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ワンクッション
余韻に浸りたい。
エーミールの肌に直に触れ、腕の中で彼の体温を確かめたい。ほのかに香るシャンプーの匂いを感じたい。
だが。
やらねばならないことがある。
グルッペンは気持ちを切り替えると、エーミールの身体をうつ伏せにして引っ張り、自らの膝の上に乗せた。
「?! な、なに……」
だるさと痺れでうまく動かせないエーミールの身体は、グルッペンにされるがままに動かされる。
パァンッ!
「ひっ……?!」
何かがエーミールの尻を叩く。
何事かと理解できずにいたが、すぐにグルッペンの仕業と理解した。
「何の…、真似…ッ!ひぅッ!」
更にもう一度。
まるで子供に仕置きをするように、グルッペンの平手がエーミールの尻たぶを強く叩く。
「貴様は自分の身や命を、粗末に扱いすぎだ」
「キミには関係な……ッ!!あぅッ!」
もう一発。
エーミールの尻が、赤みを帯びる。
「言ったはずだぞ、エーミール。お前はもう、俺のモノだ、と。貴様の全て…命ですら、私のモノだ。貴様の生殺与奪の権利は、私にある」
「勝手な…ッ、こと、を……ッ!!」
エーミールが抵抗するたび、容赦のないグルッペンの平手が、エーミールの尻を叩く。
痛みもだが、子供のような扱いは、エーミールに耐え難い屈辱を与えている。
イヤだ。
痛いのは、イヤだ。
けれど。
「勝手に自分を傷つけるな!勝手に死のうとするな!私以外にその身を委ねようとするな!」
「あっ、やッ!!ゆる…ッ、して…ッ!」
恥辱と痛みに、エーミールはたまらず許しを乞う。
「お互い事情はあるから、絶対とは言えん。だが、私の手の内にいるうちは、自分で死を選ぶことなど…許さんからな」
「あひぃッ!」
最後の一発が、高らかな音を立てて鳴る。
「ひっ…、ごめ、ごめんな…さ、い…。ごめ……な…さ、い……ッ」
泣きながら許しを乞うエーミールの姿は、さながら子供のソレである。
グルッペンは赤くなったエーミールの尻を優しく撫でると、エーミールの身体を抱き上げて、戦慄き震える唇にキスをする。
「自害など……最低最悪の逃げ方だ。二度とするな」
「……ごめ、なさい……」
グルッペンは深いため息を吐くと、ベッドサイドに置いていた薬瓶から錠剤を取り出し、ペットボトルの水を口に含んだ。そのままエーミールを抱き寄せると、もう一度その唇にキスをした。
口移しで入れられた錠剤をエーミールは流し込まれた水とともに溜飲する。
「……ハルシオン…か…?」
「ああ、そうだ」
「……部屋に…戻る……」
「駄目だ。今日は俺のそばにいろ。今の貴様から、目を離すわけにはいかんからな」
グルッペンはそう言うと、エーミールの髪の毛を乱暴に撫で回し、抱き寄せた。
「確かにお前は『バケモノ』だ。だが、男を誘惑する『バケモノ』ではない」
「膨大な知識と巧みな頭脳で人を操る『叡智のバケモノ』。それがお前だ、エーミール」
「叡智の……バケモノ……?」
ぼんやりとした口調で、エーミールがグルッペンの言葉を繰り返す。
「……眠りに入る前に、ひとつ聞きたい」
「『ユカリ』とは、誰だ?」
エーミールの耳元で囁くバリトンボイス。
嘘も誤魔化しも、全て知っていると言わんばかりの圧力に、今のエーミールにはもうなす術はない。
「…ナニー(乳母)だ。使用人だったが…母親のような人…だった……」
「日本語を教わったのも、その『ユカリ』からか?」
エーミールは小さく首を縦に振った。
「助けて…欲しかった…。日本語だったら…お父様にわからないからと…、日本語で呼べば…、ユカリさんが…来て…くれる…から……」
エーミールの両目から、涙の筋が一本、また一本と流れ落ちる。
「けど……、来て…くれない……。もう……」
興奮の予兆が見えたエーミールを、グルッペンは包み込むように抱き締め、あやすように何度も背中を軽く叩く。
「眠れ、エーミール。何もかも忘れて、寝てしまえ」
疲れのせいなのか、薬のせいなのか、グルッペンの声に安心を覚えたのか、それはわからない。
