※注意書きをよくお読みの上、それでもおkな方のみお進みください。
※ちょっとでもアカンと思ったら、即座にブラウザバックしてください。
ワンクッション
長く騒がしかったサマーバケーションも終わり、グルッペンの新たな生活が始まった。
共同生活を前提にした管理人付きの広いマンションで、悠々自適の一人暮らし。
誰にも邪魔されることなく、じっくりと一人で思想に耽ることができる。
強いて問題があるとすれば、食事、掃除、洗濯といった家事一般。食事は外食で何とかなるとはいえ、量の多さや味付けのくどさに辟易することがしょっちゅうだった。
意外に一人の生活も大変だな。
そう思いつつ、今日もまたフードコートで食事を買って帰ってきたところに、管理人のミセス・マロウがグルッペンを呼び止めた。
「ミスター・グルッペン。本日より、ルームメイトの方がいらしているわ。もうすでに、お部屋におります」
そう言うと、恰幅の良い黒人女性は、ニコニコ笑った。
「同居人?なぜ?」
グルッペンはつい、思っていた事を口にしてしまった。
あのキャンプで会った同居人たる人物は、二人が死に、一人は……。
そんなグルッペンの思惑を知らないミセス・マロウが不思議そうに首をかしげた。
「なぜって……。ミスター・グルッペンは、元々そういう契約だったでしょう?」
「大丈夫よ。物腰の柔らかい、とても紳士な男性だったわ?ミスターとも、きっと上手くやっていけるわよ」
そう言うと、ミセス・マロウはエレベーターのボタンを押して、ロビーにエレベーターを呼んだ。軽やかなベル音とともに、エレベーターのドアが開く。
「いってらっしゃい、ミスター・グルッペン。同居人にご挨拶してらっしゃい」
ミセス・マロウに押されるようにエレベーターに乗り込んだグルッペンは、少しの間逡巡し、あることを思い出す。
「……まさか」
エレベーターのドアが開くなり、グルッペンは急くように自分の部屋へと走り、ドアを開けた。
「やあ、グルッペンさん。久しぶりですね」
ダークブラウンの髪をした長身の紳士は、持っていた本から顔を上げることなく、慇懃な態度でグルッペンに挨拶をした。
「……エーミール!」
グルッペンの新たな同居人。
あのキャンプで出会ったカップルでもアジア人でもなく、エーミールが同居人だったことに、グルッペンは驚きを隠せずにいた。
「エーミール!どうして……」
「今期から、同じ大学に通います。よろしくお願いしますね、ミスター・グルッペン」
「何てことだ……」
頭の整理が追い付かず、グルッペンはメガネを外して眉間を揉み、もう一度メガネをかけてエーミールを見た。
間違いない。
本から一切目を離さず顔はちゃんと見えないが、目の前にいる男は、間違いなくあのエーミールである。
「……グルッペン。この『我が闘争』の初版本は、キミのですか?」
「ああ、そうだ」
「ふむ。本国は今では焚書もかくやの発禁本なのに、よくも無事に残っていたものだ。今度じっくりと読ませてくれませんか?」
エーミールは読んでいた本を丁寧に畳むと、グルッペンに返した。
「古いドイツ語もいけるのか?」
「この程度では、古いとは言えないですね。古ゲルマン語になると、少々厳しいですが」
「いやはや、やはりキミは、大した男だ。キミがルームメイトなら、大歓迎だ。これからよろしく頼むよ、エーミール」
グルッペンは大きな手のひらをエーミールに向かって差し出すと、エーミールも笑顔を浮かべて手を握った。
「こちらこそ。ミスター・グルッペン」
「生憎、再会のお祝いを何も準備していなくてな。今買ってきたデリの惣菜しかないんだ。良かったら、その本をキミに進呈しよう」
「いいのかい?」
エーミールは顔をあげて叫んだ。
オモチャを貰った少年のような、キラキラしたライトブラウンの瞳を輝かせ、グルッペンを見つめたエーミールであったが、すぐにその顔から光が消えた。
「いや、いくらなんでも、これは貰えない。まるで時代を超越したようなキレイな装丁の美品なのに、惜しげもなく読み込まれているところを見ると、この本は本当にキミの大事なモノなのでしょう。さすがにそれは貰えない」
「けど、時折貸していただけるなら、大歓迎です」
