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ワンクッション
「グルッペンの言う教授達への復讐に乗った時点で、司法に委ねるべき事例ではないのです。覚悟がなかったのならば、始めからお姉さんの仇を討つなど、考えなければよかった」
「エ、エーミール…?何を……」
「この件は、万が一にも漏れてはいけない。ここにいた人間…グルッペンや他の連中のためだけではない。学内のためにも、絶対に外部に漏らすわけにはいかないのです」
エーミールはM39のマガジンを装填し、セーフティを外した。
「貴方は優しすぎます、ジョージさん。そして、その優しさと弱さゆえに、罪の意識から逃れるために、今回の事を誰かに喋りかねない。少しでも可能性があるなら、禍根は断つべきなのです」
銃口が再度ジョージの眉間を捉える。
だが、不思議とジョージに、恐怖はなかった。
「……グルッペンに言われたのかい?」
「進言したのは、私です」
「そう、か……」
ジョージは泣きそうな顔から一転、穏やかな笑みを浮かべると、エーミールに向かって猛突進してきた。
エーミールよりも一回り以上体躯の大きい、アメフト部の期待のルーキー。
そんな男からのタックルを受けたら、無事で済むわけがない。エーミールも殺してしまうかもしれない。だが、ここから逃げるには、こうするしかない。エーミールがビビって逃げてくれるなら、その方が助かる。
エーミールは逃げなかった。それどころか、ジョージに対し腕を突き出したまま、微動だにしない。心のどこかでエーミールが逃げることを期待していたジョージの突進に、ためらいが見えた。
ぶつかる。
そう思うと同時に、ジョージの身体が宙を舞う。
突進してきたジョージの腕を取ると同時に身体をひねり、軸足を蹴り上げて宙に浮かせる。
背中から落ち、痛みに悶えるまで、ジョージは何が起こったかわからなかった。
エーミールは投げ飛ばしたジョージの真上に立ち、銃口を向ける。
「お姉さんが待ってますよ。Auf nie mehr wiedersehe」
躊躇うことなく、エーミールはM39の引き金を引いた。
ジョージは眉間から血を噴き出し、少しの間痙攣を起こしたあと、動かなくなった。
「確かに……『無能な働き者は、銃殺するしかない』ですね」
エーミールは目を見開いたままのジョージの目を手を当てて閉じると、ジョージの服を引き剥がし始めた。
ジョージの死体は、ジョージが掘った穴の中に転がされ、エーミールはその辺に咲いていた小さな花と共に、黙々とジョージを土の中に埋めていった。
鬱蒼とした森の奥深くを、朝焼けの光が照らし始めた。
エーミールは食堂の死体を外に引きずり出し、全部の衣服を全て剥ぎ取った。剥いだ衣服や身分証などは全て焚き火にくべ、灰になるまで焼いた。
全裸にした死体は全て、枯れ井戸の中に投げ込み土を被せていく。
血の痕跡は片付けない。むしろ『お化け屋敷』ならば、血の痕跡があったほうが『らしい』だろう。
ひとしきり『片付け』が終わった頃、遠くからトラックのエンジン音が聞こえてきた。
「……もう来たのか。やっと一服できると思ったのに」
一人そう呟くと、エーミールは再び作業を開始した。
ー
「『作業』は終わったかい?」
トラックから降りたグルッペンは、開口一言、エーミールに尋ねた。
「大体終わりました。着替えは持ってきてもらえましたか?」
「キミに何度も念を押されたからね。わざわざ自宅まで行って、一式持ってきたぞ」
「ありがとうございました」
「簡易シャワーと水も持ってきてやったぞ。使うといい」
「お気遣い、ありがとうございます」
エーミールは作業の手を止め、汗を拭う。
「スティーブさん達は?」
「学生寮まで送っていった。ジョージも一緒だと思い込んでいる」
「さすがですね。もうすでに、アリバイの布石は打っているんでしょう?」
「ああ。すでに学生課に、ジョージの休学届けを出してある。寮の荷物も、明日にでも『家族』が引き取りに来る」
「お疲れさまです。こちらは、衣類と身分証の焼却、遺体の埋葬が終わっています。あっちの木漏れ日が当たっている場所に、ジョージさん。そこの日陰になっている土の山の辺りが、教授達です」
エーミールは新しく土を盛った箇所を指差し、遺体を埋めた場所をグルッペンに報告する。
優しく日の当たる森の手前と、建物の陰で日の当たらない狭い場所。
自分達が手を下したことには変わらないのに、死後の扱い方がこうも違うとは。
「ジョージは、いい場所に埋めてもらったな。で、ジョージには、どこまでやらせた?」
「ご自分の墓穴を掘るところまでですね。あまりに苛ついてしまったので、予定より早く『処分』してしまいました。申し訳ないです」
エーミールの謝罪に、グルッペンは笑って返した。
「『苛ついた』か。キミをそこまで怒らせるとは、ジョージも大概だったな。抵抗はしてきたか?」
「いえ。避けたら追いかけるのが大変です。さすがに現役アメフト選手を追いかける脚力は、私にはない。それはグルッペンさんも、ご存知でしょう?」
「ああ……。そう、だったな」
