千春たちは、紙に書かれた住所へと、 訪れ る。以前「ムラサキ」という男は、 京都駅 で降りた。 まだあれからほとんど日にちは 経っていな い。 おそらくまだ、 京都の何処 かにいるはずだという憶測で、 とりあえず 行ってみることにしたのだ。 記された通り の住所に辿り着くと、 小さな裏路地に、寂 れた一軒家があった。 外から見ると、無機 質な3メートルほどの 石の壁で中はみえな いようになっており、 壁から家がはみ出し て見えるので、 おおよそ2階建てだろうと 予測はついた。 壁にはツタがカーテンのよ うに 埋め尽くされており、はっきり言っ て、手入れがもう ずいぶんされてい ないよ うに思える状態だった。 入口は壁の高さま で鉄の柵で塞がれており、呼び鈴が1つ付 いている。 盗人が入るかもしれないから、 と男が言っ ていたのを思い出す。輝夜が呼 び鈴を鳴らすと、チーンという鐘のような 音があたりに響く。
「すみません、軍のものですが。ムラサキ さん、いらっしゃいますか?」
反応はない。 輝夜の声だけがその場に響く。
「留守…かな?」
気にせず、輝夜は再び呼び鈴を鳴らす。 先程よりも強く押したのか、 音が少し甲高く響いた。 しかし相変わらず反応はない。
「…無駄足だったわね、帰りましょう」
輝夜が踵をかえし、 千春は慌てて追いかける。 急に輝夜が視界から消えたと思うくらいに は素早い判断だったので、 驚いて少し足が もつれてしまった。 すると輝夜が目指す路 地の出口から、 ブラウンのロングコートを 着た、 初老の男が現れた。 手には食料品等 の入った紙袋や、 書類などを入れる封筒を 3つほど運んでおり、顔が隠れるほどかさ ばっていた。 千春は、その男を見て、気づ く。 あのときの男だ。
「あの、ムラサキさん、ですか?」
呼ばれた男は、かさばっている荷物から顔 をのぞかせて、 おや、 と呟いた。
「君は…電車の少年じゃないか。この間ぶりだね?」
輝夜は、それを聞いてすぐ、 落胆したよう な、疑うような語調で 「この人が、ムラサ キ?」と小声で言う。 なにを期待してたん だ、この子。
「私になにか、用かな?」
「はい、聞きたいことがあって」
「おお、それは楽しみだ。私に役立てるこ とがあるなら、ぜひとも聞いてください。 中で 話しましょう」
そう言って、鉄の柵の前まで歩く。 ガサガ サと持っている紙袋で音をたてなが ら、探 る。中から鍵を取り出し、 鉄の柵に小さく 付いた鍵穴にそれを差し込む。
「すまないが、開けてくれないか。手が塞 がっていてね」
言われるがまま、千春は柵を右に動かす。 かなり錆びついているのか、力を入れてこ じ開けるようにして、 ようやく柵が動い た。
「さあ、中に入ってくれ、鍵はかかってない」
「お邪魔します」
入ってすぐ、奥の方へ案内された。 そこに は客間があり、 光沢を放つ木の机を挟ん で、 洒落たソファがあった。 外とは違い、中はとてもきれいで、 家具の 一つ一つが、かなり価値の有りそう な雰囲 気を纏っている。入ってくるときの 厳重さ が頷けるような内装だった。 ムラサキは、 ソファに腰掛けて、荷物を自 分の横に置 く。 千春たちも、その向かい側のソファに 腰を下ろす。
「それで、どうされました?軍が私に聞き たいことなんて、珍しいですね」
腰掛けてすぐに、ムラサキは言う。 輝夜は 驚いているような様子で、
「なぜ、わたしたちが軍のものだと?」
と確認する。
「そのバッジですよ。かなり古いものです が、私が若い頃は、そのバッジを付けて戦 場を走り回ったものだ。今は軍服のようで すが、当時はそれすら支給されなくてね。 おおよそ30年ほど前だったか」
「軍人だったんですか」
「ええ。といっても下っ端ですがね」
ということは、特葬課のバッジになってい ることを考えると、百田や赤津も、ムラサ キが軍人だった頃にいたということだろう か。 とてもそうは思えない。それにしては 2人 は若すぎる。
「いやぁ、懐かしいなぁ。元気にしてるか なぁ、キンとモモは」
「キン?モモ?」
「ああ、すまない、旧友が軍にいたもので ね。思い出したんですよ。明るいいいやつ らだった…」
どこかさみしげに、ムラサキは言う。
「で、何の話でしたかね?」
「情報屋のあなたに、聞きたいことがあっ てきました」
「ああ、そうだった。私は情報屋ではない が…で、何が聞きたいのかな?お嬢さん」
「集団行方不明事件についてなんですが、 なにかその辺りで怪しい動きをする人物が いなかったか、知りたいんです」
「ああ、長岡京市の怪奇現象のことか。市 民が1日にして消えたっていう」
「ええ、そうです。」
「見たよ、怪しい人物 」
「え!?」
「というより、会った、が正しいですが ね。私もちょうどその辺りに用事があっ て、近くの店で一息ついていたら、妙な男 が店に入ってきましてね」
「用事、っていうのは?」
「趣味です。調べたいことがあったので ね。行方不明事件が起こり始める少し前だ ったか」
「その妙な男は、なにが妙だったんです?」
「変なことを私に聞いてきたんですよ。長 岡京市の人数は正確には何人くらいか、と か、外国の黒船が過去に来た場所を知らな いか、とか。どうやら、私が趣味で情報屋 のようなことをしているのを、知っている ようでした」
「黒船、って言うと、ペリー来航とかの、 あの黒船ですか?」
「そうそう、理由は教えてくれなかった が、なにやら印象的でね」
なるほど、 と輝夜が反応する。メモを取 っている間に、
「もう、自分で言っちゃってるじゃないで すか。情報屋をしてるって」
と、千春が割り込むと、 ムラサキは苦笑いをしながら、
「お金は取ってないからなぁ、趣味だも の」と言った。
「それは有名でしたか?」と輝夜が話を戻す。
「いいや、それほどは。でも僕は、その頃 は歴史なんかを詳しく調べてたからね、教 えるのも歴史なんかについての情報ばかり だった。お客さんにはわりと好評だった よ」
「なるほど、では最後に、その妙な男がど こへ行こうとしていたか、分かります か?」
「ああ、確か、私が教えた遺跡に行くって 言っていましたね」
「どこですか?」と輝夜がムラサキを覗き 込むように前のめりになる。 千春も同じだ った。 ムラサキは、近くのタンスの引き出 しから 封筒を取り出し、封筒から1枚の写 真を取り出して、机に広げる。
「五稜郭。北海道です」
コメント
4件
五稜郭!ムラサキさん、意外と好きかもしれない…
とても面白い!!続き楽しみ(*^^*)