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#2
大学では、脳神経外科学を好んで学んでいた。基礎医学にはかなりの自信があるほどで、将来は医者だとも言われていた。だが、グルの脳内は大学卒業まで耐えること。友達も出来ず独りで成り上がるグルを、周りの人間は恐れていた。
まさに孤高。大学では教授にも恐れられて気色悪いと言われる。グルが通りかかるだけで周りの人間が避けるようになっていた。
ふと、小学生の頃を思い出したグルはその記憶に引っかかった。
「金賞? それって数学の賞でしょ?」
当時幼かった吉木が初めて話しかけたときの言葉である。周りの人間はグルの凄さを知っていたが、初めてイギリスに転校してきた吉木は興奮混じりであった。
「数学は得意だから。君の褒めるようなものじゃないよ。普通」
慣れた日本語で賞状を包みながらグルは歯を食いしばった。日本語が何故話せるのかというと、子供の頃から日本に行く回数が多く自然と覚えてしまったのだ。
吉木はしばらくポカンとしてニヤリと笑った。
“It’s an award that even I can’t win. wonderful!”
(僕でさえ取れない賞だ。素晴らしい)
パチパチと拍手をして全てわかっているような目でグルの瞳の中を見た。
“That’s surprising. I didn’t expect you to speak English this well. Do you come to England often?”
(意外だ。こんなに上手く英語を話せるとは。イギリスにはよく来るのか?)
慣れたイギリス英語でグルが返事をする。母国語だからか安定感があった。
“Yeah. Of course”
(うん。勿論)
太陽のような笑みで楽しそうに話す吉木を見た途端に、目の奥にある思考をグルは見ていた。
──こいつは頭脳派だ。
きっと仲良くなる。その日からあっという間に友達となり勉強だけではなく日常会話も多くなっていった。ほんの目線だけでの判断である。
それは正解であった。そして、それが大学でも通用するのでは……と心の隅で考えていたのだろう。
だからこそ、ある意味心の自分でさえ見えない所で苦しんでいたグルは、実績を褒めることも出来ずに5年目を迎える。外は恐ろしいほどの晴天で、青色の絵の具を一面に塗ったような空。ダイヤモンドのような太陽。照らされて明るくなった街並み。
それは夏を意味していた。
38.7℃という猛烈な気温により、いつもコートを身に纏っているグルは耐えられるわけがない。諦めてPシャツで寝転がっていると、インターホンが鳴る。サーフィーからの手紙らしい。
「なんだろうか…… 」
そう独り言を漏らしながら包みを開けて
手紙を見る。それは絶望的な内容であった。
The will is as follows.
“คุณคุยกับฉันทุกวันแต่…
ฉันไม่สามารถอยู่ได้อีกต่อไป เมื่อเร็วๆ นี้ ฉัน
ฉันก่อเหตุฆาตกรรม อย่าตามฉันมา”
和訳)遺言は以下の通りだよ
「君は毎日僕に話しかけてくれるけど…
もうこれ以上(この世には)居れないよ。 最近、
僕は殺人を犯したんだ。……僕を追わないで」
グルは息ができなくなった。
胸の奥には何もなく、ただ締め付けられる。苦しい。息をしようとしたら体がそれを否定する。今までなんのために頑張ってきたのか。グルは生きる目的を失った。そして、足の骨が折られたかのように倒れ込む。死ぬべきだと思った。息もできない沼の底に居るだけの自分が醜かったこともあると思う。──もし、死神が居るのなら首を切って欲しい。
グルが空っぽになった体を動かしながら、家を出た。人の居ない静かな海へ行くためである。空の群青が嫌に思えた。自分だけが黒になったようで逆に周りが綺麗に見える。
グルは無意識に砂浜で立ちすくんでいた。
砂が熱く、足の裏が焼けそうなのに平気な顔で立っている。やがて、しずかに海の方へ歩いた。泳ぎは得意であったため深いところへ行くのも苦労はしない。特に、なんとも思わなかった。
夏にしては冷たい海の中で、ふと考える。
(サーフィーは独立した。親も生きていないのに生きる意味なんてあるわけがない。それなら海で魚に食われたほうが、よっぽど良い)
体が海中に沈んでゆくと共にそう考える。吉木のことは勿論。会ったらどんな顔をされるだろうかと怖いところもあったが、平気だ。
海の中だが、銀に光る魚を見てその考えを繰り返す。もう意識は殆どないようなもの。もう、1分耐えるか耐えないか。そんな瀬戸際の中で 手が伸びてきた。