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「っ……」

ゆっくりとした動作で、ワタシは目を覚ました。

右目が何かにって塞がれている。

ソレが何かワタシは知っていた。包帯だ。

見た事のある懐かしい天井が視界に入る。

九年前。

もう見る事は無いと思っていた。

ワタシがポートマフィアで使っていた──執務室の天井。

柔らかなソファがワタシの躰を包み込んでいる。

然し矢張り寝台ベッドで寝るのとは違い、躰の彼方此方あちこちが硬くなって痛かった。

重くなった躰をワタシはゆっくりと起こす。

──ズキッ

「ゔっ…!」

頭痛がした。

反射的に瞼を閉じ、痛みをこらえるように頭を押さえる。

けれどそんな事はどうでも良かった。

これは夢なのだから。

九年も前の景色が広がっているのなんて、夢でしかあり得ない。

右目の包帯を解いた。違和感が酷かったからだ。

そしてワタシは、テーブルの上に置いてある自分の携帯を手に取る。

少し不思議だったのは、どれほど鮮明な夢を見ても起こる“あの浮遊感”を感じなかった事だ。

けれど、其れは一瞬の疑問だった。

此れは夢なのだから。

夢だから────きっと中也きみの声も聞ける。











──プルルルル











電子音が鳴り響く。

しばらくして電子音が途切れた。

君の声が聞きたい。

只、それだけだった。

だのに、次の瞬間、聞こえてきたのは予想外の言葉セリフだった。











『太宰手前テメエ!!朝っぱらから電話掛けてくンなッ!!』











「っ!」

ワタシは目を見開く。

『手前の声で朝起きるとか最悪だわ!あ゙ークソが!!オイ太宰!聞いてンのか!?』

「……ちゅ…や?」

『あ゙ぁ゙!?』

彼の怒号に思わずワタシはビクッと躰を揺らす。

然しそれよりも、彼が云った言葉にワタシは驚きを隠せなかった。

「ぁ、れ?中也だよね……?」

『寝ぼけてンのか手前?つーか間違い電話だったら今直ぐ手前の首りに行くぞ』

殺意を帯びた低い声で彼は云う。相当そうとう、頭にきているようだ。

けれど、そんな事より。

「いや…だって、何時もの中也きみなら──」

真っ先にワタシに「おはよう」って云ってくれる……。

妙な汗が頬を伝った。

刹那。











ドクンッ!











「ゔ──ぁ、…ぇ?」

鈍い鼓動こどうが躰中に響き渡った。

ナニか• • •が脳に流れ込んでくる。

心臓の音が響き渡り、中也の声も先程まで窓の外から聞こえてきた鳥のさえずりさえも、音の全てが遠のいて行っていた。

「はっ……はぁ…はッ…カ、ヒュ──ヒュ───」

呼吸が荒くなり、呼気が白くなる。

襯衣シャツの胸元を強く握りしめた。激しく鳴る鼓動を落ち着かせようとした。

視界が歪む。

瞳が小刻みに揺れた。

ナニかが流れ込んでくる。

気持ちが悪かった。

──ドクンッ!!

「ッ〰︎〰︎!!」

なんだコレは?

真逆、夢?

此の状態が夢ではなく、アレが夢だったと云うのか?

アレほどに鮮明な。

まるでもう一人のワタシの記憶のような。


























──あれ?


























