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ワンクッション
エーミールとグルッペンがスーの葬儀に参加している間に、ツアーについて決まっていた。
結局、ツアーは日程途中で中止となり、明日には警察とツアー会社の迎えが来ることになった。それでも参加者達の不満は収まらず、あちこちで小競合いが起こっていた。
グルッペンは愉快そうにその様子を遠くから見ながら、エーミールの傍らに歩いてきた。
「かつては皆が一体感を持ち、皆家族だ仲間だと言って肩を組んでいたのに、ちょっとした火種で、こうも簡単に瓦解する」
「更にここに火薬を投入し、不満を高める。そこへ、彼等が望む高説を謳う人物が現れたとしたら…?」
悪魔のような愉悦の笑みを浮かべるグルッペンに、エーミールもまた愉快そうに口許を歪める。
「ドイツ第三帝国かファシスト党でも作るつもりですか?」
エーミールは顎に指をあてニヤリと笑うと、グルッペンを横目で見た。
「思想は面白いが、如何せん国力が圧倒的に足りなかった。だが、国力が充実している国では、出てこない思想でもある」
「攻撃対象を明確にし、同調圧力で弾圧することで、結束力を強める。この場合、どの陣営がユダヤ人足り得ますか?」
「ツアー会社だな。力ないものは、権力に憎悪を抱く傾向がある。さらに、ツアー参加者と、部族の利害は、今は一致している」
「ツアー会社を攻撃するメリットとデメリットは?」
「メリットは、事件の隠蔽だな。何もなかったことになれば、彼等は更なる幸福の時間を満喫できる。デメリットは、今後、二度とヤク中パーティを企画運営する会社はなくなる」
「彼等が先を見ているとは思えませんので、デメリットを振るったところで、今幸せになりたい彼等には、通じませんね。どうしますか?彼等の望みを、叶えてやりますか?」
「正直、どっちがどうなろうと、どうでもいい。実に下らない話だ。が……」
グルッペンが喉の奥を鳴らし、肩を揺らして小さく笑う。エーミールもまた、腹に黒い何かを含んだ笑顔で、グルッペンを見遣った。
「ある意味、絶好の『革命』の練習台になりますよ?やってみては如何ですか?」
「そうだな……。参加者の中に、会社と繋がりがあるヤツはいるか?」
エーミールはふふっと小さく笑い、若いカップルの女を指差した。
「彼女の父親が、ツアー会社の副社長です」
「……なるほど」
こいつは都合がいい。
グルッペンは言葉を飲み込み、騒ぎの渦中へとゆっくり歩み寄った。
人混みから少しだけ外れるように佇んでいたアジア人青年の側にグルッペンは足を進めると、青年の側で二言三言、何かを囁いた。アジア人青年は突如激昂して、彼の国の言葉らしき叫び声をあげると、テントに潜りすぐに戻ってきた。
騒ぎの興奮に浸っている群衆は、青年の異様な雰囲気に気付いていない。青年はおもむろに銃を抜くと、若いカップルの男に向かって何発も引き金を引いた。
男が斃れる。
興奮しきっていた群衆は、一瞬にして静まりかえった。が、女の悲鳴と共に、再びこの場は阿鼻叫喚となる。
アジア人青年の銃口が、次の獲物を探して左右にふらふらと振り回されている。カップルの女、ツアーコンダクター、エーミール、グルッペン。次の獲物を決めあぐねているのか、照準が定まらない。
少しして、照準がグルッペンに定まった。青年の指がトリガーにかかる。
青年の体が宙に浮き、一回転して地面に叩きつけられると同時に体は反転させられ、そのまま後ろ手にされ抑え込まれた。
「さすがだ、エーミール」
青年の銃口がグルッペンに定まってすぐに、エーミールは動いていた。エーミールは脇目もふらずに青年の元へ走ると、銃を持つ右手を抱え、そのまま投げ飛ばして青年を抑え込んだ。銃は届かないよう、青年から遠ざけるよう蹴り転がす。
「人を護衛代わりにしないでください」
「君のジュードーの腕があれば、その程度ワケないだろう?」
ニヤニヤ笑うグルッペンに、エーミールは一睨みして舌打ちをすると、暴れる青年の腕を更に締め上げた。
「とにかく、彼を拘束するための道具を、持ってきてください。ロープでも布でも、何でもいいです」
「あ、ああ……」
エーミールに言われ、部族の青年がロープを取りに行く。
しかし、それよりも早くカップルの女が銃を拾い上げ、恋人を殺したアジア人青年の頭をめがけて発砲した。
拘束具の必要はなくなった。
アジア人青年は血と脳漿を撒き散らし、物言わぬ骸となった。
アジア人青年に向けて発砲した女は、足をガタガタと震わせ、その場にへたりこんでしまった。グルッペンは女の傍らに寄り、スーツの上衣を脱ぐと、彼女の肩に服をかけた。
「大丈夫。貴女は何も悪くない。むしろ貴女は、恋人の仇を取った英雄だ」
「そうだろう?みんな」
