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少女は村を救った恩人として、 村人たちから感謝されたが、 仕事があるから、と祝いの席を断った。 だが、夜遅かったので、 千春の家に泊まることとなった。
「 なぁ君、 今までも俺にやったみたいに、 死呪人? ってやつを殺してきたのか? 」
「 ええ 」
「 なんでそんなことを? 」
「 仕事だから 」
「 ええ‥ 」
淡々とした返事に、 聞いているこちらが悪 いことをしているような気がしてくる。
「 あなた、本当に何も知らないのね?」
「 ああ‥‥ 死呪人ってなんなんだ? 」
「 死呪人っていうのは、 一度死んだ人間が蘇り、 その死因以外では死ななくなった者のことよ 」
「 てことは俺は、君に殺される前 に、 一度死んでるってことか? 」
「 そうね‥‥ でも、 普通は死呪人になったら自分が死呪人ってことを、 本能で理解するの‥‥ 何も知らないあなたは、 何か他の死呪人とは違う 」
「 へぇ‥ でも、 なんで殺す必要があるんだ? 死んだ人が蘇るのは悪いことじゃないだろ? というか、 俺が蘇らずにそのまま死んだらどうするつもりだったんだ? 」
それは‥ と少女が続けようとすると、 突然大きな音が響く。 バキバキという木が折れるような音だ。 なんだろうと外に出てみると、 村が、 めちゃくちゃになっていた。 家屋は崩れ、地面は割れ、さらには、 村の住民と思わしき死体が、 何体も転がっていた。 まるで何かに潰されたように、 ぐちゃぐちゃだった。 死体を踏みながら歩いてきたのは、 死んだはずの地主の男だった。
「 すばらしい‥‥ すばらしい‥‥ 」
そう呟きながらこちらへ歩いてくる。 千春の横から、少女が既に小刀を抜いて 駆けていく。 が、地主の男がちらりとこちらを見て、 人差し指を地面に向けると、少女と千春は 地べたに叩きつけられるようにうつ伏せに なった。それを見た地主の男は、 少女に向かって高圧的に言葉を浴びせる。
「 すばらしい! これが‥ これが “圧死《あっし》” の力! これなら、 私に逆らうゴミどもが沢山いるこの村の奴らも、 私に恥をかかせただけでなく、 その命を奪ったお前も! 残酷に! 無様に! 殺せる! 」
地主の男は、何かに取り憑かれたかのよう に高笑いする。 千春は、なぜ体が全く動かないのか わから ない。なんとか動こうとするも、 まるで体全体に巨大な重りが乗せられて いるかのように、動けないのだ。 少女も同じようだった。
「 最悪ね‥ 」少女がそう呟くのが聞こえ
た。
「 ほう? 何が最悪なんだ? 言ってみろ 」
「 あなたごときに、 押さえつけられている自分が、 よ‥ 油断したわ 」
「 なんだと? そうか‥ 苦しませて殺そうと思ったが‥ 気が変わった‥ 今すぐ、 死ね! ガキ! 」
そう言ってすぐ、千春たちを押さえつける 力はさらに強くなり、地主の男は剣を振り 下ろし、少女に突き刺す。 少女から血が噴水のように吹き出る。 千春は、やめろ! と叫んだが、 地主の男は聞く耳を持たない。 男はそれを見て先程より高らかに笑う。 しかし、血が吹き出す少女の周りで、 何かがうごめいた。赤黒く、 ドロドロとしたとろみのあるなにか。
血だ。
うごめく血は、少女の周りを纏うように 流れ、血が付着した木の端材や、 小石など、様々なものが宙に浮き、 地主の男の方に凄まじい勢いでそれらすべ てがぶつかる。 まともにくらった地主の男は、 その重さでたちまち動けなくなった。
「 くっ‥ くそっ、 お前も死呪人か! だが、 圧死以外で俺は死なないぞ! 残念だったな! 」
