注意書き読みましたか?
覚悟はいいか?
覚悟完了した者のみ、進んでください。
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二週間後。
研究所外喫煙所。
近年では喫煙者は減少傾向にはあるが、この組織ではそこそこ多い。それでも研究所は比較的少ない方だ。
知っている人は知っている余裕ある喫煙スポットなので、所員以外の人間がタバコを吸いに来るのは、よくあることだ。
とはいえ、外部の人間が敷地内をチョロチョロするのは、あまりいい気分じゃねぇな。
マオは心の中でそうぼやき、喫煙仲間と共に先客のいる喫煙所に入って行った。
くたびれた青色のスーツに身を包んだ眼鏡の男は、気だるそうにタバコを吹かしていた。
どこかで見たことあるかもしれないが、よくいる顔だし気のせいだろうと思い、マオもまたタバコを取り出す。
「ふぅ。サボりのタバコはうまいッスねぇ、主任」
「大きな声で言うな」
「にしても例のアレ、マジッスか?主任が忠告らしいの受けたって言ってから、何の音沙汰もないッスケド」
「おおかた探りを入れただけだろ?証拠はないからな」
「ッスよね~。上手く隠し通せてるはずッスよ」
「そもそも横流しの件だって、俺たちだけじゃない。所長自身も…」
「所長もッスか?!」
「ああ。お高くとまったツラして、ヤルことはヤッてるぞ、エーミールの奴。何せこないだ幹部棟の窓から見たンだが、男に腰抱かれて部屋に入るエ……ぶべらッ?!!!」
下非た笑顔を浮かべたマオの顔面に、どこからともなく飛んできたサッカーボールが、勢いよくぶつかった。
「シッマ、ナイス~」
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喫煙所の先客が、いつの間にか立ち上がり、上空へ向かってタバコを掲げていた。タバコの先端から出ている煙の量は、タバコとしてのソレではなく、まるで狼煙である。
突然の事態を把握できていないマオの部下は、顔面にサッカーボールを受け倒れた上司と、ゆっくり歩み寄るスーツ姿の男を、交互に見比べた。
「う……」
痛みに顔をしかめながら起き上がろうとするマオの頭を、スーツ姿の男が踏みつける。
「幹部専用棟周辺はな、一般兵士立ち入り禁止やねん」
「偶然で中が見える仕組みには、なってへんのよ」
突然の異常事態にマオの部下は混乱しつつも逃げようという考えに辿り着き、喫煙所のドアに向かおうとした。
が、そこにいたのは
「大先生~。喫煙所周囲、オールクリアやで~」
「おー。ありがとな、シャオちゃん」
シャベル片手にニコニコと笑顔を振り撒いているのは、突撃隊長と名高いシャオロンだった。
そして、そのシャオロンに『大先生』と呼ばれたくたびれた風貌の男こそ、エーミールやシャオロンと同じく組織の幹部、鬱先生と呼ばれる男である。
マオの部下は何とか逃げ道を探そうと、忙しなく周囲を見回した。
だが視界に入ってきたのは、脱出ルートではなく、シャオロンがフルスイングで振り回したシャベルの剣先部分だった。
そして、男は意識を失った。
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マオとその部下は、シャオロンと鬱先生に担がれると、基地地下にある別々の『取調室』へと連れていかれ、連結バンドでパイプ椅子に四肢を拘束された。
「オラ、起きろや」
シャオロンの容赦ない蹴り込みが、マオの金的に炸裂した。
「うぶぅえぇッ!!」
汚い悲鳴と共に、マオが目を開ける。
「起きたみたいやで、大先生。何聞くん?」
「えーと、ちょっと待って…」
簡素なテーブルに置かれたバインダーの紙に目を走らせると、鬱先生は呆れたような長い溜め息を吐いた。
「まずは、A薬の横流しと、B薬の密造。C国、K国との繋がり。幹部棟侵入の件。あとは……っと。
