朝の臭いがした。俺達の朝の臭いは、むせかえるタバコの臭いだ
奏斗「⋯兄さん。朝だよ、」
兄「⋯起きてるよ~。行こうか」
今日は母親が起きているようだ。母親は朝は機嫌が良い、だからそこまで警戒する事はないが
タバコとゴミの臭いにはまだ慣れない。すぐに吐きそうになってしまう
奏斗「母さん。おはよう。」
母「あぁえっと⋯奏斗と海斗おはよう。朝ごはん無いからこれで買ってきて」
母「母さんもう行くから」
母から1000円を受け取った。俺達はすぐさま制服に着替え
自分たちの部屋に戻った。
奏斗「⋯母さん俺達の名前忘れかけてたね」
兄「仕方ないよ。母さんは疲れてるんだ、それによく分からない薬も大量に飲んでいるし」
母さんは夜になるとヒステリックになって、朝まで薬を飲みながら叫んだり、吐いたりで
よく父さんに殴られてる。
奏斗「兄さんは学校楽しい?」
兄「楽しいぞ。あそこが唯一の居場所だなって思うよ」
兄はニコリと笑っていた。嗚呼、羨ましいなぁ。どうやってそんなふうに笑えるんだ
俺には家にも学校にも居場所は無いのは、そんなふうに笑えないからかな。
兄「かな、奏斗⋯?ど、どうした?!」
いつの間にか泣いてしまっていた。膝に大粒の涙がポタポタと落ちてきた。
兄「奏斗ぉどうしたぁ!」
母「何!うるさい!⋯何泣いてんの⋯もぉお母さんを困らせないでよね!」
母がいきなりドアを蹴破る勢いで入ってきた。多分仕事の時間が、近ずいてきたからだろう
八つ当たりにはもう慣れたから大丈夫
母「もう朝から辞めてよね⋯お母さん行ってくるから!」
母「あああああああああああああああああああああ」
うるさいのはどっちだよ⋯はぁ
兄「ごめんな。俺先学校行ってくるから⋯」
奏斗「⋯うん⋯行ってらっしゃい」
行かないで欲しいなんて言ったら、困らしちゃうな。寒くて辛くて泣く夜はもう嫌なんて
兄さんも同じなのに⋯俺だけじゃないから。助けてなんて言えないよ
クラスメイト「⋯」
教室に入るとクラスメイト達の会話が止まりこちらを凝視してくる。
俺は下を向きながら、自分の席に足を運ぶ。
奏斗「⋯あ」
席には大きな花の花瓶が置いてあった。少ししてから、クラスメイト達の笑い声が聞こえてきた
クラスメイト「あははははは!あははは、」
クラスメイト「わははははは」
大きな笑い声が教室を包んだ。俺はただただ。
奏斗「⋯はは」
苦笑いをするしか無い。嗚呼、なんて見苦しい、かっこ悪い
気持ち悪いウザイ面白くない。何が面白いのねぇ。
兄さんは学校楽しいって言ってた。何処が楽しいの?教えてよ
ぐるぐる回る頭の中で泣き声、怒鳴り声、笑い声が混ざっていく
ガラガラ
先生「おーお前らなに笑ってんだー?」
クラスメイト「おっ先生!佐藤がさ!あははははは」
先生「佐藤?おぉ佐藤なにしてんだ。その花瓶なんだ?授業始まるから直せよ〜」
奏斗「はい⋯」
クラスメイト「あははははは!」
先生はあっち側か。
誰にこの苦痛を言えばいいの。家ではヒステリックな母と暴力的な父
唯一味方だと思っていた兄は居場所がちゃんとある。警察官になりたいなんて立派な夢、俺には無いんだよ
学校は何しても無視されるし、笑われるし。どうすればいいの?
花瓶を手に取る。俺以外みんな死ねば苦しくないかな
そうだよ。みんな死ねばいいんだ!痛い思いも怖い思いも辛い思いもしなくて済む
花瓶を振り上げ⋯ようとした。⋯俺は花瓶を抱き抱え走って教室を出た。
出来なかった。染み付いて離れないあの笑顔が怖くて
拳が自分の体に振り上げられるのが辛くて、理不尽に怒鳴られるのが痛くて
こんなに最低な生活をしているのに、止まることなく明日が来るのが苦しい
死にたいけど死ねない。死にたいけど死にたくない。
でも、何もしなければまた明日はやってきてしまう。でも何も出来ない
俺はどうしたらこの苦しい苦い生活から逃げ出せるの?
