「――だからさぁ、神原さん。
ここのやり方が違うって言ってるの!!」
「でもBプランで進めるって、この前のミーティングで――」
「……はぁ?
それはそのときの話でしょ? 毎回確認してよね?」
会社の一室。いつものように、先輩から注意を受ける。
注意……とは言っても、私からすれば不毛な無茶振りにしか見えないわけで。
この先輩、何かを聞くとその場しのぎの答えしか出してこない。
しかも短絡的で、さらに厄介なことには感情的。
もう……、違うチームに異動したいなぁ。
仕事とはいえ、私の精神も限界だよ……。
「ちゃんと聞いてるの? もっとしっかりしてよね?」
あーもう、はいはいはーい!
「……すいませんでした、これからは気を付けます。
それでは、今回はAプランで進めるということで良いですか?」
「はあああぁ? そうは言ってないでしょ?
何でそんな適当に仕事を放り出すの!?」
ちょおおぉ!?
AプランとBプランしか無くて、BプランじゃないっていったらAプランしかないでしょー!?
「AプランもBプランもダメとなると、一体どうすれば……」
「それを考えるのがあなたの仕事でしょう!!!?」
……もうダメだ。コイツ、殴りたい。
休憩室の自動販売機で、安い缶コーヒーを買う。
はぁ、今日はちょっと大人の気分で微糖にしようかな。
変な先輩には意味不明に怒られるけど、私だってそれなりに仕事はできるんだよ?
でも……ちょっと凹んだときには、このコーヒーで大人の成分をチャージしていくのだ。
――……うん、苦いや。
さて、今日ももう少し頑張ろうかな。
時間は……もう18時か。あと5時間もあれば、資料を作るのくらいは終わるよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――今日もお疲れ様、私」
時間はすでに23時。
今日の仕事も何とか終わり、ようやく家路についたところだ。
外は当然のことながら暗く、ビルの照明や街のネオンライトが遠くで静かに光っている。
「さて……と。
『行動力』を消費しちゃわないと」
そう呟きながら、鞄からスマホを出してアプリを起動する。
起動したのは『錬金術』をテーマにしたゲームのアプリだ。
錬金術、って知っているかな?
古代に生まれて、黄金や不老不死の薬を作り出すことを目的にした学問。
昔の人のただの妄想――……じゃなくて、現代化学の前身にもなった、実際にあった現実のものなんだよ。
……とは言っても、このゲームの場合は『いろいろな素材』から『いろいろなアイテム』を作るだけの、単純なものなんだけどね。
例えば『薬草からポーションを作る』とか、『鉱石から爆弾を作る』とか、そんな感じ。
『最強になって魔王を倒す!』みたいなゲームではないんだけど、ちまちました作業がとても気に入っていて、最近はずっとこれで遊んでいるのだ。
「――むむ、また新しいガチャがきてるねぇ。
もぉー、無課金ユーザーも愛してよ~」
アプリが起動すると、画面には『新しいキャラクターを買え!』と言わんばかりのド派手な演出が流れ始める。
「え? 新しいキャラクターに、新能力?
うそ、ぶっ壊れすぎでしょ……」
スマホの画面を食い入るように見つめる私。
そこには今までのゲームバランスが崩壊するほどの、凄まじい能力を持ったキャラクターが映し出されていた。
「――それにしてもこのキャラの名前、『アイナ』っていうんだ? ふふふ、私と同じ名前じゃん。
そっかー、ちょっと課金してみよっかなー。強いし、名前も同じだもんなー」
よし、家に帰ったら課金してみよう!
実はスマホのアプリにお金を払うのって、今回が初めてなんだよね。
ふふふ、不思議な高揚感が出て来たかも。
うーん、とっても楽しみ!
――そんなことを思った瞬間、夜空の暗さとは真逆の、まぶしい光が目に飛び込んできた。
――……んん?
何だか前も、こんなことがあったような――――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……。
…………。
………………。
……気が付いたとき、私はどこかのベッドで寝ているようだった。
ぼんやりと見える天井には見覚えがない……から、とりあえず自分の部屋ではなさそうだ。
ここはどこだろう――
……そう考えた瞬間、身体中から信じられないほどの重さを感じた。
いわゆる『ダルい』を極限まで突き詰めた……そんな状態。
全身は痛いし、かなりの熱もありそうだ。
熱っぽいと感じた瞬間、嫌になるほど汗まみれなことに気付いた。
意識も朦朧としているし、頭も喉も痛くて息をするのもかなりつらい。
つまり一言でいえば、もう死にそう……という状態だ。
……うん、とりあえず死にそうなのは分かった。
でも、何でこうなっているんだっけ?
えぇっと、さっき仕事を終えて、課金をどうのこうの考えてたら……急に光が飛び込んできて――
……ああそっか、私は事故にあったんだね。
でも、何とか生き残ったのかな?
はー、真面目に生きてて良かったわー。
……でもこの症状、本当に事故なの?
何だか違うような――
……ふと気が付くと……全身に痛みや熱が駆け巡る中、右手に優しいぬくもりを感じた。
うーん、何だろう……?
まぁ、何だろうって言っても……多分誰かが、手を握ってくれているんだろうね。
それくらいの温度だし、何だか柔らかいし。
でも誰か……手を握ってくれる人なんていたかなぁ。
自慢じゃないけど、恋人なんていないしね? 家族も田舎暮らしで疎遠になってるし……。
会社の人で握ってくるような人もいないし……、というか、いたら引くわ……。
まぁ、誰だか知らないけどありがとう。
気が付きましたよーってことで、ちょっとだけ握り返してあげよう。
……それにしても、目が霞むなぁ。
曇りガラスを何枚も通して見ている感じだよ。
音も良く聞き取れないから、周りが何か騒いでいるような気もするし、静かなような気もするし。
あ……もしかして、病院の集中治療室とかに入れられたりしてるのかなぁ。
それにしては医療機器みたいな雰囲気は無いけど……。
……はぁ。唾を飲むのもしんどい……。あー、水が欲しいー。
うーん、これってインフルエンザかなぁ。
事故に遭った上にインフルエンザなんて、どれだけ運が悪いのよ……。
……それにしても、すごい時間が経った気がするのに、全然起きられない。
というか、身体が動かない。
いつまで動かないんだろ? ずっとこのままは……嫌だなぁ。
どこか悪くなると、普通に動けることの大切さが身に染みて分かるよね……。
はぁ……、しんど。
……どれくらいの時間が経ったんだろう?
もうずっとこのままなら、いっそ……とか考えちゃうよ。
まだ24年しか生きていないから、もっともっとやりたいことはあったけど――
……って、あれ? 私って24才だったっけ? 何か17才だった気がするぞ……?
あれ、でも会社には何年か勤めていたし……17才なんてことは無いか。
……って、あれ? そういえば私って不老不死になったんじゃなかったっけ?
いやいや、そんなわけあるかーい。何を妄想しているんだ私は……。
まずいなぁ、何だか記憶がよく分からなくなってきたぞ……。
………………。
…………。
……。
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