うわぁ…、尋問めっちゃ長引きそう」
「めんどくさいから、殺しちゃう?」
狂気じみた笑顔で、シャオロンがマオを指差す。冗談とも本気ともつかないシャオロンの愉しそうな声に、マオの背筋に悪寒が走った。
「えー?シャオちゃん尋問係すんのぉ?俺、あっち行こかなぁ…」
「あっちはチーノとコネシマや。代わるなら、コネシマと組むことになるで?」
「うっわぁ…。どっちもえげつないやん……」
「なら、さっさと済ましてまおうや。このどクズ、ちゃんとお話、できるやろかなぁ♡」
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「うぇーい。暴力はすべてを解決するー☆」
ボロ雑巾のようになって縛られたマオに、シャオロンが勝利のローキックを入れた。
「えーと、A薬の横流しとB薬の密造は、完全クロ。C、K国は…これ、どーも自称っぽいなぁ。幹部棟侵入は敷地内ギリギリまで。手引きはなし…って、ウチのセキュリティ、どんだけザルやねん」
「セキュリティはお前の仕事やろ、大先生」
「ソーデシタッケ?」
「殺すぞお前。で、残りは何やっけ?」
残りの尋問内容リストを広げようとした鬱先生のインカムが、音を立てて震えた。 幹部仲間からの通信のようだ。鬱先生がインカムの受信スイッチをオンにする。
「…ちょっと待て、シャオロン。……何や、ロボロ…、え?いや、それは…!って、そっちでも少し引き留められん?無理?」
「どしたん?先生」
「……エーミール、こっち来るって」
「げ。何とかならんのか?先生!」
「おい!マオ!早よゲロせいや!!」
鬱とシャオロンはマオの胸ぐらを掴んで振り回したり、頬を叩くなどして、何とか情報を引き出そうとしたが、慌てているためやり口が雑になる。
「もう尋問は必要ありませんよ。鬱先生、シャオロンさん」
「どうもー」
尋問室の扉が音を立てて開かれる。
エーミールとショッピである。
「教授!……と、ショッピ君?」
「うぃーっす。お疲れ様ッス、先輩方」
「何でショッピ君も…?」
「行方不明の捕虜の件、裏が取れました。やはり彼らによる拉致です」
「え?じゃあ、やっぱコイツ、どっかの工作員ってことやん」
「コンタクトは取ろうとしとったけど、残念ながら、コイツ自国民でした」
「何や、ただの売国奴か」
ショッピの報告に、鬱はつまらなそうにそう吐き捨てると、スーツの胸ポケットからタバコを取り出した。
ショッピに代わり、エーミールが報告を続ける。
「行方不明になっていた捕虜ですが…、死体が研究所敷地内で見つかりました」
「!!」
「いやー…、教授と一緒に現場掘り返して確認したんスけどね。さすがにキツかったッスわ」
「写真撮りましたので、後ほど確認してください」
「「いやどす」」
二人の拒否をものともせず、エーミールが更に話を続けた。
「研究所敷地内の喫煙所にある椅子の下から、解剖された痕跡のある肉付きの頭蓋骨が、三体発見されました」
「ゲッ?! 俺、そこでタバコ休憩してもた!キモッ!」
「実験動物の処理場から、首なしの人体も同数分見つかっています」
「あと、マオのラボから、人間の脳が保存されている容器を見つけてます」
「いやや~!グロ案件や~ん」
鬱は、露骨にイヤそうに頭を抱えた。シャオロンも聞きたくないとばかりに耳を塞いでいるが、左耳のインカムから容赦なくエーミールの報告が流れてくる。
「言い逃れできませんよ、マオ君。捕虜の拉致と無断で行った人体実験…。許容し難き行いです」
「許容し難いとは何だ!自白剤の有効性を、お前はわかっていない!無駄なく相手の情報を得られる魔法の薬だぞ!」
「そのための犠牲など、名誉以外の何ものでもない!ましてや、敵国の捕虜ならば、なおさら…ぶごぅッ!」
「黙れよ」
エーミールが目の前に現れたことに、彼と折り合いの悪いマオの怒りに火が着いた。だが、手前勝手なマオのご高説は、シャオロンの顔面への拳の一撃で黙らされた。
