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ワンクッション
グルッペンが目覚めると、そこはティピーテントの中だった。
テントの数の都合で、このテントにはグルッペンの他にアジア人とエーミールがいたはずだが、グルッペンの他はイビキをかいて寝ているアジア人がいるだけで、エーミールの姿はない。
夢…なのか?
グルッペンは、昨夜の精霊との交わりを思い出し、困惑しながらそっと毛布の中を確認し、
ほっと安堵のため息を吐いた。
にしても、精霊がエーミールで、生々しい感触で彼とセックスする幻覚を体験してしまい、グルッペンは頭を抱えた。
よりによって、何故エーミールと……。
しかも、なまじ感触がリアルな上に満更でもなかった自分に、グルッペンは苛立った。
それはともかくとして、エーミールがテントに居ないことに、グルッペンは訝しく思った。
テントの外から聞こえる話し声に耳を傾けると、エーミールと部族の初老男性が何か会話をしているようだった。
そっとテントの裾をあげ外の様子を覗き見れば、グルッペンの推測は正しく、会話の主はエーミールと部族の長だった。
会話の内容はよくは聞こえないが、どうやらエーミールが部族の長に取引を持ち掛けているようで、表情から察するに、どうも部族の長はあまり乗り気ではないらしい。エーミールがしきりに交渉の言葉をかけているようだが、部族の長は何度も首を横に振る。
そう言えばアイツは、ビジネスのために来ていたんだっけな。
熱心に交渉に励むエーミールを見ていると、未だ親の庇護下から抜け出せないでいる今の自分が、何とも憐れで滑稽に思えてきた。
取引がなかなか進展を見せない中で、エーミールが動いた。スーツの内ポケットから厚手の封筒を取り出すと、部族の長に見せた。長はひったくるように封筒を受け取り、中身を確認すると、目を剥いて驚いていた。
封筒の中身とエーミールの顔を何度も見比べ、ようやくエーミールの交渉に応じたようで、何度も首を縦に振る。
「キミが帰るまでに、準備はしておく」
「それはよかった。では、頼みましたよ」
部族の長は周囲をキョロキョロと見渡し、誰も居ないことを確認すると、急ぎ足で自分のティピーテントに潜り込んだ。
エーミールは長が去ったのを見届けると、疲れたようなため息をひとつついて、タバコを咥えた。
アイツ…タバコ吸うのか。
夢での出来事はともかく、グルッペンはエーミールの一挙一動に見せられ、ただ呆然とエーミールの姿を見つめていた。
「…覗き見とはシュミが悪いですね、グルッペンさん」
タバコの煙と共に吐き出されたエーミールの言葉に、グルッペンは思わず口から心臓が飛び出そうになった。
「すまない。立ち聞きするつもりは、なかったのだが」
申し訳なさそうに、グルッペンがティピーテントの出入り口から姿を現した。エーミールはグルッペンに構わず、タバコを吸い続けた。
「構いません。ただの買い物です」
「何を買ったんだ?」
「……貴方も吸います?」
エーミールはタバコの箱を取り出し、グルッペンに向かって一本差し出した。
「いや。生憎と、タバコは吸わないんだ」
「そうですか。それは失礼」
エーミールは苦笑浮かべると、タバコをスーツの中に引っ込め、再びタバコをふかし始めた。
「まあ、この国も、だいぶ喫煙者に風当たりが強くなってきましたからねぇ」
「止めようとは思わないのか?」
「タバコも大麻同等の毒物なのに、大麻を合法化しようという頭の悪さが、この国らしくて笑えますね」
「おい」
皮肉混じりにエーミールが笑ってそう言うと、グルッペンが苦い顔を浮かべてエーミールの言葉を制する。
「ああ、すまない。少し言い過ぎたかな?」
「……別に私は国枠主義ではないが、人に聞かれていい話でもないだろう」
「そうですね。だが、元々タバコはこの地域が原産で、ネイティヴの人々には古代から祭祀のための重要な植物です。余所から来た外来種風情が禁止だ何だと騒ぐのは、お門違いだと思いませんか?」
「外来種て」
自国民のほとんどの国民のことを『外来種』呼ばわりをして憚らない目の前の男に、グルッペンは感嘆の思いを抱いた。
「……まあ、嫌煙家の言い分もわからないではないですので、嫌煙を謳う自由はあるでしょう。だが、同時に喫煙の自由もある。違いますか?」