クタクタになって家の扉を開けた。玄関はゴミ袋が散乱していて、踏み場がない。
と、その時、何かが飛んできた。父親が帰ってきているのだろうか
よく見ると飛んできたものは酒だった。今日は機嫌が悪いな
奏斗「ただいま⋯。」
父「おぉ奏斗か。いい所に酒買ってこい」
奏斗「だから⋯未成年だから買えないよ」
父「あぁん?口答えすんな!⋯まぁいいあのヒステリックに頼むわ」
父「はぁ⋯」
早く部屋に帰りたい、でも帰ると理不尽に殴られるかもだし
父「ちっ」
ボコと。鈍い音が響いた
奏斗「うっおえ⋯なんで」
父「出来損ない風情が俺を見てんじゃねぇよカス。」
腹が痛い。服で隠れる部分⋯特に腹はよく殴られる。
父「顔じゃないだけ有難く思え。俺に似ていい顔立ちがぐちゃぐちゃになるのは嫌だろ?」
奏斗「ごめんなさい⋯部屋戻ります」
トボトボと部屋に帰る。やっと帰ってこれた⋯服を捲ると、痣や傷跡が多数見えた
奏斗「はぁ⋯腹はやめて欲しいけど⋯」
でも我慢すればこれを我慢すれば。大人になればここを出ていって新しい人生を⋯!
⋯大人ってなんだろう。暴力をしてくるのが大人?味方してくれないのが大人?
理不尽なのが大人?誰かが作ったレールを走るのが大人?
大人になるのが急に怖くなってきた。こういう事を考えるのはやめよう
頬をペシペシと叩いて、勉強道具を広げた。
下が騒がしくなってるのが聞こえた、兄が帰ってきたのだろう。
今頃父に何か言われているだろう、助けたいが返り討ちに会うだろう。
兄「ただいまぁー」
奏斗「大丈夫だった⋯?父さん居たでしょ」
兄「え?別に大丈夫だぞ?父さんは今日は機嫌がよかったぞ」
奏斗「そ、そうならいいけど」
あれ。父さん機嫌悪かったと思うけど⋯。
モヤモヤとする心の中、どうして兄だけ?俺は殴られたのに⋯
奏斗「⋯俺もう寝る」
勉強道具を片付けてベットに潜り込んだ。
兄は母と父の遺伝子のおかげで容姿端麗で勉強もスポーツもできる。
友達もいっぱい居て、学校では楽しい生活を送っているそうだ。
俺は中学生だから高校生の兄とは学校は違うけど、毎日学校であったことを話している。
兄はキラキラしたような理想を、描いたような学校生活を送っていると毎日話を聞いて思う
一方俺は、いじめを受けている弱虫。
毎日、嘘で塗り固められた夢語りの学校生活を兄を話して自分でダメージを受けている。
同じ環境なのに、どうしてこんなにも違うの?
父「お前は!!」
母「お願い辞めて⋯」
父「やめてくださいだろ!!!」
あぁうるさい。うるさいうるさい
兄「大丈夫?!」
奏斗「⋯」
タバコ臭いのは嫌い。酒の空き缶が嫌い。イカ臭いのも嫌い
ゴミは嫌い、虫も嫌い。弱虫は嫌い。
父「なんだよその顔。なぁ!奏斗!」
こちらに向かってくる。黒いモヤモヤ
なんかもうどうでも良くなってきたよ。全部さ。
最初から、こんな風だったら良かったのに。最初からこんな生活だったら、気づかなかったのに
昔に愛してくれたせいで比べちゃって希望抱いちゃって。頑張ってきたのに
こんな親でも愛してくれていた時期があったんだよ。幸せで楽しい生活
家族で笑いあった事があるんだよ。俺達が何したんだよ⋯ただ生まれちゃったから
親の言う通りにして、頑張ってきたんだよ。
奏斗「もうやだ⋯」
全部我慢してきたよ。俺は、プツンと切れた糸と共に台所に走った
水道が止まって洗えなく、汚く汚れた包丁を手に取った。
父「おい。⋯おい何してんだ。なぁ、ちょっと待て」
母「か、奏斗!それ置いて!」
兄「奏斗⋯ダメだ!」
もう何も聞こえないや。包丁を片手に持ち、父の腹に向かって一直線に走った
父「やめろ!来るなぁぁぁ!」
ブスリという音ともに汚い赤い液体が宙を舞う。