「っ!!」

私は目を見開いた。

気付いたからだ。

アレが夢では無い事。此れが私にとっての現実• • • • • • • •である事。

鈍く鳴り響いていた鼓動がおさまり、呼吸も落ち着いていた。

然し私は目を見開き乍ら、頬から妙な汗を垂れ流している。

瞳が小刻みに揺れていた。

アレは只の夢では無い。

アレは記憶だ。

もう一つの──あったかもしれない「若しもの世界」の自分ワタシの記憶。

此の世界と「若しもの世界」の他にも、何万何千万ともなる世界が幾つも存在する。

其の世界は何かの選択で未来が変わり、または元々無かった事になってしまう。

然しソレは何万もの内の一つに過ぎない程、数少ない特殊状況イレギュラーだ。

其の特殊状況イレギュラーの内の一つに、 「太宰わたしと中也が付き合っている」と云う世界がった。

本来ならあり得ない世界。

然しソレは、湧き上がった仄かな感情が大きな波に返って出来上がった感情モノだ。

あの世界では確かに自分わたしは中也を愛していて、中也も自分わたしを愛していた。

簡単に言い換えて、ソレを「世界の設定」とすると── あの「若しもの世界」は、自分わたしと中也が付き合っていると云う「世界の設定」がついただけの世界。

謂わば此れから先に起こる未来• • • • • • • • • • •でもあるのだ。

此の世界では、私と中也が付き合っていないだけ。

なら────中也は四年後に死ぬ?

あの世界の通りに進んでしまえば、中也は死んでしまう?

