※注意書きをよくお読みの上、それでもおkな方のみお進みください。
※ちょっとでもアカンと思ったら、即座にブラウザバックしてください。
ワンクッション
話は少し時間を遡る。
グルッペンに言われ、ジョージはエーミールと共に穴堀りをすることになった。
皆に支えられ励まされ、少しだけ心が軽くなった気がしてはいた。だが、生来の気の弱さからか、友人と仲良く笑って帰れるとは思えなかったので、グルッペンの提案がありがたいと感じていた。
ジョージも首席学生のエーミールのことは知ってはいたが、学部も違えば活動範囲も違う彼と接点を持つことは、今までなかった。人づてに、首席であることを鼻にかけることのない、柔和で紳士的な振る舞いの青年とは聞いていた。スポーツ特待生として、何とか姉と同じ大学に滑り込んだジョージとは、違う世界の人間だと思っていた。
だが、今回の事件で出会った雲の上の存在は、温和で紳士的な男ではなく、理不尽な仕打ちに対し暴力も厭わない。心の内に灼熱の炎を宿し、非情な判断ができる男だった。
特にフランコへの拷問は、ジョージから見ても凄惨を極めていたが、あの時のエーミールの叫びは彼の抱えてきた不安と苦しみだったのだろう。
ほとんど話などしたことのない相手ではあるが、ジョージはエーミールに初めて親近感のようなものを覚えた。
「エーミールは……」
黙々と作業することに耐えられなくなったジョージは、話すことが特に思い付かないままに、口を開いた。
「何でしょう」
地面から目を離さず、ひたすら淡々と手を動かすエーミールの姿に、それだけでジョージは再び臆してしまった。
「あ、いや、その……。そうだ。グルッペンとは、いつ知り合ったんだい?」
共通の知人を持ち出すことで、何とか会話に繋ぎを持たせることができた。エーミールもグルッペンと仲も良さそうなハズだし、きっと会話も弾むだろう。
だがジョージの予想と反し、グルッペンの話を振ってもエーミールは関心がなさそうに穴堀りを続けている。
「あ、あの…」
「ただのルームメイトですよ」
素っ気ないエーミールの答えの後、会話は途切れてしまった。
会話が続かない。それどころか、空気が重くなり、余計に雰囲気が気まずくなる。
しばらくの間、重い沈黙の空気が流れたが、ある程度の深さまで穴が掘れたあたりで、エーミールが大きく息を吐いて手を止めた。
「ふぅ…。少し休憩しますか、ジョージさん」
「あ、は、はい……」
「グルッペンが、食料と水は置いてあると言ってましたが」
「あ、ああ。家の中にある。持ってくるよ」
休憩に入ったエーミールが、思いの外柔らかい口調だったことで、ジョージはほっと胸を撫で下ろした。
ジョージが家の中に入って行くのを見届けると、エーミールは小さくため息を吐いてスーツのポケットから煙草を取り出す。煙草をまだ開けていなかった事を思い出し、小さく舌打ちをすると煙草から手を離した。
「せめて紅茶でもあればいいんですが…。ないでしょうねぇ…」
ジョージが持ってきたのは、ペットボトルの水とジュース。食料もいかにもなジャンクフードばかりだったが、美味しそうに食べるエーミールに、ジョージは安堵と意外性を覚えた。
「エーミールもスナックとか食べるんだ」
「普通に好きですよ。昨日からろくに食事してなかったので、なおさらですね」
そう言いつつ次々とスナック菓子を開けては平らげるを繰り返すエーミールの豪快さに、ジョージは驚かされるばかりだ。
「ジョージさんは食べないのですか?」
「あ、ああ……。まだ何も喉を通らなくて…」
人殺しの罪悪感は根深く、グルッペン達の励ましで会話ができるまでにはなったが、それでも食事をするという気持ちにまでは至れなかった。
それなのに。
ジョージはスナックを貪るエーミールを見て、疑問に思った。
人の命を奪ったか奪っていないかの違いだけで、ジョージとエーミールがしていたことは大差がないはずだ。しかも、エーミールは故意に教授を襲い、グルッペンが割って入らなければ確実に教授を殺していた。