グルッペンが静まり返る周囲の連中に同意を求めると、最初はざわついたものの、一人が頷くと続いて周囲が頷き始めた。
「この男は、どこからか彼女のボーイフレンドがツアー会社の身内と知り、男を撃った。たとえ今回の騒ぎでツアー中止となったとしても、そのような横暴は許されるべきだろうか?」
グルッペンの演説が始まり、空気が緊張するなか、問いかけられた皆はお互い顔を見合わせると、首を横に振る。
「今回のツアーは、人が死にすぎた。最初の旦那の死は事故だとしても、これ以上命や感情を無駄に削るべきではない。明日には州警察も来る。それまでは皆、自分のテントで待つべきではないか?」
「そうは言うが…」
誰かが未練がましそうにそう呟いたが、言葉の先をエーミールが遮る。
「皆が不満に思うのは、承知しています。ですが、警察が介入する以上、余計な騒ぎを起こせば、蠱惑の神秘体験どころの話ではなくなります」
「それに、ツアー会社とて、これでおしまいというわけではない。ツアー中止によるこの先の料金の返金。そして、明日までの『お楽しみ』の準備もある。そうだろう?」
グルッペンがメガネ越しにツアーコンダクターに睨みを利かせると、彼は伺いを立てるように副社長の娘を見つめる。彼女はコッソリと首を縦に振った。
「も、もちろんですとも。我々は皆様に楽しんでいただくためのツアーを組んだのですから、騒ぎを起こした分は補填いたします」
そう言うと、ツアーコンダクターが社員に何かを伝え、車の中から白い粉の入った袋を持ってきた。
「これ…は?」
誰かが上擦った声で問いかける。
中身は恐らく、皆が周知であり、楽しみにしていた『アレ』だろう。
「本来はツアー最終日に、希望者へとお売りするものでしたが…。警察が来るならば、今のうちに皆で楽しみましょう」
それまでの一触即発状態が嘘のように、参加者達は、一変狂喜乱舞となり、我先にと白い粉の取り合いとなった。
その様子を端から見ているだけのグルッペンとエーミールの元に、副社長の娘が困惑した顔で足を運んできた。
「あの…、ありがとう。でも、どうしてアタシのこと…ううん、彼を副社長の息子に仕立て上げたの?」
「簡単な話だ。お嬢さん、貴女はあの無秩序な連中の矢面に立ちたいかい?」
逆にグルッペンが問いかける。
想像したのだろう。
娘の顔が、みるみる青くなっていき、恐怖に体を震わせた。
「キミのボーイフレンドには悪いが、死んでしまった以上、彼にヘイトを買ってもらった方が、キミのためでもある。違うかい?」
娘はしばらく困惑した表情でグルッペンの言ったことを考えていたが、自分の中で何とか折り合いがついたのか、納得してコクコクと頷いた。
エーミールが更に話を進める。
「貴女もまた、被害者です。そして、ボーイフレンドを殺されても、暴漢に立ち向かった勇気ある女性だ。この先も無事でいたいなら、貴女は英雄であるべきです」
「英雄……?アタシが?」
エーミールがコクリと首を振る。
「彼等はただ、クスリが欲しいだけです。その機会を奪うものは、死人だろうと警察だろうと主催者だろうと、容赦するつもりはないのです。あのアジア人青年みたいに…ね」
「キミは暴漢を倒し、彼等にクスリという名の幸福を与えた英雄だ。だが英雄は、一時でも彼等からクスリを奪おうとした主催者側の人間では、あってはならない。少なくとも、ツアーが終るまで、キミは『ボーイフレンドを殺された哀れな女』『ボーイフレンドの仇を取った英雄』であるべきだ」
エーミールとグルッペンに立て続けに説得され、娘は洗脳されたかのように、虚ろな表情で
「英雄…。私は…英雄…」
と、繰り返した。
エーミールとグルッペンはその様子を見ると、お互いに視線を合わせ、頷いた。
「ですが、ボーイフレンドが亡くなられた今、女性が一人でいるのが危険なことは代わりありません。とはいえ、我々もただの参加者である以上、貴女の騎士(ナイト)足り得ない。落ち着いたら、会社の方々と一緒にいた方がいいですね」
「……ありがとう。でも、アナタ達は一体、何者なの?どうしてアタシを助けてくれたの?」
「言っただろう?我々はただ、窮地に陥りそうな女性を救いたいだけの、一般参加者だと」
グルッペンの言葉が終わる頃、ようやくツアー参加者から解放された社員が、娘の元に駆け寄ってきた。
「お嬢様、ご無事で何よりです」
「二人もありがとう」
「しかし……かなりの損害を出してしまった」
「ツアーを無事に幕引きすることが、先決よ。パパにはアタシからもお願いしておくわ」
「そう言ってもらえると、助かります」
社員と娘の話がまとまると、グルッペンとエーミールは踵を返した。
「ではお嬢さん、我々はこれで」
「あっ、あのっ。ありがとうございます!」
社員たちの礼の言葉に、グルッペンは片手を挙げて応えた。