厭だ。

それだけは絶対に──


『オイ太宰!!』


携帯から中也の声が響いた。

「っ!……中也…」

声が震えているのが判る。

そして其れと同時に或る感情を抱いてしまっているのに私は気付いた。

「…ぁ、ねぇ中也……」

携帯を耳元に近付けて、掠れた声で私は中也に声を掛けた。

「中也は、さ……私のこと────嫌い?」

私の問いに、少しの沈黙が続く。

其の間の時間が、私は酷く辛かった。怖かった。

心臓の音がうるさかった。呼吸が震えていた。

けれど私は願っていた。

其の言葉を聞きたくなかった。

然し──











『何、当たり前な事聞いてンだよ手前。大ッ嫌いに決まってンだろ?』











「────・・・」

待っていた携帯を、落としそうになった。

耳に響いた其の言葉を、私は受け入れるしかなかった。

ソレに胸が酷く痛くなり、今にも泣き出したい程に辛かった。

苦しい……。

何かが咽喉元で詰まった。

私は其れを吐き出さないように、呼吸を一瞬止めた。

そして何処か震えた唇の隙間から息を吸い、固く瞼を閉ざし──笑顔を作った。































「そうだね。私も────君が大キライだ…」



























































































***

カチッ──コチッ──カチッ──コチッ。

室内に、秒針が規則正しく時を刻む音のみが響き渡っている。

茜色の和装を着た女性は、眉をひそめ乍ら不機嫌そうな表情で時計を見据えていた。

────カチッ。

三つの時計の針が全て重なる。

時刻は十時。

ボーンと云う鈍い音を響かせ乍ら、金属製の振り子が左右に揺れた。

「鷗外殿、一時間が経ったぞ?」

女性──尾崎紅葉は左側を向き、奥の席に座る森鷗外を睨み乍ら云った。

「うーん……流石に困ったねぇ」

そんな事を云い乍ら、何処か穏やかな表情で森は云う。

そしてチラリと視線を移した。

森が視線を移した方には、会議用に事前に配られた資料を握り締める寸前の少年が居る。

赭色の髪をした少年は歯を食い縛り、込み上げる怒りと焦り──そして絶望を堪えていた。

「昨日、仕事が立て込んで其のまま執務室で太宰君寝てたから……若しかしたらまだ寝てるのかも──」

「……俺、今朝太宰に起こされました…」

青ざめた表情で中也は云う。沈黙が広がった。

こうなるともう、森も苦笑いすらできない。

「如何やら育て方を間違えたようじゃのう、鷗外殿」

鋭い視線を森に向けて紅葉は云った。

「うーん、中也君…悪いのだけど太宰君を起こしに行ってくれるかい?多分執務室に居ると思うから……」

「直ぐ行ってきます!!!!」

太宰に会った直後に当人を殺めてしまうのではないかと思う程の気迫と怒りを背負い乍ら、中也は席から立ち上がり、バタバタと荒い足音を響かせて会議室から出て行った。

余韻が室内に響き、やがて静寂せいじゃくが訪れる。

少しの沈黙の後、紅葉は瞼を閉じ、

「育て方を間違ったのう、鷗外殿」

と、口元に袖を寄せ乍ら云った。

其の言葉に森は視線をらし乍ら苦笑した。

















































































***

あれから少しソファの上に横になった後、右目を包帯で隠し、私は執務室から出た。

何処に向かっているかも判らない儘、私はポートマフィア本部の廊下を歩く。

そして何度も考えた。

中也を生かす方法を。

「───・・・」

あの戦場で中也は死んだ。そもそも異能を増幅する異能を持つ少年──彼と中也が相対峙あいたいじしたのが原因だ。ならばあの少年が特異点を発生させた理由は?中也と対峙しなければあの手段は使わなかった?けれど何方どちらにしろ彼ら五名は異能特務課から捕縛対象にあてられていた。たとえ中也意外の人間でも、我々が追い詰めた時に特異点を発生させられる可能性が高い。となると彼は元々死ぬ覚悟だったのか?否、そうならないように他の四人が彼を守る筈だ。異能増幅の異能者が消えれば四人の異能は増幅されない。安易に捕まってしまう。だからこそ守る。それが一番の最適解な筈だ。だが何故、一人しか彼の側に居なかった?資料によれば異能増幅の青年が四人をまとめているとあった。ならば彼が此の選択をとったのだろうか?どの道を辿っても、行き着くのが「死」な選択を?彼は何が目的で特異点を──そして中也を殺した?

「……だめだ」

私は唇から言葉をこぼして、立ち止まる。

上手く整理ができない。

可能性と否定が脳内で繰り広げられる。そんな当たり前な事に脳が追いつけていない。

こんな事は今まで一度もなかった。

否、きっとあの記憶ゆめの所為だろう。

情報量の多さに、私が寝る前まで何をしていたのかさえも上手く思い出せない。

すっきりしない空間だ。

気持ちが悪い。

それ以上にれいの「若しもの世界」の記憶が鮮明過ぎて、今此の世界──私の現実が夢なのかと感じてしまう。

其の思想に安堵し嬉しさを感じ乍ら、孤独と恐怖を感じた。

「……中也…」

ボソッと、何処かで物音がなっただけで掻き消されてしまいそうな程、小さな声で私は中也の名を呼んだ。

──彼の姿を思い出す。

心臓が鳴り出した。

──彼の声を思い出す。

顔が熱くなった。

──彼の体温を思い出す。

じわりと体の芯が熱を灯した。

──彼の笑顔を思い出す。

鼓動に対してうるさく感じた。

「っ…ちゅ、や……」

何かが込み上げてくる。

酷い悲しみと絶望に視界をおおわれ、全ての物の輪郭りんかくがぼやけて、見えなくなって行った。

虚しい。

悲しい。

寂しい。

ねぇ、中也……私を好きになってよ。

なんて云ったら────君は気味悪がるかなぁ。

口元にだけ笑みを浮かべる。

何もかもを放り投げて死にたくなった。

けれど死なない。

たとえ彼が私を愛していなくても。私はもう彼を嫌いになれない。

此の感情を無くせない。

だから。

だから。

だから。

「───・・・」

床に視線を落とす。

少し汚れた靴が視界に入った。

そしてボソッと、

「死にたいなぁ……」

そう呟いた。

刹那、廊下の奥から足音が聞こえてくる。

それは何かに焦るように、そして怒りを廊下の床にぶつけ乍ら足音は近付いてきた。

次に聞こえてきたのは──予想外の声だった。






「オイ太宰!!」






赭色あかいろの髪が視界に入る。

鼓動が一気に跳ね上がった。

「手前!朝イチに俺の事起こした癖に遅刻してンじゃねェッ!!」

そう怒鳴り乍ら、中也は私に近付く。

「っ!」

顔が近くなるだけで心臓が煩くなった。

全身が熱を帯びる。

「ン?何だ手前、顔赤いぞ?」

そう云って、中也は私の方へと手を伸ばす。

私に触ろうとしている。

其の事を直ぐに理解した。

──触れて欲しい。

そんな思考が脳に舞い踊る。

「……ッ///」

ダメだ。

此処で止まったらダメだ。






──バシッ!!






