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ワンクッション
電話に夢中になって気付くのが遅れた。
グルッペンの喉に、アーミーナイフの冷たい刃が当たっている。
視界の限り背後を確認すれば、そこには雑に服を羽織ったエーミールの姿があった。
グルッペンはニヤリと笑って、エーミールに視線を向ける。
「……やあ、おはよう。エーミール」
「電話をスピーカーモードにしろ」
グルッペンは言われた通り、携帯電話のボタンを押し、スピーカーモードに切り替えた。
『エーミール様ッ!?』
電話の向こうから、老執事の悲痛な叫び声。
「後で事情をお伺いしたいですね、ハンスさん」
話は電話越しの相手に振っているものの、ナイフの先はグルッペンから外さない。数インチもないほどにナイフを突き付けられているにも拘わらず、グルッペンはいつもの飄々とした態度を崩していない。
「寝かし付けが足りなかったか?」
「キサマには言ったはずだ。私は毒や薬の効きが悪い、とな」
「確かに。今度からは、快楽漬けで寝かし付けるとするよ」
「首はいらないらしいな」
「ゆっくりしていくつもりはないぞ」
エーミールがアーミーナイフを引き、グルッペンの喉に滑らせる。同時にグルッペンは半歩左前に出ると体をかがませて、エーミールの振るう刃をくぐり体を反転させ、エーミールの顔面に向かって携帯電話を投げつけた。
至近距離での咄嗟のグルッペンの反撃に、エーミールは回避もできず、鼻っ柱に強く携帯電話がぶつかり、僅かに動きを止められた。
その僅かの隙を突き、グルッペンはズボンの後ろに差していたM39を抜きエーミールに銃口を向ける。エーミールもまた、アーミーナイフを構え直し、グルッペンと対峙した。
「私の銃とキミのナイフ。どちらが早いかな?」
「さぁな。距離が近すぎる」
ナイフを構えたまま、エーミールは片鼻を押さえて、じわじわと鼻腔を流れる鼻血を吹き飛ばした。呼吸が通るようになると、エーミールの目が殺意に光り、グルッペンを睨み付ける。
「……試してみますか?」
「いいなぁ」
笑みを狂気に染めたグルッペンの指が、トリガーにかかる。
『お二人とも、武器を納めなさいッ!!』
電波越しにも不穏な空気が伝わったのか、電話越しの老執事が音が割れるほどの叫び声をあげた。
ハンスの叫びに、エーミールとグルッペンの視線が、床に転がった電話に集中する。
『今、ここで、殺し合いをしている場合ではないはずですッ!武器をしまいなさいッ!』
叫び声をあげる携帯電話に集中していた視線は、お互いの顔へと移り、グルッペンもエーミールも武器を下ろした。
「確かに、まだ殺し合う時期じゃない」
「不本意ですが…同意せざるを得ませんね」
未だ殺意を帯びた眼光で睨むエーミールと、何故か余裕のある飄々とした顔のグルッペン。
二人表情は見えないが、電話越しのハンスは一応場が収まったような雰囲気に、ほっとしたようだ。
『……よろしいですか?お二方』
「説明が欲しいですね。グルッペンと貴方が繋がっている事に関して」
「私からミスター・ハンスに、コンタクトを取った」
エーミールとハンスの合間に、グルッペンが割って入った。
「得体の知れない見ず知らずとルームシェアできるほど、この国の縁故社会は浅くはない。養父とミスター・ハンスは旧知らしいからな。エーミールがピンチだと言えば、実に簡単にミスター・ハンスとコンタクトが取れたよ」
『……『テルシオペロ』との関係について、グルッペン様にお話いたしました。勝手なことをしてしまい、申し訳ございません』
エーミールは天井を仰ぎ大きなため息吐くと、両手を上げて首を左右に振った。
「……わかりました。もういいです。貴方がたの方が、何枚も上手だ。私ごときが、敵うわけがない」
「卑下しすぎだ、エーミール」
グルッペンが慰めともつかない言葉をエーミールにかけるが、声をかけられた当人は、忌々しげにグルッペンを睨むだけだった。
「『テルシオペロ』が私を狙っていたのは、気付いていました。首席として目立ってしまったせいだと思ってましたが……」
『私の勇み足が過ぎました。申し訳ございません』
「ミスター・ハンスの手が入らずとも、いずれ奴の毒牙はエーミールに届いていた」
「あの『vibora(毒ヘビ)』のしつこさは異常ですからね。ハンスさんが手を出さずとも、いずれ私に噛みつきに来ていたでしょう」
「だから逆に、エーミールは罠を張っていた。が、ミスター・ハンスや私が勇み足をしてしまったせいで、計画が崩れてしまった。……違うか?」