「 安心して、 あなたの建物を壊したりできる程度の能力と違って、 私は便利な能力でね? その心配はないわ‥ というか、 あなたが言うように、 それは私も同じ。 私も、 私の死因以外では死なないわ 」
そう言って、血の付着した小刀で、 地主の男の喉元を刺した。 男は、ほどなくして、 再び死んでしまった。
あのあと、地主の男の死体は、 少女が処理 をし、死んでしまっていた村人は、地震に よる事故で瓦礫に潰されて死んでしまっ た、というかなり苦しい言い訳で乗り切っ た。 千春は、真実を知っている身として、 とてもではないが混乱を抑えられなかった。 少女は次の仕事があるから、と 次の日の朝早くから村を出ようとしていた。 千春は、それを見送るため、少女について いく。 道すがら、千春は少女に尋ねる。
「 あの男は、 最初に死んだあとすぐ死呪人ってやつになったってことなのか? 」
「 ええ、かなり驚いたわ‥‥ 幸い、 蘇ったばかりで良かった 」
「 つまり、 ああいう奴が人を殺したりしないように防ぐのが、 君の仕事ってことか? 」
「 ええ。 死呪人は誰が次になるかわからない、 だから、 なるべく早く、 邪悪な意思を持って人を傷つける死呪人を殺さなきゃいけない‥‥ だからもう、 行かないと。 本当はあなたも殺さないといけないけど、 危険性はなさそうだし 」
それを聞いて、千春は、 まだ聞きたいこと、言いたいことが あったのに、と思い、せめてもう少し聞か なければ、なにかいい質問はないか、 立ち止まってそう考えていたら、 歩き続ける少女はもうずいぶん千春と 距離が 開いてしまっていた。
慌てて千春は、なぜかこう質問した。
「 な、 名前! 名前は? 君の! 」
少し驚いたように少女が振り向いて、 答えた。
「 カグヤ。“竹取 輝夜”。」
「 なぁ、 輝夜ちゃん! 俺も、 連れてってくれないか! 」
「 へ? 」
千春は、はっとした。何を言っているんだ 自分は。
だが、一度言い出したら、 止まらなかっ た。
「 俺、 知りたいんだ! 自分がなんで死んだのか! なんでそれを知らないのか! それから、 俺はなるべく、 君に人を殺してほしくない! 」
「 なんで? わざわざ知らなくても、 村で平和に暮らせばいいじゃない、あと私が殺してるのは、 人じゃなくて死呪人よ? それに、 私も死呪人だし‥ 」
「 そうだとしても! 君はあの男みたいに悪いやつじゃないし、 なにより、 村を助けてくれた! だから、 人じゃないとしても、 そんな君にこれ以上、 手を汚させたくないんだ! 」
「 私は今まで、 たくさん手を汚してきた‥‥ あなたのことも一度殺してるのよ? 」
一瞬言葉に詰まる。たしかにそうだ。 だがそれでも、千春は続ける。
「 なら、 なおさら俺を連れて行ってくれ! 俺にとって、 あの村は命より大切なんだ! 村は大丈夫でも、 今回みたいにまた別の場所で犠牲者が出るかもしれない。 そう考えたら、 じっとしてなんていられない! 殺したお詫びってことで、頼む! 」
本心だった。輝夜は千春に背を向けたま ま、短く、強くこう告げた。
「 命がけよ? いくら死呪人とはいえ、 普通に生きるより、 何十倍も過酷な道になる‥‥ それでもいいの? 」
そう言う輝夜の黒い目は、 鋭く突き刺すように千春を見ていた。 いたって真面目だ。だが、もう、 千春の答えは決まっている。
「 それでも俺は、 知りたい! 助けたい!」
それを聞いて、 少し考え込む様子をしたあと、 輝夜は言った。
「 私の上司に会わせてあげる、 話はそれからよ 」
その言葉に、千春は元気よく「 ああ! 」 と返した。
浦島千春の、冒険の始まりだった。