反射的な疾さで、近付いてくる中也の手を私は振り払った。

「…ッ、ぁ………」

一瞬の絶望が全身を駆け巡る。

中也は目を見開いていた。

歯を食い縛り、込み上げる感情を押し殺す。

「……触らないでよ」





















「気持ち悪い」





















私の言葉を最後に少しの沈黙が広がる。

そして数秒後、中也は不機嫌そうに眉をしかめた。

「そうだな、手前に触ろうとした俺が如何かしてたわ……」

吐き捨てるようにそう云った。

苛立ちを視線に込め乍ら、中也が私を鋭く睨む。

「………」

あぁ、胸が酷く苦しい。

こんな思いをするくらいなら、あんな記憶ゆめみなきゃあ良かったな……。

いっそ此の感情が消えてしまえば…。

否、それは事実を受け入れないだけだ。

今こうして目の前に立つ中也は、一生私を好きになってくれない。

だって“あの世界”の中也とは別人なのだから。

でも、少し贅沢ぜいたくを言ってしまえば、君も私と同じように恋情を抱いて欲しい。

好きと云ってほしい。

愛して欲しい。

笑顔を向けて欲しい。

私の此の感情を伝えて、若し───中也も私を好きであってくれたなら。

どれ程幸せなのだろうか……。




































私は君を──────嫌いになれない。









































































***

夢現ゆめうつつで私は夜の街を歩いていた。

透明な板硝子ガラスを何枚も重ね、細かな光を吸い取ったような深い色合いの霧が足元を泳ぐ。

何かを確かめるかのように、私は酒場のドアをくぐった。





















鈍いドアベルが鳴る。

扉が瑠璃色るりいろの霧を遮り、今度は紫煙しえんが私をいざなうように躰にまとわりついてきた。

階段を降りる。

「──!、太宰」

落ち着くような其の声が私の耳に響く。

何度も聞いた。

忘れる事のない声だ。

「珍しく遅かったですね、太宰君」

二人の声に私は視線を移す。

疑問符を顔に浮かべ乍ら──安吾と織田作は私の方を向いていた。

何かが込み上げてくる。

悲感と云う名の濃霧のうむが私の中にある何かを埋め隠した。

然し其の奥に現れた、失った筈の感情が木洩れ日のような光を放つ。

気が付いたら────自然と躰が動いていた。





織田作と安吾を抱きしめる。

声を絞り出すようにして、私は云った。

「────ありがとう……ご免ね…」

もう二度と離さないと云わんばかりの強さで、私は二人を抱きしめる。

「…えぇ、と……太宰君?何かあったんですか?」

「此処まで甘えてくるのは珍しいな…」

「ですね」

そんな会話をし乍ら、織田作と安吾は優しく私の頭を撫でた。

「別に…甘えている訳じゃあないよ……」

少しだけ唇を尖らせて私は云う。

けれど撫でられる度に感じる柔らかな体温に、私は静かに口元をほころばせた。

「………何か飲むか、太宰?」

「そうした方が佳さそうです。太宰君、椅子に移動してもらっても?」

安吾と織田作の言葉に、私は床に視線を落とし乍ら移動する。

両腕に顔をうずめて黙する私に、二人は私の頭を撫で、一杯の洋酒を頼んだ。

暫くして琥珀色の酒が入った洋盃コップが視界に入る。

私はそれを一度に飲んだ。

酔いが一気に回り、ぐらっと少しの目眩がする。

けれど、何かに安心した。

私は織田作と安吾の方を向いて、笑顔を作る。

「先刻は済まないね、ちょっと疲れがたまっててさ」

へらっとした笑みで私は嘘をいた。

其れに織田作は、全てを見透かすような何処か鋭い眼差しで私を見る。安吾は眉をひそめ、少し歪んだ顔で私を見ていた。

「────何か、あったのか?」

織田作が私に問いかける。

唇が、微かに動いた。

咽喉のど元で其の言葉がつっかえるようにして止まる。

ぴくりと笑顔が引きるのを抑え、もう一度笑顔を作った。

「大丈夫だよ、何もない」

そう云って酒を飲む私に安吾は耳だけ傾け、織田作はそうか、と口を叩いた。