ふわっとした笑顔を見せる仕草は透明感があり、まるで精霊のようだとグルッペンは思った。
精霊……。精霊か。
グルッペンは、キャンプでの出来事を思い出しながら、メガネを外して汚れを擦り落とす。
「それに、ささやかではありますが、少しばかり食事を作ってきましたので、それで再会を祝しましょう。ワインも一杯なら、お付き合いいただけますか?」
「それはありがたい。実は私は、家事一般がからきしで。キミが来るまで、この有り様だ」
入居から一週間と経っていないのに雑然とした部屋の有り様に、エーミールは苦笑を浮かべて頷いた。
「ふふっ。でしょうね。その辺は、おいおい私が教えてあげますよ」
「キミにおまかせする。という選択肢はないのかな?」
「またぶん投げられたくなかったら、せいぜい頑張って覚えてください」
「はい」
柔和な笑顔でにこやかに言い放った言葉と威圧感に、さすがのグルッペンも姿勢を正して大きく頷いてみせた。
エーミールの作ってきたという料理は、都会の大味に飽き飽きしていたグルッペンの口に余程合ったようで、少食のグルッペンにしては珍しくおかわりにまで手を付けた。
「いやー。美味かったぞ、エーミール。食事当番をずっとキミに任せたいくらいだ」
「お口に合ったようで何よりですが、当番は交代でお願いします。私は、キミの世話人として、ここに来たわけではありませんので」
エーミールは、シンクに山盛りになっていた食器を洗いながら、グルッペンに毒を吐く。バスルームにも山のように洗濯物が積んであったので、食器を洗っている間に洗濯機もかけた。
「せめて洗った食器を拭いて、元に戻すくらいの手伝いはしてくださいよ。洗い物と洗濯のほとんどが、貴方のものですよ?」
「いやー、ありがたいよ、エーミール。本を読んでいると、ついつい他の事が手に付かなくなってしまう」
「それは……まあ、わかります……」
エーミールとて同じ穴の狢である。日常業務の煩わしさに時間を割くくらいなら、本を読んだり何かを作っていた方がいい。
とはいえ、それと散らかった部屋で過ごすというのは、話が違う。
優雅な時間は、優雅な空間で過ごすべきであるというのは、エーミールのポリシーである。優雅な空間が乱雑に散らかっているのは、どうしても我慢できない質だった。
エプロンを着けて洗い物をしているエーミールの後ろ姿に、グルッペンはつい悪戯心を出してしまい、エーミール背後に回ると彼の腰に抱きつこうとした。が。
「悪戯はそこまでです」
エーミールは背後のグルッペンに振り返ることなく、的確にグルッペンの喉元にペティナイフの切っ先を突き付けた。
あまりの的確さと素早さに、グルッペンは動きを止めるしかなかった。
「……ジュードーだけじゃないのか?」
「格闘術の基本は、あらかた叩き込まれました」
「そいつぁすごい。家の方針かい?」
「戦闘のプロに教えを乞いました。生き残るために」
「は?」
「ついでに料理も教えてくれましたよ。高級料理からサバイバル料理まで、いろいろとね」
「……どんな先生なんだ」
そうは言ったものの、グルッペンが気になったのは、エーミールの先生ではない。
『生き残るために』
生き残るために、エーミールは格闘術も料理も覚えた。キャンプの時の会話から、底知れない知識を持っているのも確かだ。その知識も、キャンプでの狡猾な振る舞いも、生き残るためというのなら、エーミールの生き様というものは……
「グルッペン」
エーミールに呼ばれ、グルッペンは自分が思っていた以上に深く考え込んでいたことに気付かされた。
「カップや他の食器の置き場を、教えてください。洗濯も乾燥まで終わったみたいですし、仕分けて自分のものは部屋へと持っていってください」
「あ、ああ」
「それが終わったら、家事の当番を決めましょう。できるできないではなく、あくまで公平にお願いしますよ。私だって本も読みたいし、論文の手直しもまだあるんですから」
エーミールの計画性と行動力を見て、グルッペンは『ゼークトの組織論』を思い出す。
有能な怠け者は司令官に。
有能な働き者は参謀に。
有能な働き者であるエーミールは、おそらく参謀タイプなのだろう。
だが。
有能『すぎる』働き者は?
