結局、訳も分からず言われるまま、夢龍は春香の家業を手伝う事で雇われてしまった。
果たして、退屈しきっている奥方達の相手をするのが良かったのか、裏の家業だろう何かしら人には言えない事、先程、馬で出発した男達のような仕事に付かされるのがよかったのか、それは、今の所わからない。
ただ、昼間から春香を呼ぶ、という屋敷の奥方とやらも、酔狂を越えた、なかなかの食わせ者だろう。はたして、先方が満足する相手ができるのやらと、夢龍は躊躇した。
とりあえずは……、パンジャへ繋ぎをとらねば。
居場所が出来た事を知らせた方が良いだろう。もっとも、小さな街、そして、パンジャの事だから、こちらが知らせなくとも嗅ぎ付けてくるだろうが。
何かあれば、大木の鞦韆《ブランコ》に、縄なり、何なり、結び付けておく、という約束事が本当に働くのか確かめておきたかった事もある。
ここまでは、上手く行っていた。相棒は、パンジャでもあるし、何も心配することはない、のだが……、ここまでとは?
何が、上手く行っているのだろう。
上手くも何も……、はなから、何も行わない。そうではなかったのか?
ふと、夢龍は、これからのこととは、何なのだろうと、自信へ問うていた。
頭上に昇る、月の明かりは仄かなもの。
皆、ひと仕事終えたと、息をつき、散り散りばらばらに消えて行く。
おそらく、休みに入るのだろう 。
──今なら、抜け出せる。
直感的に感じた夢龍は、馬小屋から抜け出して裏木戸から、外へ出た。
見える月は、都と一緒なのに、夢龍を包む夜の薄闇と静けさは、まるで異なるものだった。
一人で、あの大木のある楼閣まで行き着けるのかと、つと、心細くなる程、都とは違う情景に、自然、歩みも速くなる。
怖い……。のだと、気がつき、子供でもあるまいしと、夢龍は自らを落ちつかせようとする。
とにかく、今しかないのだ。行かねばならぬのだ。
そう、言い聞かせ、全てを振り切るように大股で進んで行った。
どのみち、忙そがなければ、春香の店と行き先は、少し距離がある。
抜け出したのを、気付かれてはならないと、夢龍はとにかく先を急いだ。
その、急ぎ足の夢龍を追う者がいた。
薄闇にも関わらず、人より何倍もの長さの影を田舎道に伸ばす男 ──、黄良が忍び足で後を付けている。
薄闇と行かねばならぬと、気を取られいる夢龍は、その存在に気がついていなかった。
もちろん、黄良の方が土地勘もあり、正直、夢龍より悪どさは勝っている。
おおよそ、行き先に見当がついたのか、そっと、脇へそれ、里山の中へ分け行った。
先回りするつもりなのだろう。
何もしらぬのは、夢龍で、時折、夜空を見上げ、足元をほんのり照らす月が、雲に隠れないよう願っている始末だった。