「嗚呼。だから此れ以上は聞かないでくれ給え」

私の其の言葉に、二人は目を丸くする。そして少し経って目を細めると、優しく微笑み乍ら二人は云った。

「そうか、なら此れ以上は聞く必要はないな」

「そうですね」





















それから私達は、他愛もない話をしていた。

仕事の話。

咖喱カレーの新作が美味しかった話。

睡眠不足の話。

包帯のバーゲンがあった話。

子供達が遊園地に遊びに行きたいとの話。

そんな会話を続けて行く内に、感じていた筈の緊張と焦り、不安が和らいでいく。

きっと、此処だからだろう。

そして気が付いたら────






──私は深い眠りについていた。




























































***

「それにしても、こんな風に追い詰められた状態の太宰君は初めて見ますよ」

片手に洋盃を持ち、眠る太宰を眺め乍ら安吾はそう口にした。

其の言葉に私も太宰の方に視線を移す。

先刻起きた事を思い出した。

──大丈夫だよ。

あの言葉と表情が引っかかる。

長くこうして飲み交わしてきたのだから判るのだ。

アレが嘘だと。

「………安吾」

私は静かに安吾の名を呼んだ。

其の声色で理解したのか、安吾は真剣な表情で 「えぇ」と云った。

「アレは嘘でしょう。そして態々ワザワザ“聞かないでくれ”と我々に云った。何かを隠しているんでしょうね」

記憶を見ているように、安吾は空中に視線を漂わせている。

そして私の方へ視線を移した。

「どうしますか、織田作さん?」

安吾の其の問いに私は暫く考えた。

一呼吸した後、私は口を開く。

「太宰が“聞かないでくれ”と云ったんだ。聞く必要はないだろう」

「貴方ならそう云うと思いましたよ」

態と聞いた──否、確かめたのか…。

私は小さく息を吐いて、静かに口元を緩ませた。

「其れにしても、こうしてみると只の子供みたいですね」

微笑し乍ら安吾が云う。

其の通りに、太宰は年相応の表情で小さく寝息を立てて眠っていた。

「嗚呼、此奴は只の子供だ。俺達が守らねばならない存在だ」

私の言葉に安吾は目を見開き、そして口元をほころばせる。

「そうですね」

静かに安吾は云った。

私は太宰に視線を移す。

そう────此奴は、頭がキレるだけの只の子供だ。





















──太宰は夢を見ていた。


もう二度と感じる事はない幸福感と恋情に浸れる夢を。



──太宰は夢を見ていた。


もう二度と感じる事はない愛を恋人から受け取る夢を。
















太宰は────夢を見ていた。







































































***

シャワーから出た中也は、湿った髪を首周りに掛けたタオルで拭き乍ら、寝台ベッドの上に寝転ぶ太宰に近付いた。

太宰は本を読み乍ら、足をバタバタと機嫌良さげに動かしている。

如何せ何時も読んでる悪趣味な本だろ──そんな事を思い乍ら、中也は寝台の上に座った。

刹那、太宰が中也に声を掛けてきた。

「ねぇ中也、“ヤマアラシのジレンマ”って知ってるかい?」

其の問いに中也は視線を移すと、太宰が笑みを浮かべ乍ら中也の方を向いている。

「何だ、ソレ?」

「ドイツの哲学者の童話でね、寒空にいる2匹のヤマアラシがお互いに身を寄せ合って暖め合いたいが、針が刺さるので近づけないという状態の事を云うんだ」

説明し乍ら、太宰は躰を起こした。

読んでいた本を閉じて枕元に置き、中也の隣に太宰が座る。

「へぇ…?」

興味がない故に、中也はそっけない返事をして再び髪を拭き始めた。

「少なくとも────僕達は今、其の関係に近いと思う」

其の言葉に中也の動きがピタリと止まった。

そして目を見開き乍ら、太宰の方へと視線を移す。

「寒いから近付きたい。恋しいから近付きたい。でも触れたら相手も自分も痛みを感じてしまう」

太宰は中也の方へ手を伸ばした。 然し触れる寸前で手を止める。

