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ワンクッション
エーミールが帰ってこない。
今までも仕事ということで帰らないことはあったが、一週間も帰ってこないとなると、さすがのグルッペンも不安になってきた。
だが、どんなに心配しようが、嫉妬を覚えようが、エーミールの口から出る
『私達はただのルームメイトです。恋人同士になった覚えはない』
という言葉が、グルッペンの腸を更に煮え立たせるのだ。
エーミールにとって、ただの気の合うルームメイトかもしれないが、グルッペンにとってははそうではない。
彼の持つものはすべて欲しい。
その身体も、心も、叡智も、エーミールの全てを独占したい。
だからこそ、エーミールが帰宅しないことに苛立ちを隠せない。
学校にも顔を出しておらず、旅行に出た形跡すらない。家を出る時に険しい顔をしていたことだけは、グルッペンも覚えている。
「……冷凍食品もデリも飽きたし、議論の相手がいないのもつまらんぞ、エーミール」
同居生活が当たり前になってしまうと、部屋がとても広く冷たく感じる。
入居した当初には感じたことのない、薄ら寒さが身に沁みいる。
エーミールも執心するほどの、あれほど大事にしていた本すら、今は手に取る気すら起こらない。
つまらん。
グルッペンがゴロリとソファに横になったその時、部屋のドアの鍵がガタガタと音を立てた。
「……エーミール?」
「ふふ…、うふふ……」
グルッペンがソファから身体を起こしてドアの方を見ると、そこには着衣が乱れ空ろな顔で笑うエーミールの姿があった。
「エーミール……。その姿は……」
「うふ……。ただいま、グルッペン。もう夜も遅い。寝るならベッドで寝な…さ……」
言い切る前に、エーミールは全身の力が抜けたかのように、バタリと床に倒れ込んでしまった。
「エーミール!!」
「……あは。すいません、大丈夫…です。グルッペンも、自室のベッドへ…行きなさい…」
表情こそは笑っているが、どこか不気味な笑顔で床を這うエーミールの姿に、グルッペンはただ事ではないと察した。
「大丈夫なワケ、ないだろッ!何があった!」
「大…丈夫…、大丈夫…です。少し休めば…」
決してグルッペンを近寄らせまいというエーミールの振る舞いに構わず、グルッペンは倒れ込んだエーミールを抱き抱えた。
鼻をつんざくアルコールの臭い。大量の酒を飲んだのか。だが、エーミールが酒に溺れることは、まずない。酒に酔ったにしては、挙動がおかしすぎる。
エーミールの身体を抱き起こし、スーツのジャケットを脱がした。
グルッペンの目が見開かれる。
白いシャツに、じんわりと滲む赤いシミ。
グルッペンの全身が、ゾワッと総毛立つ。
「取り敢えず、君の部屋に行こう。エーミール」
「うふふ…ッ、大丈夫です…グルッペンさん…」
「大丈夫なヤツの体たらくじゃないぞ」
グルッペンはエーミールの腕を取ると肩に回し、エーミールの身体を担ぎ上げた。
エーミールの部屋のドアを開けた途端、グルッペンは閉口した。
この短期間で、いつの間にかエーミールの部屋は書架もかくやというほど、本で埋もれていた。ベッドがあったと思われる場所にも渦高く本が積み上げられており、エーミールの寝床が見当たらない。
「…エーミール。君はどこで寝てるんだい?」
「んふっ……。デスクの下に…あるじゃ…ないですか…」
エーミールの言うデスクの下にあるスペースに目を遣れば、僅かに人が潜り込めそうな場所に枕と毛布が詰め込まれていた。まるで小動物の巣穴である。
アレを寝床と言うのか。
さすがのグルッペンも閉口するしかない、エーミールの部屋の状況。ここで休ませるワケにはいかないとグルッペンは思い、エーミールを抱えて部屋を出た。
「どこ…へ…?」
「私の部屋へ行く。まだアッチの方がベッド使えそうだ」
「ふふっ…。そうですか…。やはり貴方も…ふ、ははっ」
「エーミール……?」
訝しげに思いながらも、グルッペンはエーミールを自分の部屋へ連れて来て、ベッドにエーミールを転がした。
「ふふふっ……」
「少し寝てろ、エーミール。今、消毒薬と包帯持ってくる」
「あわてなくても…、いいんですよ?」
離れようとするグルッペンの首に、エーミールは両手を回すと、グルッペンの頭を引き寄せた。
「んふふ…ッ。教えてあげますよ、キスくらい……」
「エーミール……。君は正気じゃない。怪我の治療が先だ」
「あはっ。同じこと…言ったはず、ですがね。私も…貴方に…くふふっ」
この家に来て初めてのセックスを揶揄されていると気付き、グルッペンは苦い顔をしてエーミールの手を払い、救急箱を取りに部屋を出た。
「シャツ脱がせるぞ」
グルッペンはそう言うと、エーミールのシャツのボタンを外し始めた。エーミールは相変わらず不気味に笑っていたが、いつものように抵抗する素振りは見せない。