「……エーミールの言いたいことは、わかった。つまりは『自分はタバコを吸いたいから吸っている。文句を言うな』ってことか」
「そういうことです」
苦笑を浮かべそう答えると、エーミールは吸い終わったタバコを携帯灰皿に入れ、大きく伸びをした。
「それにしてももう昼近いというのに、私達以外の参加者が見当たらないな」
グルッペンがそう言うと、エーミールはストレッチで身体を動かしながら、話を続けた。
「さっき長に話を聞いたのですが、二日目は皆ほぼ寝ているものらしいです。どのテントも静かでしょう?」
「確かに」
「今回私達が飲んだペヨーテというサボテンから採集した液体…端的に言ってしまえば、ドラッグの原型ですね。そいつに含まれているフェニチルアミンの効能は、おおよそ12時間から15時間ほど。私達が摂取したのは真夜中ですから、ボチボチ皆、目を覚ます頃でしょう」
「もっとも」
「節制できていれば、の話だろう?」
エーミールが続けようとした言葉尻を、グルッペンが続けた。
「その通りです」
出来のいい生徒を褒めるように、エーミールは拍手をした。
「あの体験をしてしまえば、もっと夢を見ていたいと思うのは、摂理だろうな。ましてや、こんなキャンプに参加するような連中だ。元々はコイツ目当てなんだろう?」
「知らずに参加したのはキミくらいですよ、グルッペン」
エーミールが苦笑を漏らすと、グルッペンもまた苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「そうだな。だが、面白い体験だった。私自身はジャンキーになる気は更々ないが、日常から逃げたい奴らがドラッグに走るのもわかる」
「そしてエーミール。キミは参加者の中で一番最初に目覚めた。ということは、キミが一番節制できていたということかな?」
グルッペンの問いに、エーミールは笑って首を横に振った。
「恐らくは一番節制がきかなかったのが、私です。そして、若干フェニチルアミンに対し、耐性があっただけの話ですよ」
「なるほど」
「真に節制していたのは、貴方です。グルッペン。状況を理解したからこそ、貴方はこっそりと追加の薬を吐いた。違いますか?」
「ははっ。どうもキミの目は誤魔化せないみたいだな、エーミール」
「私は一参加者です。キミがフェニチルアミンをどれだけ摂取しようと、私には関係ない」
「一参加者……ねぇ」
グルッペンは肩をすくめて苦笑を浮かべると、エーミールの前にゆっくりと歩み寄り、口をエーミールの耳に近付けて囁いた。
「その一参加者の真の目的は、ペヨーテの買い付け、かい?」
「……ふふっ」
エーミールは鼻で笑うだけだった。だが、グルッペンが答えにたどり着いていたのが嬉しかったようで、満足そうな笑顔であった。
「どこかの魔導書のせいで、ペヨーテは乱獲されまくり、現在ではレッドリスト入りだ。原住民ですら入手の厳しいペヨーテを、札束で殴ってまで手に入れようとする貴様の真意は何だ?エーミール」
「……んふっ。さすがですね、グルッペン。……連邦警察にでも、通報しますか?」
「そこまでする義務も責任も、私にはないし、その辺はどうでもいい。が、君が何を企んでいるかは、興味はある」
「単純な話ですよ、グルッペン。『私がペヨーテを持っている』。その話だけ界隈を巡ればいい」
「ジャンキー…、いや、売人…いや、組織ごと釣り上げる気か?」
「まあ……、そんなところですかね。ですが、それだけでは、まだ足りない」
「ふむ。まだ僕は浅慮なようだな。しかし、キミとの話は実に面白い」
「私もですよ。この手の話は、あまりおおっぴらにはできませんからね」
「いつかゆっくりと、お互いの持論を語り合いたいところだな」
「ふふっ。いいですね。それでは私はこれで。これからスーと遠駆けする予定でして」
「ははっ。すでにデートの約束まで取り付けてあったのか」
「有り体に言えばそうですね。彼女は実に気高く賢い馬ですよ」
そう言うと、エーミールは片手を挙げてグルッペンに挨拶し、牧場へと歩いて行った。
去り行くエーミールの背中を見ながら、グルッペンは何とはなしにエーミールの腰を目で追った。
あれは本当に、幻覚であり夢だったのか。