「だから離れる。けれどソレが返って寒さと辛さを齎すんだ。触れたくても触れたくても、ソレをしたら相手が傷付く」

行き場を失った手は太宰のももの上へと戻り、太宰は中也に触れる事はなかった。

太宰は笑顔を作る。

こぼれ出る程の悲しみを隠し、ヒビ割れた仮面を付けたのだ。

「本当に──辛いものだよね」

何かが中也の中で渦巻いた。

そして太宰は仮面を付け乍ら、微かに掠れた声で云うのだった。
















「世間では、僕達のこんな関係を何と呼ぶのだろう?」
















沈黙が降り掛かる。

中也は少しも動けなかった。

すると太宰は再びニコッと笑顔を作って、

「……なんてね、冗談だよ」

と云った。

其れに中也は呆然とする。

太宰も中也も────只の子供だ。

其々の“     ”に縋り付く。只の子供。

二人は互いに其の事を理解していた。

だからこそ、ああ云った太宰に中也は驚いた。

答えるまでもない事だと思っていた。

とっくに太宰は知っていると、中也は思っていた。

だが、太宰は聞いたのだ。

其の真実に中也は驚き、呆れ、そして悩む。

奥からじんわりと湧き上がるのは恋情だった。

中也は────これ程に愚かな人間を見た事がない。

然しソレは矢張り、自分もそうだった。

「……莫迦バカか手前…?」

中也は少し呆れた視線を向けて、太宰に近付く。

ふに、とした柔らかな感触が、太宰の唇に伝わった。

──パキッ

仮面が割れる。

色彩が太宰の躰をまとった。

「世間じゃコレを恋人関係っつーンだよ。ていうか手前が云ってただろ」

太宰の瞳に、光を帯びた何かが映り込む。





















『ねぇ中也。僕と付き合ってよ』

執務室。

しかめっ面をし乍らパソコンと顔を合わせる中也に僕は云った。

『──────は…?』

中也の動きがピタッと止まる。

口を開け、驚いた顔で中也は僕の方を向いた。

莫迦みたいな間抜けな顔。思わず吹き出しそうになる。

口元を緩ませ、愛おしさを感じ乍ら僕は中也の頰に触れた。

優しく接吻キスをする。

ゆっくりと唇を離した。

中也は相変わらず顔に疑問符を浮かべている。

そんな中也かれに、僕は云った。

『僕の恋人になって、君の全部を僕に頂戴。そうしたら──』










『世界で一番、幸せにしてあげる』











中也はキョトンっと目を丸くする。

そして、笑った。

『──ふはっ…!何だよ其の告白』

嬉しそうに、幸せそうに中也は笑う。

其の事への喜びに、僕もふふっと笑った。

『ンじゃあ俺も、世界一の幸せ俺自身を手前にくれてやる…!』




















「………そうだったね」

太宰はポツリと言葉を溢す。

其の表情は、安堵と幸せが混じっていた。

「うん……そうだよね…」

小さく呟いた後、太宰は中也に抱きついた。

首の後ろに手を回し、少し体重をかける。

「ぉわっ!?」

急な勢いに中也は太宰と一緒に寝台に倒れ込んだ。

柔らかなシーツが二人を包み込む。

「何すンだよ…」

「ふふっ、別にいいだろう?」

「………」

太宰の幸せそうな笑みに、中也は息を吐く。

「今日は任務が立て込んでたし、もう寝よ?」

中也を優しく抱きしめて、太宰が云った。

身長差もあり、中也は太宰の胸元に顔をうずめる。

静かな空間が続いた。

暫くして、中也は太宰の背中に手を回し、何処か強く抱きしめる。

──本当に、辛いものだよね。

太宰の言葉が中也の脳に長く木霊していた。

辛くなンかねェ。

寒くなンかねェ。

痛くなンかねェ。

中也は心の中でそう呟く。

太宰の柔らかな心音と体温が、中也の肌に伝わった。

「………」

──あったけェ……。



















































***

温もりが消えていた。

「……っ…………ちゅ…ぅ、……や…」

目を覚ます。

視界がぼやけ、違和感があった。 何かが頬を伝う。

数秒後、コレが涙と云う事に気付き、私は直ぐに瞼を擦った。

