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彼女のピアノ演奏は何時も完璧だ。
だけど、彼女はいつも、
「私の演奏は、完璧なんかじゃない。」
「何故そう思うのだい?」
「音が外れそうになった。指が引っかかった。焦ってリズムが少し狂った。駄目な所しかない。私はもっと完璧に演奏しなきゃいけない。」
「君は小さい事を気にしすぎだ。少しぐらい
気を抜いたって怒られやしない。」
「貴方には分からないでしょうけど、私は
気にするの。いや、気にしなきゃいけないの。」
「其れはどう言う意味だ?」
「応えたくない。応えたって貴方に理解出来ないと思う。」
「理解出来るようにするさ。」
「無駄な努力ね。」
「そうかもな。」
カーテンが靡く音楽室。ピアノの美しい演奏が
響く。午後の休み時間。僕はフルートを片手に
彼女の真剣な顔を見つめる。彼女は此方に気づ
いて、こう言った。
「音楽発表会まで、後何日だと思ってるの?」
「さぁ?1ヶ月程では無いかな?」
「馬鹿なの?後1週間よ。」
「そうだったな。忘れていた。」
「貴方の忘れたは信用ならないわ。」
「酷いなぁ。僕だって本当に忘れる時だって あるさ。」
「まぁね。この世に完璧な人間は居ない。」
「でも、完璧な演奏は有るだろ。」
「其れも無いわよ。」
「いいや?僕の耳に君の演奏は完璧に聴こえ るな。」
僕はグランドピアノに肘を置き、彼女に言った。
「随分口が上手ね。演奏も其れぐらい上手なら いいのに。」
「おおっと。君は随分毒舌だね。」
「貴方だけよ。」
他愛も無い話をし乍、音楽室にいる。今日は 休日。誰にも邪魔されない。そんな空間に 彼女と2人きり。これ程望んだ場面は無い。 彼女の演奏は素晴らしい。でも、足りない。 何かが足りない。そう言って彼女は更に上を 目指す。いや、藻掻くとでも言うのか。