「……ふははっ」
楽しい同居生活になりそうだ。
グルッペンは洗濯物を畳みながら悦に入り、愉しそうに小さく笑った。
グルッペンとエーミールの共同生活と大学生活が始まって一ヶ月が経った。
学生の本分である勉学はもちろん、話の合う二人は、部屋に帰ってからも寝食も忘れて議論を交わしたり、ひたすら読書に耽って部屋に籠りきるなど、とにかく楽能力が高く、浅くではあしんだ。
特にグルッペンが驚いたのは、エーミールの交遊関係だった。心の底から他人を信用しなさそうな男なのに、意外にコミュニケーションるが広い交遊関係を築いていた。
また、すでに何かしらの仕事を興しているようで、仕事関係で部屋に帰らないことも、よくあった。
いつ休んでいるのかわからないほど、とにかくエーミールはアクティブに動いていた。
もちろんグルッペンも、それなりに交遊関係は築いている。
だが、奇妙なことではあるが、グルッペンもエーミールも、外の友人を自分達の部屋に招くことをしない。来たいと言う相手はいるが、理由をつけては断っているし、詳しい住所を伝えることもしない。
グルッペンやエーミールにとって、大学の交遊関係は大学での『勉学』の一環であり、プライベートはあくまでプライベートであった。
ただ、そのプライベートの空間に、易々と他人の影がちらつく環境にあることは否めない。
「グルッペン、シャワー終わったぞ。次入れ」
「ああ」
エーミールは髪の毛をタオルでガシガシと拭きながら、足早に自室へと戻っていった。
まだ暑い時期であるにもかかわらず、エーミールは風呂上がりでも決してシャツは脱がない。あのキャンプでの出来事から、グルッペンはエーミールの脇腹、正確にはグルッペンが付けたであろう脇腹の傷の有無が、気になって仕方がなかった。
エーミールは『それは幻覚だろう』と突っぱね続けていた。しかしグルッペンには、あれが単なる幻覚にはどうしても思えなかった。
グルッペンの態度も含め、エーミールもその辺を警戒してか、決してグルッペンの前で肌を露出しようとしない。
グルッペンは熱めのシャワーを浴びながら、猛る自らの股間を握りしめた。
何度自ら慰め抑えても、若く激しい欲情はおさまらない。
「ダメだ…!もう……、エーミール…エーミール…ッ」
幻覚だろうが本当だろうが、そんなことはもうどうでもよかった。
エーミールが欲しい。
快楽に溺れ乱れるエーミールが見たい。
もう我慢などできない。
「…ッ、はっ…、エーミー…ル……」
一度出しても、エーミールのことを想うだけで、簡単に硬さを取り戻す自分の浅ましさの残滓を、グルッペンはシャワーで流した。
風呂上がりのグルッペンが、洒落者の彼らしからぬ乱雑な姿で、バスルームから出てきた。
髪の毛どころか身体もろくに拭かず急ぎ足で自室に戻ろうとするグルッペンに、エーミールは声をかけた。
「ああ、グルッペン。丁度いい。この前キミが買ってきたという本、今度貸して欲しいn…」
エーミールの声を、姿を捉えたグルッペンは、言葉を発することなく、エーミールの身体を壁に押さえ込んだ。
「グル……ッ?」
【続く】
コメント
0件