苦笑を浮かべて自虐的に笑うエーミールに、必死の形相で逃亡を計ったエーミールの姿が重なる。エーミールなりに必死に走ったのだろうが、如何せん持久力がなく、すぐに息切れを起こしていた。確かにこれでは、アメフト選手に追い付くのは無理な話である。
エーミールも己の体力のなさを知っている。だから、常に努力はしているのだ。
そして、その計算高さから、決して同じ土俵には立たない。
「向かってきたジョージさんを、正面から受け止めて投げました。仰向けになったところで、二発撃ち込みました。弾丸は回収してあります。教授達のもです」
「ご苦労。しかし、一回り以上は体格差もあっただろうに、よく投げ飛ばせたな」
「コツさえわかれば、向かってくる相手を投げ飛ばすのは、それほど難しくはないですよ」
「なるほど。キミに近付く時は、細心の注意を払うことにするよ」
「賢明ですね。半径3フィート以内に近付く際は、お気をつけて」
「怖いことを言うなぁw」
グルッペンが苦笑を浮かべて肩をすくめると、エーミールは「ふう」とため息を吐いてスコップを地面に突き刺して、土埃だらけの手を叩いた。
「あとは俺がやっておこう。シャワーの準備は出来ているから、エーミールはシャワー浴びて着替えろ」
「貴方が現場仕事とか、明日あたり天変地異でも起こるんじゃないですか?」
「怒っていい? ……じゃなくて、単純にキミが働きすぎなだけだ。一晩中死体の処理してたのだから、さすがに疲れただろう?」
「確かに。効率は落ちてますね」
「着替えたら一旦帰って休め。俺のベッドを使うといい」
「自室でゆっくり休みたい」
「キミの部屋のアレは、もはや寝床じゃないだろ。いいから俺のベッドを使え。俺はソファ使うから」
「貴方が襲わないと言うならありがたいですが、私はあの寝方が一番落ち着くんですよ」
グルッペンのベッドで寝ることに警戒しているフシもあるのだろうが、頑なに巣穴のような部屋の寝床に固執するエーミールに、グルッペンは呆れたようにため息を吐く。
「あー…。わかったわかった。とにかく、焼却処分が終わったら、一旦撤退だ。エーミールの服も処分するから、とにかくシャワーと着替えを済ませてこい」
「わかりました」
エーミールは大きく伸びをすると、その場で服を脱ぎ始めた。
「まーて待て待て待て待て。この場で脱ぎ始める馬鹿がいるか!」
「貴方相手に、恥じらいもクソもないでしょう。どうせ燃やす服なら、さっさとまとめて他のものと一緒に燃やした方が、効率的です」
エーミールは雑に服を脱ぎながら、次々と焚き火の中に脱いだ服を入れていった。
表情には見せないが、さすがに疲れているのだろう。効率的かもしれないが、あまりに粗雑である。
「……シャワー浴びて着替えたら、帰るぞ。さすがにここ数日は、忙しすぎた」
「半分以上貴方のせいですけどね」
「それを言い出したら、原因の根本は貴様だぞ、エーミール」
「生産性のない水掛け論は、やめましょう。シャワー使わせてもらいます」
「ああ。あとはやっておくから、シャワー浴びたら、もうトラックで横になってろ」
「そうさせていただきます」
エーミールはそう言うとトラックの荷台に据え置かれた簡易シャワーを浴び始めた。
ひとしきりの後片付けを終えたグルッペンとエーミールは、トラックを用務員のじいさんに返した後、グルッペンの車で家に帰った。エーミールにとっては数日ぶりの自宅である。
「本当に自分の部屋でいいのか?」
「ああ。おやすみ」
それだけ言うなり、エーミールはさっさと自室に引きこもってしまった。
「……やれやれ」
せめて共用部のソファで寝た方が、まだ疲れが取れるのではと思いつつ、頑なに自室の『巣穴』に固執するエーミールを見送ると、グルッペンもまた自室に戻り、電話をかけ始めた。
『……私だ』
「おはようございます、Fです。ゴミの片付けは、全て完了しました」
『うむ。何やら余計なゴミも出たようだが』
「そちらに関しても、処分は完了していますので、問題ありません」
『ご苦労。…元々問題のあるゴミだったが、これで清々したよ』
「報酬の件、よろしくお願いしますよ。学長」
『はっはっ、任せたまえ。しかし、報酬に下院議員への繋ぎも請求されるとは、思わんかったよ』
「そのくらい、特段問題ないでしょう」
『まあ、な。先方も、とてもキミに興味を持っていたぞ。近いうちに、会えるようセッティングしてやろう』
「感謝します」
『残金は、用務の彼に渡しておく。受け取っておいてくれ』
「ありがとうございます。では」
『うむ』
電話は切れた。
グルッペンはニヤリと笑うと電話を切り、スーツの内ポケットにしまい込んだ。
「……小心者が」
グルッペンはひとしきり笑った後、大きく伸びをしてごりごりと肩を回す。
「まあ、これでこの件は、ひとまず終了…」
隣の部屋から、何か違和感を感じたグルッペンは、そこで言葉を一旦止めた。
「……というわけでも、なさそうかな?」
耳をそばだてれば、隣の部屋からエーミールの呻き声がかすかにだが聞こえてくる。
各自の部屋にいるときは、何があっても干渉しないという不可侵契約を結んではいた、が。
「だからベッドで寝るよう言ったのに」
グルッペンは苦笑を浮かべると、自分のベッドの毛布を持って部屋を出た。
【続く】