父は腹を抑えて縮こまった
父「⋯おま⋯え」
母の悲鳴が聞こえたような気がした。だが、そんな事気にしてる場合じゃない
気が済まない、1回刺しただけで⋯。あんなに強い父がなんだか弱く感じて
少し笑えてくる。俺は包丁を父の背中に何度も何度も刺した
父「ご⋯めんなさい⋯あああ」
惨めにパタリと倒れた父の体は真っ赤に染まっていた。大きな体の父を見下ろした
母は何がを察したのだろうか、玄関の方へ走り出した。だけどゴミ袋で転んでしまった
俺はそのまま母親の胸に突き刺した。何度も何度も、父親と同じように
奏斗「⋯」
兄「奏斗⋯!やめろ⋯⋯奏斗⋯」
奏斗「お兄ちゃん。僕頑張ったんだよ。いっぱい」
兄「⋯そうだな。奏斗自首しよう、罪を償って新しい生活をしよう」
奏斗「どうして?此奴らみたいな奴を殺しても罪になんてならないよ、」
兄「罪は罪だ⋯ちゃんと償えば!」
兄は俺を落ち着かせようと、必死なのだろうか。
奏斗「俺の邪魔するんだ。お兄ちゃんだって喜んでるでしょ殴ってくる奴もういないよ。
叫んでくる奴もう居ないよ」
兄は、下を向いて黙ってしまった。やっぱり兄もしんどかったんだろう
兄「⋯ダメだ。自首しよう。俺も一緒に償うから」
一緒に償う⋯?兄の善人ぶりは本当に嫌気がさす
⋯もういいや。兄もいらない。全部めんどくさい、こんな俺でごめん
俺は血がついた包丁を兄振り下ろした。
兄「⋯!」
兄の右肩に包丁が刺さった。包丁を抜き、今度は腹を目掛けて刺した。
兄「い⋯ぁ」
兄「奏斗⋯ごめんな。」
もう命乞いにしか聞こえないよ。兄さん
奏斗「もうなんにも聞こえないよ」
兄「そっかぁ⋯聞こえなかもしれないけど聞いて欲しい」
兄「俺なお前の笑った顔が好きなんだ。お前って優しく笑うからさ。見てるこっちも暖かくなるんだ
でも、お前は最近、ずっと笑ってくれなくて。泣き顔ばっかりで。俺
何したらいいかわかんなくてさ。⋯わかんなくて」
兄はポロポロと涙を流している。兄が泣いてるところを初めて見た
兄「あっ⋯ごめん。お前の前では泣かないって決めてたんだけどな」
奏斗「兄さん⋯」
兄さんは、床に座り込んでしまった。
奏斗「兄さん!ご、ごめんなさい。おれ、俺…」
兄「大丈夫だ。奏斗。」
兄が俺の頭をポンポンとしてくれた。兄は弱々しい声で囁いた
兄「なぁ⋯お願い事があるんだ。」
兄「あの時のように笑ってくれないか」
俺は精一杯の笑顔を兄に送った。
奏斗「ごめんなさい⋯謝っても許されないけれど⋯」
微笑んで兄は応えた
兄「大丈夫だよ⋯奏斗。できる限りで良いから人を助けてあげてね」
兄「俺は出来ないから⋯さ。今までありがとう。来世でも⋯また」
頭からずり落ちた大きくて暖かい手。微笑みながら冷たくなった兄さん
俺は、事の重大さを理解し始めて、大きな声で泣いてしまった。
自業自得の結果。自分が弱いから、我儘だから。ごめんなさい
ごめんなさい。ゴミだらけのリビングを見回した
血だらけの父と母。暖かい表情のまま冷たくなっている兄。
奏斗「あぁ⋯ああ⋯あ」
声が出ない、地獄とかしたリビングに1人。
視界に母の乱用していた薬が目に入った。
奏斗「⋯」
俺は水も無しに瓶に入った薬の全てを飲んだ
兄「おーい奏斗~起きろ〜。母さんが朝ごはんつってるぞー」
兄に手を引かれリビングへと足を運んだ。頭がクラクラする
母「おはよう。奏斗大丈夫?顔色悪いけど」
父「どーしたぁ?寝不足か〜?遅くまでゲームでもしてたんだろ〜!」
奏斗「違うよ父さんー⋯なんか変な夢見ちゃって」
兄「変な夢?どんなの」
奏斗「⋯うーん忘れちゃった!」
こんな幸せな生活久しぶりのような⋯そんな⋯
地獄とかしたリビングで1人、笑う少年。