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1.帰還
蝶屋敷に着いたのは丑三つ時だった。空には大きな満月が出ている。
「も…戻り…ました…」
影沢は扉をガラリと開けて力尽きた。ここに戻ってくる途中にも鬼がいたため、そいつらを倒すだけでかなり体力を消費してしまったのだ。
任務後は一旦蝶屋敷に戻るようにと言われていたため戻ったが、時間が時間なのでみんな寝静まっていた。
「そりゃあそうよね…」
影沢はとりあえず寝ることにした。もうとにかく眠い。今すぐに寝たい。
薄暗い廊下を、物音立てないように歩いたその時。
「おや、任務帰りですか?」
「!」
暗闇から小さく声が聞こえ、影沢は驚いて後ろを振り返った。
そこには、この蝶屋敷の当主である蟲柱・胡蝶しのぶの姿があった。
「胡蝶さん…!」
「遅くまでご苦労さまです。怪我をしているようなので治療しましょうね」
影沢はしのぶに手を引かれ、そのまま治療室へと連れていかれた。
2.真夜中の治療室にて
「そうですか…幼女の鬼…」
しのぶが興味深そうに呟いた。影沢は体中の傷に消毒をしてもらっている。ときどき染みて痛い。
「見た目は幼いのかもしれませんが、何十年も生きている鬼ですからね。倒して正解だったと思います」
そうしのぶに言われた途端、影沢は俯いた。
「…あの…胡蝶さん…」
「? なんでしょう」
「私…変ですか…?」
しのぶが不思議そうな顔になった。
「私……。鬼殺隊なのに鬼に情けをかけてしまって…」
そう言った瞬間、しのぶの動きが止まった。
「情けないですよね。人を殺してきた生き物なのに可哀想だなんて…」
影沢が薄く笑った。しのぶは黙って聞いている。
「私の周りは鬼に家族や大切な人を殺されて、鬼を憎んでいる人ばかりなのに…。私の考えはおかしいんでしょうか…」
すると。
「…姉も」
「?」
「私の姉もそのような考えをする人でした」
「え…」
「数多の人を喰い殺した鬼を可哀想と、自分が死ぬ間際ですら言っていました」
今度はしのぶが俯いた。
「両親を鬼に殺された身なのに、鬼と仲良くしたいと言っていました。私にはその意味が分かりません。人を悪夢に陥れた生き物を可哀想だなんて」
おかしいと思いませんか?と、しのぶが聞いた。
影沢は、両手の拳を膝の上で握りしめた。
「…私は…私は…人を苦しめて傷つける鬼は大嫌いです」
しのぶはこちらをじっと見ている。
「ですが、鬼となったことを悔やむ者や、反省している者はせめて、救ってあげたいんです」
影沢が顔を上げる。
「自らの意思で鬼となった訳ではない者もいるはずなんです。だから─!」
そういう鬼だけは、助けてあげたいんです、と。
そう、影沢は言った。
「…そうですね」
「…!」
「私の姉も、きっとそう言うと思います」
しのぶが静かに笑った。
目前の少女の笑った顔は、まるで優雅に空を舞う蝶のようだった。その菫色の瞳を、満月が明るく照らしていた─。
3.また来たあの人
翌朝。
ガラァ!!と、壊れそうな程豪快に扉を開けた音で目が覚めた。
「や」
遠方任務から帰ってきた兄弟子・矢継である。
「あ…矢継さん…」
影沢は眠い目を擦った。
「怪我してないか?元気か?」
「あ、はい…。一応切り傷だけで元気です」
「よし、夕方になったらまた迎えに来る。それまでに色々準備しといてくれ」
もう随分と前から言っていた合同任務の事だろう。影沢は内心、やっとか、という感じだった。
そして、あっという間に夕方となった。
「行くぞ!」
「はい!」
見るからに兄弟子、妹弟子の風体をした2人は蝶屋敷を出ていった。
「合同任務って…どんな任務なんですか?」
覗き込んできた影沢を見て、矢継が顎に手を添えた。
「今回行くのは少しばかり都会の方だ。ここんとこ真夜中に家を出ていって失踪する人が多いらしい」
「…いなくなった人の共通点は?」
「ない」
失踪する人の繋がりもなく、生死も不明。本当に気づいたら消えているのだそうだ。
「始めは俺1人で討伐しようと思ってたんだ」
矢継は影沢と顔を合わせずに続ける。
「けど、鬼の居場所が全く掴めなかった上に被害報告範囲が広かったから、警備地区が近い隊員30名を合同任務として呼んだ」
「30人も…!」
影沢が目を丸くした。
「でも、そんなに沢山いるなら大丈夫なのでは?」
「…いや、問題なのはここからだ」
「…?」
「ここは夜になると一歩も動けなくなるほど真っ暗になるらしい。その暗闇のせいで川に落ちて死んだ人もいたと聞いた事がある」
「そんなに…」
「俺は昔から目は良いと言われてきたから大丈夫な気がするけど…お前はどうだ?」
矢継の声色が少しばかり明るくなる。恐らく夜目が利くのが自慢なのだろう。
「私も比較的…」
「それならなんとかなるな。だけど、慎重にいこう」
2人の頭上の木に梟が止まった。
「ここを曲がったら現場だ。気を抜くなよ」
「はい」
矢継、影沢は人混みへと消えていった。
4.夜の都会
「これより合同任務を開始する!A班は近隣住民の誘導!B班は鬼の討伐!C班はそのサポートに回れ!」
「はい!!」
集められた鬼殺隊員30名が一斉に返事をして解散する。
矢継と影沢は共にB班。入隊直後の隊士1人では危ないので、影沢は矢継と動いた。
「30人…やっぱり沢山いますね…」
影沢が緊張した面持ちで矢継に話しかけた。
「鬼殺隊員は総勢で数百人程いるらしいからな。これでもまだ少ない方だ」
「へぇ…」
そんな話をしながら、鬼を探していたその時だった。
「あれ…」
「どうしました?」
「なぁ…。さっきここ通ったよな…?」
「え?」
矢継の後ろを歩いていた影沢が顔を出す。確かに先程見たような植物や塀がある。
「そう…でしょうか…?」
影沢が言った瞬間。
ピタリ、と、周りの音が消えた。
「…!」
つい先程まで鳴いていた梟も、虫も、死んだかのように静かになった。音が何もしない。
「…嫌な予感がする…」
矢継が辺りを見回した。
その、時。
チリン。チリン…チリン。
「…!」
規則的に鳴る鈴の音。何かが這いずるような音。どんどんこちらへ近づいてくる。
2人が刀を構えた時。
「!!」
2人は目を見張った。
続