「マオ君、貴方は勘違いをしています」
静かに、そして怒りに満ちたエーミールの声。
いつものお説教では聞いたことのない、灼熱の憎悪に満ちたエーミールの怒りが、マオに向けられる。
鬱も、シャオロンも、ショッピも、このエーミールの怒りは見たことがあった。
「ここは、グルッペンの、グルッペンによる、グルッペンのための、独裁組織です。この組織にあるものは、薬品一滴、捕虜であろうが、皆、グルッペンの所有物。我々が勝手にどうこうしていいものなど、何一つない」
「貴方はここの構成員であり、軍の施設で働く研究員だ。つまり、貴方は自分でどう思おうが、彼の駒にすぎない」
「そして、私もね」
淡々とした口調のエーミールではあったが、その拳が強く握られていたことを、彼の三人の同僚は見逃さなかった。
「貴方がどれほど高尚な目的でB薬を作ったとしても、そこにグルッペンの意思がない限りは『反逆』となる。ましてや、政治的切り札になりうる捕虜の虐待行為など、グルッペンの顔に唾を吐きかけたようなもの」
「グルッペンの犬め……」
「……そうですよ。我々は彼に忠誠を誓う、忠実なるグルッペンの犬です。ゆえに、グルッペンに逆らうものは、何人たりとも許さない」
「狂犬ばっかやけどな」
空気を読まずに茶々を入れた鬱に、シャオロンとショッピの小キック連打が襲う。
「ちょ、いたいいたい」
「ちったぁ空気読めや、クソが」
「せっかくええ感じやったんに、このアホ先輩は」
三人のコントを尻目に、エーミールはコホンと小さく咳払いをする。
「以上を踏まえて、貴方とお仲間、首謀者である前所長。グルッペン総統閣下の名の下に、処罰を遂行します」
「なっ!?」
「よかったですね、マオ君。貴方が望んでいた処罰ですよ。喜んだらいかがですか?」
言っている事とは裏腹に、エーミールの目は冬のシベリアのように冷えきっている。
「特大ブーメラン、乙~~~~ww」
絶望に固まり、何も言い返せないマオを、シャオロンが指を指して煽るように笑う。
「はい。大先生、これ」
ショッピがカバンから出したのは、注射器と試薬の入ったアンプルだった。
「ナニコレ…って。ああ、そゆこと?」
「そゆことッス」
「マオ君。前所長と貴方は、グルッペンにとって『無能な働き者』でした。つまり、『意にそぐわぬ余計なもの』なのですよ」
「多少でも彼に認められたかったのなら、無能な怠け者であった方がマシでしたね。私のように」
「では、私はこれで。次はコネシマさんのところへ行きましょう、ショッピ君」
「はーい。先輩方、また後で~」
軽いノリで手を振るショッピを、これまた鬱もシャオロンも軽く手を振り挨拶をする。
報告内容はえげつなかったが、思った以上に荒れた展開にならなかったことに、鬱とシャオロンは安堵した。
「おっつ~」
「おつかれさーん……って、エミさんが無能や言うなら、人類皆チンパンジーやっちゅうの」
「まああの教授も、いろいろ思うとこあるやろうからな」
「で、何しとんのん?大先生」
注射器に試薬を入れ、空気を抜くため注射器を指で弾く鬱を、シャオロンが怪訝な顔で見ていた。
「これ?ミキプルーンの苗」
「ケツしばくよ?^o^」
「すんませんでした。これ、例の『自白剤』ッス」
「!!」
マオの全身から血の気が引く。
『自白剤』の完成度は、彼が一番よく『知っている』からだ。
「ほなマオ君とやら」
「お前が作ってた自白剤、お前自身で試したるわ」
そう言い放つ鬱の目もまた、先ほどのエーミール以上に冷ややかにマオを見下していた。
「せやな~。まだホコリ出そうやもんな、キミw」
シャオロンが、悪魔の笑みで嗤う。
【続く】
コメント
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いつもよりグロい...最高かよ