デビルズパレス 食堂

毒

その物騒な言葉とは裏腹に

ナックは楽しそうにグラスをまわし

中の液体を全て飲み干した

変わらない穏やかな微笑みの中

赤と青のふたつの瞳が私をまっすぐにとらえた

いつものように

大げさな言葉と仕草で

彼は私に

またひとつ嘘をついた

私が彼のカクテルに入れたのは

睡眠薬だった

わたしは無意識に

隣の空席を眺めた

いつも悔しいくらいに

うまく本心を隠してしまうナックでも

この時ばかりは

言葉の端々が震えていた

ナックだけじゃない

今日は悪魔執事みんなが

それぞれの思いや葛藤に顔を 歪ませていた

いや、きっと今日だけではなくて

明日も明後日も

何年先もきっと

みんなの中にはあの人がいる

急に黙り込んでしまった私に

ナックが声をかけるけれど

私の溢れかえる思考の渦の中には

届かなかった

唇が震える

言葉にできない、言葉にするべきじゃないものが

今にも溢れだしそうで

でもそれをせき止めるために

全身に力をこめる

私の瞳からは

ボロボロと大粒の涙がこぼれていた

悔しさ、恨めしさ、羨ましさ、悲しさ

自分のどの感情からくるものなのかは

判別がつかなかった

ただ

次にこぼれた涙は

ナックが優しく抱きしめてくれたことがうれしかったからだった

耳元がじわりと熱い

飾り気のない

ナックの心からの言葉だと分かる

私は縋るように彼の背に腕を回した

彼は優しくもしっかりと 包み込んでくれた

私は目眩がするような渦の中で

どこか他人事のようにそう思った

ナックの優しい言葉が耳を撫でていく

優しくて心地よくてあたたかい

でもこれはきっと嘘だらけの言葉

私はナックの背から腕を離し

彼の頬を包むように手を添えた

私はそのまま

彼の方へ近づいていく

彼の頬の古傷を撫で

色の違うふたつの瞳を見つめ

まるで呪いをかけるように

唇を重ねた

今日は

先代の主の命日だった

そして

先代の主というのは 私のたった1人の姉のことであった

つづく