「…太宰、起きたか」

織田作の其の声に横に視線を移すと、安吾と織田作が居た。

「ぁれ?私寝てた?」

欠伸あくびをし乍ら私は躰を起こし、背筋を伸ばす。

「二時間いかないかくらいですよ」

「ぅえ……めっちゃ寝たなぁ…」

「まぁ俺達も好いもの(太宰の寝顔)が見れたからな」

「そうですね、とても好いものでした(太宰君の寝顔)」

「えぇ!?何見たって云うんだい!?私にも教えてよ!」

「秘密だ。なぁ安吾」

「はい、秘密です」

「二人して狡い!私を仲間外れにして!イジメだイジメ!!」

「おや?何時もイジメられてるのは僕達な気がするのですが…… 」

「えっ、そんな態度私してた……? 」

「ガチ反応止めてください。迷惑って事です。特に僕はツッコミで喉を痛めます」

「のど飴なら持っているが、要るか?」

「えっ、何で持ってるんですか!?」

「子供達が最近飴にハマっていてな。他にもいちご味やぶどう味の──」

「のど飴頂きます」

「よかったねぇ安吾〜」





















そんな会話をし乍ら、私達は再び酒を飲み交わしていく。

「そうだ。二人に云わないといけない事があった」

私はそう云って、織田作と安吾の方を向く。

「…?」

「何です?」

二人は首を傾げて私を見る。

私は────小さなヒビが入った仮面を付けた。

「暫く、此処に来れそうにない」

沈黙が降り注いだ。

此れまた予想外だったのか、二人して目を丸くしている。

「……出張か何か?」

織田作の問いに、笑みを浮かべる。

顔の皮膚が引き攣ったような少しの感覚がした。

「嗚呼」









































「そんなところだよ」






































































✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼

えー、皆様お久しぶりです。

スイ星です。

さて此処で問題!私は小説の投稿を何日サボったでしょう!?





正解は自分でも分かりません!((

多分二週間は休んでますね!ほんッッッとうにすみません!

いや、まぁ、、ね、ほら?学校始まったしぃ…別に推しを描いてたとかそんなのするわけないからさ!ね!?

溜めた分頑張りましたよ。

今回、一万文字いってるんで、途中で読むの飽きた方もいるかもしれませんね。(自業自得 )

なので此処まで読んでくれた貴方はマジ神!

続きは…………すぐ出すとオモウヨ…タブン……

それでは、次の御噺でお会いしましょう。

ばいばーい!










この作品はいかがでしたか?

1,001

コメント

15

ユーザー

太宰さぁぁぁんっ!辛い...悲しいよぉっ!!泣 織田作と安吾との絡み最高です......太宰さんが辛いこと分かっててでも頼まれたから無理には聞かないみたいな信頼関係がなせる技というか感情というか......中也はでも嫌いって言っておきながらそんなに嫌いじゃないと思うんだよなぁ......嫌いの中に優しさがあるっていうか......

ユーザー

うぐぁぁッッ辛いッッけど良いッッッ もう最初の大嫌いの所で太宰さんが「大嫌い」を「大キライ」って言ってて本心じゃ言えないんだよぁぁぁ!!って叫び出てたよ…!! 太宰さんの夢の中とかもう泣いた…、そうだよねぇ、今はこっちが現実だから中也と付き合ってた世界線の方が夢なんだよねぇぇ…!! 長くても全然飽きなかったしもっと感想言いたいよ…!ゆっくりで大丈夫だよぉぉ!!応援してるねぇぇ! 長文失礼しました!

ユーザー

今回も最高ッ!!! 太宰さんつらいなぁ、無理してる太宰さんに気づいて敬ってあげてる安吾と織田作が素敵✨やっぱり友達だなぁ 中也の心情も気になるし太宰さんがこれから何しようとしてるのかも気になる! 次回も楽しみに待ってるね! 無理しないでね!

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