エーミールはすべての抵抗を放棄し、眠りの妖精の撒く粉に身を任せた。
エーミールが寝入ったのを確認し、グルッペンは服を着ると携帯電話を持って、そっと部屋を出た。
キッチンに入り、冷蔵庫から水を一本取り出してあおると、おもむろに携帯電話のボタンを押し始めた。
長いコール音の間、グルッペンはひたすら待った。相手が出られる状態か否か、わからない。だが、グルッペンはひたすら電話の向こうの音に、耳を傾けた。
プッ。
電話の向こうに、反応があった。
『お待たせいたしました。ご無沙汰しております、グルッペン様』
「お久しぶりです」
電話向こうの紳士的態度に、グルッペンもまた丁寧な態度で応じた。
「フランコの件、片付きました。学長にもよろしくお伝えください」
『ありがとうございます。お疲れ様でした。……いやはや、まさか彼奴が、エーミール様を看破してくるとは……』
「被害者何人かに話を聞きましたが、アイツは本当に人の心の隙間を突いてくるのがうまい」
『左様でございますな。同じ大学なので、危惧してはおりましたが……。いやはや『テルシオペロ(毒ヘビ)』の通り名よりも、いやらしい』
吐き捨てるように露骨な憎悪を漏らす様子が、電話越しでもわかる。グルッペンは声を立てず苦笑を浮かべ、話を続けた。
「エーミールの協力もあって、無事『処理』できましたよ。学内もちょっとした騒ぎはありましたが…まあ、すぐ鎮火するでしょう」
『それは何よりでございます。ところで、エーミール様は、その後は如何お過ごしでございましょうか』
「そうですねぇ。まだちょっと落ち着かない様子で。思った以上に手の掛かる、やんちゃなヤツでしたよ」
『それはそれは…。お手数をおかけいたしました。申し訳ございません』
手の掛かる子供のやらかしを謝罪する保護者の様に、グルッペンは愉快でたまらなくなり、つい笑い声が漏れてしまった。
『……グルッペン様?』
「ああ、すみません。彼は頭は相変わらずひねくれていて頑固ですが、身体の方は随分従順になってきましたよ」
『!! それは…どういう…』
それまで紳士然としていた相手の声に憔悴が現れ、グルッペンの気持ちは高揚していった。
「最初こそ触れることすら拒まれたが、今やキスも拒まない。勘所を突けば、いい声で鳴く。実に身体は快楽に正直だ」
『あ、貴方は…ッ、何と言うことを…ッ!』
「そう怒られましてもねぇ。仕掛けてきたのは、彼の方でしたよね。貴方は何もかもご存知のはずだ。ミスター・ハンス」
グルッペンの言った『ミスター・ハンス』。
エーミールの後見人でありエーミールのいた家の執事であった、実質的なエーミールの保護者である。
赤子の頃からエーミールを見守ってきたハンスにとって、エーミールは我が子以上の存在。エーミールの幼い頃からの惨状を、歯を食いしばって見守るしかなかっただけに、未だに続くエーミールへの凌辱が、ハンスには我慢ならなかった。
『……ッ!あの方に手を出して、ただですますと…』
「思ってませんよ。だが、こちらも迎撃の準備も反撃の準備もできています。更に、エーミールは今まさに、私の手の内だ。それでもというのなら…。そうですね、今この場で、彼のいい声を聞かせて差し上げましょうか?」
『……!!』
「彼を私に託したのは、他でもない貴方ですよ?ミスター・ハンス」
『それ以上、あの方に手出しをするなッ!』
「はっはっ。実に美しい主従愛だ。大丈夫ですよ、ミスター・ハンス。彼は稀に見る逸材だ。こちらも下手に機嫌を損ねるつもりはない。まあ……、貴方がたの出方次第ですけどね」
『貴様……ッ!』
「出方次第では、先に貴方に消えてもらいますよ。ミスター」
「その前に貴様が消えるぞ、グルッペン・フューラー」
【続く】
【用語解説】
・テルシオペロ
→北アメリカ南部から南アメリカに分布するクサリヘビ科ヤジリドク属の毒ヘビ。2m近くあるデカさのクセに猛毒(血液毒)とか、何のイヤガラセよ。
・ハルシオン
→強力睡眠薬。
日本の薬機法においては処方箋医薬品および習慣性医薬品として、麻薬及び向精神薬取締法においては第三種向精神薬として規制されている(コピペ)