果たして、楼閣脇にある大木に、夢龍が到着した時、パンジャの姿を認めた。
三日毎に来るとのことだったが、三日経っていたのだろうか?パンジャと別れて、まだ、二日のはずだ。
向こうも夢龍の姿を確認したようで、
「坊っちゃん」
と、何時ものように声をかけてきた。
「ああ、伝えたい事があってな、綱を結び付けに来たら、お前に会ったのだ」
「ええ、パンジャも、坊っちゃんの事が心配で、三日、などと言いましたが、決め事の綱が結ばれてないか、結局、毎日、確かめに来ておりました」
少し過保護でしたなぁと、とぼけて見せる姿に、夢龍は安堵した。
都での暮らしをつと、思い出させてくれる唯一の人物だからか。
その都へ、いつ、戻れば良いのだろう。
「おや、都が、恋しくなりましたか?ですが、一度は、こちらに、いらしていたのだから……」
夢龍の心持ちを読み取ったのか、パンジャは言った。
「ああ、そうだがな。あの時も、父上と共に、都を恋しがったものだ」
「あれ!大旦那様が!」
ははは、そう驚くな。父上も、ただの人。と、夢龍は、堅物の父ですら、退屈したここの田舎具合をパンジャに話した。
「ほおー、そりゃーですねー、大旦那様が悪い。たまに、宴でも開けば良かったのですよ」
まあ、そうなのだが……、決まり事が、なければ生きて行けないのではないのかと思うほど、夢龍の父親は、馬鹿正直に規則に従う人間だった。
もちろん、融通が利かないと、周囲には煙たがられたが、ここの民には慕われていた。
子供だった夢龍ですら、それは、良く分かっていた。
そして、身分など忘れて、地元の子供達と遊ぶようにと、唯一、決まり事を破ろうとした。
が、残念ながら、夢龍が近づくと、皆、逃げ出すはかりで、父の思惑、ここで、身分違いの親友を持たせようという試みは失敗したのだ。
都に帰れば、ご子息、と、呼ばれる仲間としか付き合えない。
民の暮らしに触れる機会はないだろう。たとえ、子供の頃の一瞬にであっても、いや、だからこそ、物の真実を夢龍に見せておきたかったのかもしれない。
今なら、父の考えていたことが、夢龍にも、わかる。どうにもならないと、わかっていても真実を知っておきたい、教そわりたいと密かに沸き起こる思い……。
それは、汲み上げても汲み上げても、翌朝には、また、満ちている厄介なものだった。
「で、坊っちゃん、何か、ご用が?」
パンジャの、言葉に、夢龍は、はっとした。
そうだ、ここに来た目的を告げなければ。
「ああ、居場所が、決まった」
「あれ、この、色男。で、どこの、女に囲われました?」
「ははは、聞いて驚け、南原一の美女だ」
「……ほお、春香に……」
目を細めるパンジャの様子が、いつもと違うような気がしたのは、細く差し込める月明かりのせいだろうと、夢龍は思った。
「ああ、月が……、雲に隠れてしまいましたな。今宵は、これまで、でしょう」
確かに、雲の狭間から幾ばくかの光は見てとれる。が、足元は、おぼつかない。
そして、夢龍も、その春香の店へそろそろ、戻らなければならないと気が急いてきた。
「ああ、そのようだな。何かあれば、また、知らせに来る」
告げて、夢龍は踵を返した。
背後で、お気を付けてと、パンジャの声がした。
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