『エーミール様……』
「……勇み足をしてしまったのは…、貴方がたではなく、私自身です。巻き込みたくなくて、急ぎすぎた結果がコレです」
エーミールの言葉に、グルッペンとハンスが同時に頭を押さえてため息を吐く。
「……今度から、企み事は誰かに相談しろ」
グルッペンは握り拳を作ると、軽くエーミールの額を小突いた。
『エーミール様』
「どうしましたか?ハンスさん」
『もし…、もしも、グルッペン様との同居が辛いのなら……』
ハンスの言わんとしたことの意味を悟ったエーミールは、グルッペンをチラリと見た。グルッペンは好きにしろとばかりに、後ろ向きになって手のひらをヒラヒラと振ってみせた。
「……大丈夫です。グルッペンにやりこめられるのは癪ですが、それ以上に彼は面白い。もうしばらく、このままでいます」
「……ほう?」
振り返ったグルッペンの顔が、不敵に破顔する。
『本当に…よろしいのですか?』
「はい。今度こそ、私自身の作戦で、彼を打ち負かして見せますよ」
「はっはっは。威勢が良くなったな。そうでなくては、面白くないぞ」
『……わかりました。エーミール様がそう仰るならば、私からはこれ以上何も申しません』
言葉とは裏腹に、ハンスからは納得していない不満が感じられるが、エーミールは自分の決定を曲げるつもりはない。それがいかに困難な茨の道だとしても。
いつまでも誰かの後ろで怯えて泣くだけの子供には、なりたくなかった。
グルッペンは床に落ちていた携帯電話を拾い上げると、エーミールに投げ渡した。
「そういうわけだ、ミスター・ハンス。いつまでかはわからんが、まあしばらくはエーミールとお付き合いさせていただきたい」
「結婚もセックスフレンドも、したりなったりする気はないですからね」
「時間はある。じっくり攻略させてもらうよ」
『……。エーミール様、本当によろしいのですか?』
ハンスの心配そうな声に、エーミールは少し困惑した顔を浮かべ、頭を掻いた。
「んっん~…。ダメそうな時は…お願いします」
「手のひら返し、早すぎない?」
グルッペンのツッコミも無視し、エーミールは話を続けた。
「とにかく、同居は続けます。グルッペン程度で、私の野望を挫折させるわけにはいきませんからね」
「程度て」
『わかりました。私は最早、祈るしかできませぬな』
「必ず目的を達成させます。では」
『エーミールさ』
ハンスの返事を待たず、エーミールは電話を切った。そして携帯電話をグルッペンに投げ渡す。
「もういいのか?」
「あの人は……勘が…よすぎる…か、ら」
言葉が言い終わる前に、エーミールが床に倒れ込んでしまった。
「エーミール!!」
床に倒れ込んだエーミールを、グルッペンが駆け寄り抱き起こす。
人肌の感覚と揺すられた事で、エーミールは少しだけ意識が揺り戻った。
「部屋に…もど…」
「今日はダメだと言ったはずだ。俺の部屋に戻るぞ」
「部屋、に…」
「ああ、連れてってやるよ。俺の部屋のベッドにな」
今になって薬が効き始めたようで、抱えたエーミールの体には力が入っておらず、グルッペンのなすがままになっている。
薬の効きが悪い。
エーミールは確かにそう言っていた。
効かない。とは言っていない。
緊張感と精神力だけで、相当抑え込んだのだろう。グルッペンだけでなく、何よりもハンスに知られたくなかったからこそ、エーミールはさっさと話を終わらせたかったフシがある。
「エーミールが『巣穴』を変える気がないなら…、私の部屋のベッドを大きくする必要があるな」
グルッペンは苦笑を浮かべてそう呟くと、エーミールをベッドに転がした。
緊張がほぐれたせいか、やっと薬が効いてきたせいか、エーミールは少し乱暴に転がしたくらいでは起きなかった。
「……やれやれ。本当に頑固者だよ、お前は」
小さく寝息を立てるエーミールの額に唇を落とすと、グルッペンはエーミールに毛布をかけ、自分もエーミールの隣に寝っ転がった。
【次回、最終回】
【忘れん坊の武器解説】
・M39
→スミス&ウェッソン社の誇る()、某国で最もポピュラーなハンドガン。
1954年発売のショートリコイルの自動拳銃。9x19mmパラベラム弾を使用。ダブルアクション。装弾数8。
つい忘れがちだけど、自由の国では普通に銃が購入、所持できるんよなぁ……
コメント
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この時代からゆっくり居たのか...