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こうして、包み一つ抱え、夢龍は旅立った。
南大門を出て、任命書「封書」を開封すべきだが、着任地は、わかっている。今さらとも、思ったが、ふと、京成の甥である、長、とやらの名を知らぬ事に気がついた。
封書には書かれているはずだ。南原府使──、長官、某を捜査せよと。
開封した封書には、思った通り、要件と共に、南原府使、下学徒《ペョン・ガクト》の名が記され、そして、印が二つ仰々しく押されてあった。
威厳あるはずの王の印。しかし、夢龍には、何も感じ得なかった。ため息混じりで、封書を仕舞いかけたその時、
「はあー、坊っちゃん、よりにもよって、学徒様のお世話ですかい」
と、どこか、聞き覚えのある声がした。
夢龍が、振り返ると、屋敷で夢龍付きだった、房子《パンジャ》と呼ばれる、下僕《にいや》が、馬を引き、顔をほころばせていた。
「……兄上か?」
へい、と、パンジャは答える。
暗行御史《アメンオサ》には、僕《しもべ》の同行が許されていた。
ある時は、身繕いの世話をし、ある時は、馬を引く馬丁となり、そして、ある時は、情報収集を行い、身分を隠す主《あるじ》を助ける。
「まあ、事無し。で、終わらせるんでしょうが、それでも、坊っちゃん、一人旅よりは、パンジャがいる方が、楽しゅうございますよ!」
「ははは、そのようだな」
夢龍は、笑った。この男は、何もかも承知で、身の振り方も、わかっている。学徒の名を見て、ピンときたのだろう。
「なあ、パンジャ、お前なら、どうする?」
「へい、どうもしやしませんよ。面倒には、巻き込まれたくありませんからね」
言い切る、パンジャに、夢龍はさらに声をあげて笑った。
そうだ。何もしない、それが、今回の使命なのだ。
不本意ではある。しかし、パンジャの言葉に、胸がつかえるような不快感に押し潰されていた夢龍は、あっさりと救われたのだった。
最終試験の題目、梅花、のように、自然に訪れる息吹きに身を任せて置けばよい。
しごく簡単な事であり、また、それは、一番難関な事でもある。
簡単にするか、難関にするかは、つまり、夢龍次第──。
「おー、寒い。レンギョウに、木蓮に、梅まで、花開いているのに、ああ、これが、花冷えですかね」
また、埒も無いことを。
呆れる夢龍に、パンジャは馬に乗るよう勧め、
「今日は、十五日の市が、漢江《かわ》の向こう、チャムシルで、開かれていますよ?少し、旅支度を整えましょう」
と、言った。