自分達のテントへと向かう途中、エーミールはグルッペンに訊ねた。
「君は、あのアジア人青年に、何と伝えたのですか?」
「なぁに。ちょっとした事実を述べただけだ。『あのカップルの男は、E国人青年も誘っていて、彼は喜んで応じた』とね」
「は?!」
グルッペンの言葉に、エーミールは怒気を含んだ声をあげた。
「訂正しろ。誘われはしたが、応じてなどいない」
余程腹に据えかねたのか、エーミールの口調から、柔和な物腰が消えた。
グルッペンはニヤリと笑うと、エーミールに向かい直る。
「本当か?」
「当たり前だ」
「ふむ…。まあ、いいだろう。だが、その一言が、彼をあそこまで激昂させるとは、思ってもみなかったな」
「……そこまで見越していた顔をしておいて、何をしれっと…」
エーミールが苦虫を噛み潰したような顔を浮かべると、グルッペンは笑って話を続けた。
「彼は、キミと懇意にしている私の存在も、疎ましかったようだからね。それにしても、エーミール。キミは男を惹き付ける才があるようだな。あの男は、相当にキミにご執心だったようだぞ」
「そんな才能、コヨーテにでも食われてしまえばいいんですよ……」
エーミールのボヤキに、グルッペンは膝を叩いて大笑いした。それがまた、エーミールには面白くない。
「……彼女に先を越されてしまったのは、予定外でしたね」
「ああ。本当はあれは、私がやる予定だったのだがな。思った以上に、行動力のあるお嬢さんだった」
「だがそれで、会社に貸しはできました」
「確かに。お陰で、ツアー料金の補填と、コカインの放出がスムーズにいったからな」
「『英雄』の地位を取られてしまったら、『革命』はなし得ませんね」
「そうでもない。確かに彼女に比べ私の発言力は大したことはないが、彼女にとって我々の言葉は絶大となった」
「陰から操る方に回りますか?」
「それもまあ、面白いだろう。まあ、明日までのお山の大将ではあるがな。それよりも」
グルッペンはエーミールの腰に腕を回すと、耳元に口を近付けて囁いた。
「邪魔者はすべて消えた。明日までキミとゆっくりと過ごしたい」
「……コカインパーティーの乱痴気騒ぎの方が、まだマシですね」
腰に回ったグルッペンの腕を、エーミールは払い落とすように叩いた。
「いつまでもつれないな、キミは。だが、エーミールとの議論のぶつけ合いは、もっと面白そうだ」
「それは…、いい酒の肴になりそうですね」
たった二日の邂逅ではあったが、グルッペンにとっては、今までにない感触をエーミールから感じていた。今までに誰からも感じたことのない、魂の同調。
「私はあまり酒は強くないんだ。お手柔らかに頼む」
「構いませんよ。貴方との議論は、酒やクスリよりもずっと酔えそうです」
エーミールは嬉しそうに微笑むと、グルッペンと共にテントへと入っていった。
グルッペンとエーミールは、夜通し議論を続け、話し合った。
今まで自分の中でしか行えなかった、思想や意見の擦り合わせが、初めて自分以外の相手とできたことに、二人は無上の喜びを感じていた。
人に聞かれる事が憚られるとわかっている思想だからこそ、誰にも言えずにいたが、たとえ意見違いがあったとしても遠慮なく自分の主張をぶつけられる相手がいることが楽しすぎ、気付けばすでに朝日は高くまで昇っていた。
「……すっかり話し込んでしまったな」
「本当だ。いつの間にか、陽も高くなってるな」
余程楽しかったのだろう。丁寧ではあるが慇懃なエーミールの口調は、すっかりくだけたものになっていた。
「まだ話し足りない」
「僕もだ」
天窓から見える青く澄みきった空を見つつ、エーミールは議論をしだしてから初めてタバコを口に咥えた。
「だがそろそろ、警察が来る。言論の自由が保証されている国とはいえ、あまりにも偏った話を、取り締まる側に聞かれるのもな」
「いつかまた、キミとじっくり話す機会が欲しいものだ」
「そうですね……」
グルッペンの言葉に、エーミールはタバコの煙を吐きながら苦笑を漏らす。
静かな草原の遥か向こうから、数多のサイレンの音が聞こえてきた。
「……もう来たのか。この国の官憲は、ずいぶん仕事熱心ですね」
「サイレンの音が多すぎる。恐らくは、コカでラリったジャンキーも、しょっぴくつもりか」
「でしょうね。主催者側の旨趣返しかな」
「まあ、僕らは大丈夫だろう。クスリではなく、議論でハイになっていたからな」
「ふふっ……」
エーミールは返答はせず、意味ありげな含み笑いをしてタバコをふかすだけだった。
大勢の警察官がやってきたため、閑静な自治区は軒並み大騒ぎとなった。
次々と後ろ手に手錠をかけられた参加者達が護送車に詰め込まれ大騒ぎしているが、グルッペンの関心は彼等にはなかった。
「何故だ!彼は…エーミールは何もしていない!
【続く】