人の命を奪う感覚は、まだジョージの手に残っている。食欲が沸かないのも、それが原因である。
なのになぜ、エーミールは普通に食事ができるのか。
エーミールの手にも、教授を傷付け、命を削る感覚はあったはずだ。怒りに我を失っていたとしても、エーミールは命を奪うという罪悪感に押し潰されることはないのか。
「……キミは強いな、エーミール」
「? 何がですか?」
指についたスナックのパウダーを舐めとりながら、エーミールが問い返す。
今にも泣き出しそうな気持ちを押さえながら、ジョージは言葉を絞り出す。
「俺は…ダメだ。まだ…怖いよ。怖くて…今にも逃げ出したい」
「ジョージさんは、ハンティングか戦地の経験は、おありで?」
エーミールはペットボトルの水で指先を洗うと、ハンカチを取り出して手を拭いた。
「どっちもない。昔、父がイラクに派兵された話を、聞いたくらいだ」
「……まあ、普通はそうでしょう。ですから、貴方は恐怖を覚えて当然ですし、逃げたくなるのも無理はありません」
「姉さんが死ぬまで…俺のそばには、死というものが存在しなかった」
ポツリポツリと語り出すジョージの言葉を、エーミールは真っ直ぐ前を向いて聞いていた。
「豊かではなかった。だが、家族がいて…愛されて…幸せだった。姉さんが奨学金で大学に行けることになった時、家族じゅうで祝ったよ」
「……ご家族の皆様は、本当に仲睦まじかったんですね」
「ああ。姉さんも『これで、良い仕事に就ける。みんなをラクにさせてあげられる』と泣いて喜んでいたよ」
「けれど……。大学に通いだしてから、姉さんの様子は次第におかしくなった。あんなにおしゃべりで明るかった姉さんが、何も喋らなくなった。暗い顔をすることが増えた。隠れて泣く姿をよく見かけるようになった」
淡々と、だが、震えながら話を続けるジョージを、エーミールもまた目を逸らすことなく、しっかりと耳を傾けている。
「その頃から、教授達による搾取が始まっていますね」
「恐らくは……。尋常ではない姉さんの変わりように、みんな心配した。大学を辞めるように言っても頑なに断られたし、何があったかも教えてくれない」
「……言える内容ではなかった。家族なら、なおさら。ですね」
エーミールは無意識にタバコを求めて懐に手を伸ばすが思い止まり、ラテックスの手袋を取り出して手にはめた。
ジョージは悲しそうな顔を浮かべて頷き、話を続ける。
「それでも俺は理由が知りたくて、姉さんと同じ大学に行くことにした。幸い、アメフトを頑張り続けて、良い成績を出し続けたから、特待生枠を取ることができた。姉さんも喜んでくれた。のに……ッ」
ジョージの目から、堪えきれなくなった涙が、ボロボロと零れていく。
「なんで…ッ!姉さん…ッ!」
「同じ大学に通うことになれば、いずれ貴方の耳に噂が届くかもしれない。恐らく奴等はそう吹き込んだ。そして、お姉さんはそのことを恐れた」
淡々と語るエーミールの言葉に、ジョージは顔を手で覆い、声を上げて泣き出した。
「俺が…ッ、俺が殺したような…もの、だったのかッ!姉さんを…守りたかった…ッ、だけ、なのに…ッ!!」
泣き叫ぶジョージを、エーミールはただただ静かに見守った。
「俺が殺してしまったアイツにも…ッ、愛する家族がいた…。アイツ等が俺から姉さんを奪ったように、俺も奴の家族からアイツを奪ってしまった……ッ!!」
エーミールの眉間に皺が入るが、ジョージは気付いていない。
「俺はやはり、罪を償わなければならない!!誰かに…ッ!姉さんに謝りたい!!」
「ジョージさん」
それまで黙ってジョージの話を聞いていたエーミールが、突然ジョージの前に立った。
手に持っているM39の銃口は、完全にジョージの眉間を捕えていた。
【続く】
コメント
2件
ジョージーーーー!!:( ;´꒳`;):プルプル