「助けて…」 誰かがおれに そう語り掛ける

聞き覚えのある声だが 誰か思いだせない

目を開く

黒いパネルが 目の前に置かれている

視界はパネルで遮られて なにも見ることができない

かと思うと パネルはおれの顔面に

接近してきた

顔が潰される！

だがおれに なぜそれがわかる？

そうか 夢を見ているんだ

そう分かった瞬間

おれは安心しきってしまった

だが

顔は固定されたまま動かない

鼻先にパネルが当たる

軟骨が みり、と音を立てる

明確な痛みが生じている

どうして？ おれはなにかをしたのか？

鼻が押し潰される

口にパネルが密着して 息ができなくなる

助けてくれ！

おれは声を出せない状態で なにかに願った

だが無情にも

パネルは次々歯を折り

顔全体を押し潰そうとする

やめろ

もうやめてくれ

助けてくれ！

おれの意識は 一気に現実に引き戻された

だがおれは すぐに別の「異変」に

気づいてしまう

闇

真っ暗な闇の中にいる

発した声が

まるで浴室の中のように やけによく響く

立ちあがろうとする

右足に 鈍い痛みがある

よろけた身体が ふらっと崩れ

床に叩きつけられた

両手を床についたから

上体が負傷してしまうのは避けられた

だが

右足の痛みはだんだん強くなっている

まるで巨大な蛇かなにかが

足首の上部に 牙を突き刺しているような

そんな痛みだ

おれは足に食い込んだ 痛みの原因をさぐるべく

おそるおそる 患部に手を触れた

闇の中

まるで 箱の中身を当てるゲームのように

おれは慎重に 「それ」の形状を確かめようとする

瞬時に 手に痛みが走った

足に食いついた魔物が 手に向かって体躯で攻撃したような

例えるならそんな ひやりとした痛みだ

ともかくにも

ここから逃げなくては

右足は

重い そして痛みを帯びている

ここから立ち上がることも

どうやら困難であるらしい

おれは 無駄に動くのをやめ

いま自分が置かれている 状況について

考えることにした

声が反響する空間

なにも見えない室内

おれの声だけが響く——

おれは

なにかの「ゲーム」に 取り込まれている

おれは

試されている？

そんなことは ありえないはずだが

もしこれが 「ゲーム」なのだとしたら

当然 最悪のバッドエンドが

用意されているはずだが

もしそうだと仮定したら

うまくトラップを 回避した先にある

「ゲームクリア」も用意していないと

ゲームとしては 趣がない

おれは ある可能性を考えた

ここに囚われているのは

自分ひとりではなく

他にも 囚われた人物が

いるかもしれない

おれは床に 座ったまま

意を決して 叫んだ

叫び声は

虚しく響き

闇の中に溶けていった

そう毒づいたところで

おれは自分の声ではない か細い「声」に気づいた

その声は 耳をすませると

明瞭に聞こえた

落ちつきはらった声だ

闇の向こう側から 声が聞こえてくる

壁のような部分をよく見ると

一箇所オレンジの豆電球が 光っている部分がある

だが おれは不安だった

意表をつく言葉に おれは身震いのするような思いだった

考えていることは おれと同じか

半信半疑だった

だが このまま状況を進めないままだと

おれたちは野垂れ死ぬのを 待つだけだろう

おれはスイッチを入れた

突如 眩しい光が

針で目を突き刺すように 飛び込んできた

おれは慌てて目を覆う

だがさほどの光線ではなく

普通の電灯らしかった

おれは恐る恐る目を開いた

小汚く広い部屋の中に

おれはいた

その時 手のひらに無数の傷があることに気づく

そして痛みを発する足には

異様なものがついていた

足枷 それも表面に きらきら光るカミソリを

無数に取り付けた 足枷だった

それが太い鎖で

壁に繋がっているのだった

彼は 再び声を発した

おれは振り返った

そこにも

異常な光景が 広がっていた