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テラーノベル(Teller Novel)
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応接室へ案内され、そこでヒルデガルドはしばらく待たされた。十五分もしたくらいで少し老け顔をした痩せ気味な中年の男がやってくる。手にはプレートを持ち、温かい紅茶と菓子を運んできた。待たせてしまったお詫びのようなものだ。


「遅れてすみません、ベルリオーズ様」


「気にしてない。君がここの責任者?」


「はい、その通りでございます」


プレートをテーブルに置くと、彼はまず座る前に胸に手を当てて深いお辞儀をして挨拶をした。


「アディク・クラニア。この冒険者ギルドの運営を任されております。ベルリオーズ様の件は受付のイアンから話を伺っております」


対面に座り、彼は少し緊張した様子で言う。


「ギルドへの登録を所望されているそうですが、本当ですか?」


「ああ、その通りだ。腕に自信があるなら稼ぎになると聞く」


アディクはうーん、と困って頬を掻く。


「それはそうなんですが、その。水晶が破損するのは前例がなくて」


「分かるよ。つまりギルドへの登録が遅れるという話か?」


水晶が割れれば魔力の測定はできない。規模の大きなギルドではとりわけ冒険者の安全を優先しているので──不都合があったときにギルドが損をするわけにはいかないから──正確な測定を行って記録するまでは依頼も回せないのだ。


「ええ、まあ。なにぶん前例がないので、なぜ水晶が割れてしまったのかを調査もしなければなりません。もし生活に困っているのでしたら、今回は特別な状況でもありますし、ひとつだけ提案をさせていただきたいとお呼びしたのです」


カップに紅茶を注ぎ、自信ありげに彼は言った。


「近くにゴブリンの棲みつく洞窟があるんですが、なにぶん洞窟が広く入り組んでいるためなのか駆除してもひっきりなしに湧くんです。おそらくどこかにいるクイーンが影響しているはずだと認識はしていても、探索は数年で半分ほどしか進んでいません。なので冒険初心者の修業の場としても用いられているのが現状です」


ヒルデガルドもよく知っているゴブリンという魔物は繁殖能力が非常に高く、しかし一方でクイーンと呼ばれる母体が存在しなければあっという間に巣から姿を消してしまうほど弱い生き物でもある。戦う能力も個体の数では知れていて、たしかに冒険者には丁度いい相手だろうと思った。


「それで、私もゴブリンの討伐をしたらいいのか?」


アディクは頷きつつ、おもむろに指を立てて。


「魔物は人々の生活にも役立つモノを持っていることがあります。とくにシャーマンと呼ばれる魔法を使うゴブリンが身に着ける魔石の首飾りは更に加工すれば魔道具にも使えるくらいなので、それを取ってきて頂きたい」


聞けば簡単な仕事だ。ゴブリンの中でもシャーマンはやや強い傾向にあるが、魔導師にとっては通常種よりも遥かに楽な相手だった。


「わかった。それで、いつ行けばいい?」


「いつでも大丈夫です。その代わりお願いしたいことが」


冒険者として登録されていないのに、護衛もつけずゴブリンの巣窟へ送ったとなれば大問題だ。アディクが前提としての条件をだす。


「ギルドから二名、冒険者を連れて行ってください。もちろん雇う際の費用はこちらが負担いたします」


何かあってからでは遅すぎるし、ギルドの評判が落ちるのも誰かが命を落としてしまうのも避けるべき最優先事項だ。条件を呑めなければギルドへの登録もできないと言われて、ヒルデガルドには了承以外の選択肢はなかった。


「雇っていただくのは、ギルド内の規定にあるランク制度で最も低い『ブロンズ』の冒険者になると思います。詳しいことは受付のイアンに伝えておきますので、誰を雇うかはベルリオーズ様がお選びになってください。誰を雇っても、それなりに良い働きをしてくれるはずです」


用件を話し終えたアディクは席を立つ。


「水晶の件は失礼致しました。用意させて頂いた茶菓子は、ごゆっくり召し上がってください。それでは、またそのうちお会いいたしましょう」


ひとり応接室に残され、静かに紅茶を飲む。クッキーをかじってホッとひと息つきながらも、胸中では小さな不安の芽が顔を出す。


(水晶が破損するとしたら考えられる原因は限られている。彼らが誤解してくれることを祈るが、まあ、難しいだろうな)


ひとつはもちろん、ただの劣化あるいは不良品であったか。しかし、もうひとつがヒルデガルドの不安を強くした。魔力が強い者に反応したとき『水晶が測定できる魔力の範囲を大きく超えていた場合』に耐え切れず割れてしまう現象がある。ただ、水晶は上質なものでなくとも破損することがまずあり得ない耐久性を持つため、過去に起きた同様の事例を知る者もほとんどいない。


とはいえ調べればいずれ分かる話。まさか大賢者とは思うまいが、かといって『有能な魔導師』程度に考えてくれるとも思えなかった。できるかぎりの細工でもしておくべきだったか? と首をひねる。いまさら考えたところで何ができるわけでもなかったが。


「……ま、仕方ないか。やるだけやってみよう」

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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