すでに肌との固着が始まっていたシャツを、消毒液をかけながらゆっくりと脱がしていく。そこに見えた光景に、グルッペンは驚愕したように目を見開いたが、ギリ…と歯ぎしりをすると再び淡々とエーミールのシャツを脱がしていく。
部屋の明かりの中で露になった、エーミールの上半身。背中には血の滲んだ無数の鞭の痕。両手首にも、何かが擦れた拘束された痕跡。噛み痕も痣も、身体の至るところに付けられている。
エーミールの惨状を目の当たりにして、ようやくグルッペンは気付いた。
エーミールから発せられている不快な臭いは、酒や血だけではない。アルコールの臭いとは違う、別の嫌なケミカル臭。
「……誰に…やられた?」
「……ふふっ。すいません…。三人目以降は…覚えてないんです……」
「……そうか…」
努めて冷静に返答しつつも、グルッペンの腹の中は怒りで煮えたぎっていた。
これだけあからさまに強姦された形跡があり、あのエーミールが前後も覚束ない体で意識が混濁している中で、エーミールがかろうじて答えた言葉で、グルッペンは察した。
複数の男からの暴行、強姦。抵抗できないよう、エーミールを拘束し、事に及んでいる。ただの暴行ではなく、少なくとも身体目的であり命を狙うものではないと、グルッペンは推測した。
エーミールの命を狙うなら、鞭打ちに上等な乗馬用鞭は使わないし、鞭以外の道具を使用した形跡もない。
それにエーミールの身体から、かすかに臭う化学的刺激臭。そして酩酊状態のエーミール。
複数の男からのレイプ。薬漬けにして、前後不覚の状態に陥れる。
グルッペンが導き出した答え。
それなりに大きな権威集団による、エーミールの下僕化。
「……君は奴等の命令を、承諾したのか?」
エーミールが笑う。虚ろな顔で。
「しなければ…解放して…もらえません……」
「そうか……」
「ですが…所詮は……口約束でしか……ありません……。私には…誓う神など…いません……」
「よくやった、エーミール。眠れ」
「あり…がとう。…やはり……キミは…すごい男だよ…、グル……」
グルッペンの力強い激励に、これ以上ないほどの無上な安堵を覚えたエーミールは、安心した笑顔を浮かべて一筋だけ涙を流すと、魔法がかかったように眠りについた。
「眠れ、エーミール。後は任せろ」
エーミールの手当てを済ませると、グルッペンは玄関のそばに投げられていたエーミールの鞄を持ち上げ、中から携帯電話を取り出した。
電話の履歴は暗号らしき名前と電話番号だけだったが、グルッペンは履歴の多い電話番号を見て、全てを理解した。
「なるほどな……」
グルッペンは邪悪な笑みを浮かべると、懐から自分の携帯電話を取り出して、電話をかけ始めた。
「……私です。例の件始めますので、手筈通りお願いいたします。……ええ、お任せください。事は着実に、秘密裏に、進めておりますとも。……仰せのままに」
政治経済学の教授であるヒスパニック系のフランコは、自分の研究室に入った途端に信じがたい光景を見て、呆然と立ち尽くしていた。
研究室が荒らされていた。
というより、研究室のすべてのモノが破壊され尽くされ、原型を留めているモノは何一つ残っていない。
「ど、どういうことだ……」
「教授といえど、悪戯が過ぎればこうなる。ということですよ、プロフェッサー・フランコ」
「! お、お前は…ッ!!」
フランコが背後を振り返ると、そこには政治学部の『狂人』と言われるグルッペン・フューラーと、数人の彼の仲間とおぼしき屈強な男たちが立っていた。
「権力闘争、大いに結構!派閥内でのしあがるために、どんなに汚い手を使ってでもという野心、素晴らしい心掛けですな!」
「だが!」
グルッペンはズカズカと大股でフランコの元へ歩み寄り、鼻の先1インチのところに人差し指を突きつけた。
「『フランコ教授』自身の実績は?貴様が今ふんぞり返って座っているその椅子は、『誰の』功績によるものだ?」
「……ッ! い、言いがかりも甚だしい!全てが、私の実力だ!私が築き上げた地位だ!貴様のような狂った思想の持ち主に、何がわかる!」
「この期に及んで、まだ隠そうとしますかね?フランコ教授」
「くッ!こ、この件は、学長に報告する!貴様は放逐処分だ!グルッペンッ!!」
かろうじて原型を保っていたデスクの電話に手をかけたフランコを、グルッペンは笑い飛ばす。
「はっはっはっ!今度は学長の威を借る気か?やってみるがいい!」
「貴方の研究室だけではない。『フランコの関わっていない研究結果を全て破壊せよ』と命じたのは、私ではなく貴様が今救いを求めようとした、学長その人だッ!!!」
「なッ!なんだと…!」
「学長も薄々気付いていたようですよ、教授。貴方が他の研究員や実力ある学生から、研究結果や論文を奪い続けてきたことを、ね」
「な、な、何の証拠が…ッ、あって!!」
「証拠が見たいと?よろしい。ご案内いたしましょう」
