

「ん? オレの名前を教えた覚えはねーぞ?」

「残念ながら覚えてしまいましたよ。順番に言ってもらいましょうか」


アリエッタを泣かした仕返しとばかりに、クスッと笑ってから、座っているアリエッタの前に屈んで、指先を自分に向けてある事を始めた。


「ミューゼ」


次にアリエッタに見せるように、パフィを指差すと、


「ぱひー!」


ミューゼの思惑通りに名前を言った。続いてアリエッタを指差して、


(今までの復習だな? よーし!)「アリエッタ!」


ミューゼに良い所を見せようと、アリエッタが気合を入れて名前を言い当てる。

さらにミューゼがリリを指差すと、


「りり!」


リリがうんうんと笑顔で頷く。

そして、最期に組合長を指差したら……


「しんせー!」


自信満々にそう叫んだ。


「……は!?」

「ハイよく出来ましたー♪」


アリエッタは全部答えて、ミューゼに撫でられ照れるも、ご満悦。


「という感じで、ちゃんと覚えたのよ。神聖組合長」

「ちょっと待てやぁ! なんでオレが神聖になってるんだよ!」

「あ、もしかして……」


リリは先程までの会話を思い出し、原因に気が付いた。


「組合長が神聖神聖と繰り返して叫ぶからですよ。この子はそれが名前だとバッチリ認識しました」

「これはもう悪い事は出来ませんね、神聖組合長」

「その名に恥じないように生きるのよ、神聖組合長」

「やめろおぉぉぉ!!」


なんだか地位が上がった組合長は、顔を真っ赤にしてテンパり始めた。

その姿を見て、そろそろアリエッタの教育に悪いと感じたミューゼ達3人は、何か叫んでいる組合長を残して部屋を出た。もちろん水浸しの部屋を片付けないと、次の仕事が溜まって何日も帰れなくなると脅してから。


「あ、魔力の水の納品はどうしましょうか?」

「それでしたら私の方で受け取りますね。あとはパフィさんの手当てと……アリエッタちゃんも怪我してるんですよね、ついでに治療してもらいましょうか」

「いいんですか?」

「仕事中の小さな子の保護ですから、構いませんよ。身勝手な行動で泣かしてしまった、神聖組合長のお金から出しておきますね」


受付嬢にいいように使われている組合長の財布だったが、アリエッタが泣かされたのは事実なので、ミューゼとパフィにとっても拒否する理由は無かった。

このまま別室へと向かうが、その間、アリエッタは相変わらずリリを…というよりも、リリの手元をジーッと見ている。


「どうしたのアリエッタ? リリさんの持ってる物が気になるのかな?」

(あれって紙だよね? しかもペンもある? むむむ、良く見えない)

「これですか? 先程聴いたことを記録しておいただけなのですが……ああ、そういう事ですか」


ふと記録内容に目を通して、リリはアリエッタの視線の意味に気が付いた。


「家の周りには、落書きがいっぱいしてあったんですよね? きっと絵を描くのが好きなのではないでしょうか。そこに紙と炭筆で何かを書いている私の姿を見たら、興味津々にもなるかもしれません。ねーアリエッタちゃん♪」

(うん? 呼んだ?)

「なるほどなのよ、ちょっと部屋で試してみたいのよ」

「いいですよ。テーブルだと大きいと思うので、板も持ってきますね」


適度な広さの部屋に通され、しばらく寛いで待っていると、リリが水色のガラス玉のような物と筆記用具を持って来た。さらに2人の男女も入ってくる。


「ミューゼさんはこちらの収納玉しゅうのうだまに納品をお願いします」


そう言ってテーブルに台座ごと収納玉を置いた。

ミューゼは収納玉に杖を近づけ、水を流し込み始める。水が空中を流れていくその様を、アリエッタは不思議そうに見つめていた。


「パフィさんとアリエッタちゃんは治療です。エスナさん、ツヴァイクさん、お願いします」

「はーい、エスナはこの子の治療しますねっ!」

「お、おう……」


エスナは可愛い女の子アリエッタに駆け寄り、ツヴァイクは静かにパフィの元へと向かい、治療魔法をかけていく。

その間リリは、テーブルの横に敷物を敷いて箱を置き、その上に小さな板と紙、そして炭筆を置いた。

治療が終わり、アリエッタの包帯を取って確認すると、傷跡の無い綺麗な状態になっている。パフィの方も痛みは完全に無くなっていた。


「はー、もっと長く治療してたかったけど、これでもう大丈夫よ。なんだか私の方が癒されちゃった気分♡」

「組合長による打ち身を治したついでに、細かい傷痕なんかも治っているはずだ」

「ありがたいのよ」

「お二人ともご苦労様です。それではパフィさんミューゼさん、今確認して報酬を払いますね。その前にアリエッタちゃんをこちらに」


治療をしてくれた2人が退室し、アリエッタを用意した箱テーブルの所へと座らせ、炭筆で紙に線を描いて見せると、嬉しそうに目を輝かせた。


(紙と鉛筆だ! これで絵が描ける! やった!)

「本当に絵を描くのが好きみたいなのよ。あとで紙と炭筆買って帰らなきゃなのよ」

「ふふ、楽しそう」


アリエッタの知る鉛筆とは違い、炭を固めて作られた筆なので、少し脆く、手につきやすい。が、念願の筆記用具ということもあって、すっかりテンションが上がっていた。

絵を描く道具を手にしたアリエッタは、まずは何を描くかを考え始めた。

その様子を見て安心した大人達3人は、一旦仕事の話へと戻る。


(……みゅーぜとぱひー、喜んでくれるかな。僕はまだ助けてもらった恩返しとか出来ないけど、出来る事くらいは全力でやらないと)


アリエッタにとって魔物から守ってくれて、怪我を治してくれて、森から連れ出してくれた大恩人。その2人の仕事をしていると思しき姿を見て、真剣な顔で板を抱えて炭筆を動かし始めた。

からふるシーカーズ

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