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「閉鎖って、何?」

私も弥生ちゃんも、私を縛ろうとしていた男子も他のみんなも固まったように動かない。

中等部棟には要が居る。他の中等部の生徒達も、噛まれて怪我をした山内君の彼女や他の人も。

「窓も扉も全部施錠されて開かないんだ。中に気配はあるのに。呼び掛けても反応しない」

駆け込んで報告をした生徒が言う。

もし・・・。

もし、今のこの教室内の状況の様に、午前中の居眠りの有る無しで分裂する様な事が中等部にもあったら?

愛海ちゃんと、剣道部の先輩の様に対立して戦う例があちらにもあったら?

愛海ちゃんに山内君ともう1人の男子生徒が味方した様に、対立する人達に派閥の様な物があったら・・・?

もし、抗争の様な状況が起きて、それが大きく広がってしまったら?

魔物って、何?危ないモノ・・・?

私は、何かを考えるより先に動いていた。中等部棟へ。

要、要大丈夫?

大丈夫ならそれをこの目で確認したい。大丈夫じゃないなら、助けなければ。何もせずにいるなんて出来ない。

クラスメートを押し退けて、私は廊下を走り抜けた。

「待て!」

叫ぶ隣の席の男子。

「沙奈!」

弥生ちゃんも私を呼んで後を追おうとしてくれるが、周りのクラスメート達が止めて来られない。

「ぅおりゃあ!」

哲平君の声と、何かがぶちぶちと千切れる音が聞こえた。後に女子の小さな悲鳴が続く。もしかしたら鈴蘭テープを千切ったのかも知れない。でも、私はそんな事には構わずに走った。

呆気に捉われる他のクラスの生徒達を押し退けながら進む。階段を降り、一階を走る。中庭を突っ切れば中等部棟への廊下に近道だ。

追いかけて来る生徒は見えない。私は息を整えて、中庭に出た。

そこで・・・、

彼女が待伏せていた。

須田愛海が。


中庭の真中辺り、生垣に囲まれた小道の中心、そこまで歩いた時横から声を掛けられた。

「先輩・・・」と。

大きな銀杏の木が立っている。その陰から、声と共に現れた彼女。

「領寺先輩、私会いたかったんです」

愛海ちゃんは、そう言いながら近づいて来た。

私は荒い呼吸で肩を上下させながら愛海ちゃんを見た。いつも通りの可愛い笑顔。さっき保健室であんな風だったとは想像出来ないような。

「沙奈先輩って、呼んでも良いですか?」

私は愛海ちゃんの目を見詰めたまま、身動きが取れなくなった。走って来たのとはまた別の理由で動悸が激しくなる。それが恐怖なのか、何か別の感情なのか、自分の事なのによく分からない。

「沙奈先輩・・・」

愛海ちゃんは目の前に迫っていた。私より少し背が低い。顔が近づく。愛海ちゃんの右手が私の頬に触れる。高揚した私の頬に冷たく気持ちの良い感触。反対側の手も添えられ、両側から包み込む様に私の頬を覆った。

私は動けなかった。ただ愛海ちゃんを見詰める事しか出来ない。蛇に睨まれた蛙なのか、推しに見詰められた一ファンなのか。

「キス、しても良いですか?」

愛海ちゃんの唇が迫る。私の膝から力が抜けた。生垣に半分埋まりながらその場に崩れ落ちる。追いかけて来る愛海ちゃんの唇。見つめ合ったまま、人目を避ける様に低い位置で、愛海ちゃんの呼吸が掛かる。興奮が伝わる。

私は動けない。逃げられない。

唇が触れ合う、その寸前、何かが私と愛海ちゃんを引き離した。愛海ちゃんの肩を力任せに引っ張る2本の腕が見える。

「何してやがる!このヤロー!」

哲平君だった。さっき迄教室で捕まっていたはずの。

哲平君は、私を背後に庇う様に立ち、引き剥がした愛海ちゃんと対峙する様に向き合う。そして、愛海ちゃんが威嚇、だろうか、口を開き声を発した瞬間、その瞬間に・・・。

愛海ちゃんを殴った。グーで。顔を。思いっ切り体重を乗せて。

吹っ飛ぶ愛海ちゃんの体。口元からは赤い血と何かがキラキラと飛び散る。地面に落ちたそれを見ると、白い。

歯。

愛海ちゃんを見ると、前歯が無くなっている。

「て、哲平君。は、歯が・・・」

言いながら哲平君の顔を見て、私は驚く。表情が、いや形相が、険しく、怒りを通り越して激怒の粧いだ。唸る様な声を出したと思うと、シャーーーっと威嚇の声を発する。まるで、保健室の時の愛海ちゃんの様に。

「・・・哲平君・・・?」

その時、愛海ちゃんの向こう側の生垣がガサガサと動いて、山内君ともう1人の男子生徒が姿を現す。2人は、ノックダウンされていた愛菜ちゃんを助け起こすと、コチラに顔を向けて、更に哲平君と私の背後に視線を移す。

瞬間、私の左手が勝手に動く。背後に向かって停止の指示を出す様に。

何これ・・・。

首を捻って背後を振り返ると、コチラを睨む影があった。保健室の桐谷先生だった。

桐谷先生は、山内君と睨み合う。そして、山内君ともう1人の男子生徒が愛海ちゃんを担いで去って行くと、桐谷先生も居なくなった。

後に残された私は、恐る恐る哲平君の袖を軽く掴んで呼んだ。

「哲平君・・・」

哲平君は全身に力を入れたまま、私を振り返って腕を掴んだ。

「行こう」

短くそう言って、私を引っ張って進んで行く。

「何処に行くの?」

私は聞いた。遠くの方から大勢の足音が近付いて来るのが聞こえる。クラスメート達が追いかけて来ているのかも知れない。

哲平君に連れられて、私達は身を隠す様に移動し始めた。

春風と共に来る平穏の終わり

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