グルッペンは左手をあげパチンと指を鳴らすと、素早くフランコの背後に回った大柄の学生二人が、フランコを拘束し床に押さえ付けた。
「何の真似だ!」
「言うだけ無駄だと思うが、静かにしていただきたいですな。それとも、貴方も『コレ』が必要か?」
グルッペンはそう言うと、スーツの内ポケットから薬包紙に包まれた白い粉末を取り出し、フランコの目の前でちらつかせた。
「私の大事な『友人』が、コイツのせいで危うく廃人になりかけてね」
「そ、それは…ッ!」
目の前に出された粉末を見せつけられ、フランコの顔が瞬時に青ざめる。
「『彼』はいずれ、私の大切な『頭脳(ブレイン)』となるべき男だ。貴様ごとき輩が、下僕化し潰していい人物ではない」
グルッペンの眼鏡が、憎悪を帯びて光る。
「このクスリは……粘膜摂取だったな。口からでも鼻からでもいけるだろうが…。『彼』にはどうやった?アルコールに溶かしてケツから入れたか?」
「ひっ…ッ!!」
グルッペンの迫力に押されてか、すっかり及び腰になってしまったフランコ。
「聞きたいことは山とありますよ、教授。さて諸君、フランコ教授を『丁重に』例の場所へとお連れしてくれ」
グルッペンの言葉に、フランコを押さえ込んでいた屈強な男たちはフランコを抱えて立ち上がると、グルッペンの後に付いて研究室を出ていった。
スモークの強いガラスの車に乗せられ、かなりの時間グルグルと走り回らせられた気がした。下ろされたのは鬱蒼とした森林の中で、フランコの目の前には放置されてから百年以上は経ったであろう大きな屋敷があった。
「ここは……どこだ?」
震える声で、フランコは先行するグルッペンに尋ねる。
「素敵な建物でしょう。貴方が知りたいモノは、この館の中にありますよ」
グルッペンが大股で進む後ろを、男たちに押されてフランコも続いて歩く。
すっかり使われなくなり古ぼけた建物の中は、男たちが歩くたびにギシッギシッと音を響かせる。窓のないロウソクの灯りだけの廊下を、ひたすら右に左にと曲がり、暗く単調な中では来た道筋も覚えることができない。
どのくらい歩かされたか、わからない。やっとグルッペンの足が止まったのは、廊下の突き当たりにある細かいレリーフが彫られた重厚な両開きドアの前。
「お待たせしました、フランコ教授。皆、こちらで待ってます」
グルッペンはそう言ってドアをノックすると、中からドアが開かれ、耳をつんざく軋んだ音が周囲に響く。
燭台の灯りだけが照らす不気味な光景に、フランコは恐る恐る足を進めると、背後のドアが大きな音を立てて閉じられた。
「ひっ!!」
フランコが短い悲鳴を上げて背後を振り返ると同時に、薄暗かった部屋に煌々とした明かりが満ち溢れ、視界が真っ白くなる。
「な、なんだ…ッ!!」
真昼の日差しのような明るさに目が慣れた、フランコの目に入った光景。それは、フランコのゼミ生である五人の学生が、椅子に縛られ拘束されている姿であった。
「た、助けてくれッ!もう、知ってることは、全部喋った!本当だッ!」
ゼミ生の一人が教授の姿に気付き、悲鳴のような声をあげ、呪いの言葉を吐く。
「チクショー!どういうことだ、教授!!アンタ言う通りにしてれば、イイ思いができるって言ってたじゃねぇかッ!!!」
ゼミ生達の頭の周りを、刃が剥き出しになったカッターナイフが振り子の動きで周り続けている。少しでも動けば、頭や顔がズタズタになる恐怖の中、ゼミ生達は怯えながらも動くことすらできずにいた。
「大まかなことは、大体彼らが教えてくれましたよ、教授。とても素直な教え子をお持ちだ」
グルッペンがそう言うと、フランコは男達の手により椅子に座らせられ、ゼミ生と同じように拘束された。
浅黒い肌からもわかるほどにフランコの顔色は更に青くなり、恐怖に身体が小刻みに震える。
「こ、こ、こんなこと、して…ッ、た、タダですむ、と…ッ…」
「では、警察に駆け込みますかな?貴方が私を訴える前に、貴方が虐げた連中による集団訴訟で、少ない髪の毛まで毟られますが?」
「それに権威ある教授のスキャンダルは、マスコミの格好の餌となる。いつでもどこまでも、連中は貴方と貴方の過去を、虎視眈々と狙い追い続ける」
「学長が貴方を切り捨てた理由も、わかるというものだ。もはや貴方の存在自体が、大学の権威を揺るがしかねない」
つらつらと述べられるグルッペンの言葉に、フランコは口を戦慄かせるも反論の言葉すら出てこない。
グルッペンは、フランコの目の前にぶら下げられた紐付きのカッターナイフから刃を伸ばし、ゆっくりとフランコの目の前で左右に振った。
「では、質問だ。プロフェッサー・フランコ。貴様はアイツと、どういう契約をした?」
【続く】
コメント
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テトロさんの小説は闇を感じるけどめっちゃ読みたくなる