どこか腹に黒いものを抱えつつも柔和な人当たりは、初めて話をした時と変わりはない。今回のことで覗くことのできたエーミールの深淵に、グルッペンは己と近しい共感性を感じた。
ルームメイトでないのは残念だったが、エーミールとはこの先も繋がりをつけておく必要がある。それが、自分自身の野望への第一歩だ。
「アレが夢や幻覚だとしても、貴様を逃がすつもりはないぞ、エーミール」
グルッペンは誰に言うでもなくそう呟くと、片頬をつり上げて愉快そうに笑った。
その日の夜もまた、ペヨーテによる精霊との交信とやらが行われたが、グルッペンは体調不良を言い訳にしてティピーテントに籠った。
電話の電波も届かない。キャンプの主旨である以上、ゲームや本などの娯楽も持ち込めない。
だが、一人で考え事に耽る時間は大好きだ。誰にも邪魔されず、脳内で自分が得てきた知識や思想を戦わせる時間が大好きだ。自分の中で意見を戦わせることで、新たな知見や考えが生まれる瞬間が好きだ。
それに。
テントの隙間から見える満天の星空に視線を遣りながらも、グルッペンは嬉しそうに邪悪な笑みを浮かべて寝っ転がっていた。
夕食前にシャワーの時間があった。一人の持ち時間が少なすぎて、シャワールームの中で着替える時間すらなく、女性参加者ですら公衆の面前で着替える羽目になった。
中年夫婦の女が喚き散らしてちょっとした騒ぎにはなっていたが、グルッペンが気にしていたのはそこではない。
シャワー室から急いで出てきたエーミールは、濡れた身体のまま下着とシャツを羽織っていたが、グルッペンは見逃さなかった。
エーミールの脇腹についた、生々しく新しい引っ掻き傷を。
「……はっはっはっ。幻覚のせいにしたかったか」
確定的な証拠を手に入れたグルッペンは、満足そうに声を上げて笑った。
「キメてもいないのに楽しそうですね、グルッペン」
「やあ、エーミール。『精霊との交信』は終わりかい?」
「皆はまだ楽しそうに続けてますよ。私はフェニチルアミンに耐性があると、昼間に言ったでしょう?」
「そうだな。だから、精霊のせいにしたかった、のかい?」
「……何のことですか?」
いつものすました柔和な笑顔。
グルッペンの言っていることなど身に覚えがないとばかりに、エーミールは話を流す。
「とぼけなくていい。私にとっては、精霊との交信よりも、遥かに素晴らしい体験だった」
「何のことかはわかりませんが、儀式はまだ続いていますよ。ペヨーテの効能が気に入ったのなら、今からでもどうですか?」
「ペヨーテの持つアルカロイドよりも、キミがいいんだがな。エーミール」
グルッペンはそう言うと、エーミールの背後に回り、腰を抱き締めた。
「……何の真似だ?」
普段のエーミールらしからぬ、低くドスの効いた声。だが、グルッペンは臆することなく、エーミールの腰に爪を立てた箇所に指を這わせた。
「精霊も爪で引っ掻けば、傷を負うものなのかい?」
「…………」
エーミールが小さなため息を吐いたのが、かすかに聞こえた。
ほぼ同時にグルッペンはティピーテントの屋根の隙間から夜空を見上げており、背中から落ちたような激しい衝撃に、数秒息が止まった。
視界の端では、エーミールがスーツの上衣を羽織ながら、侮蔑の瞳でグルッペンを見下していた。
「シラフでも幻覚が見えるようなら、今からでも儀式に参加するといい。私はタバコを吸ってくるだけです」
エーミールはそう言い放つと、スーツの内ポケットからタバコを取り出した。
「そうそう。男のケツに興味があるなら、あのアジア人に声掛けたらいかがですか?あの人、私にも誘いかけてましたよ。『やんわりと』お断りしましたけどね」
そう言うと、エーミールはグルッペンを冷たい眼差しで一瞥すると、タバコを咥えてテントを出ていった。
グルッペンは呆然としたまま、地面に転がり空を見つめていたが、段々と可笑しさがこみ上げてきて、とうとう大声で笑いだした。
「ふっはっはっはっ!面白い!実に面白いぞ!エーミール!!」
頭脳や話術、色香だけではない、新たに体感したエーミールの才に、グルッペンは愉快でたまらなくなった。
ますますエーミールを側に置きたい。
若きグルッペンにとって、野望に向かい達成するために、あの才能のすべてが欲しいと、心の底から思えた。
【続く】