プロローグ
広く暗い闇夜に、1羽のカラスが空を舞う。
その空の下にあるのは、ぽつんと建つ小さな屋敷。
その屋敷で寝ている少女は、夢の中へと入り込んでいた─。
1.夢を見ていた
もう、何年も前だ。
少女と、その母親と、少女の妹らしき幼子。3人しかいない小さな家からは、明るい声が聞こえていた。
「お姉ちゃん!見て!蝶々!」
妹が青く澄み切った空を指さす。空には雪のように真っ白な蝶が、太陽のような優しい色をした黄色の蝶と戯れていた。
「ほんとだ…!綺麗…」
綺麗な青色の着物を着た少女が縁側で微笑む。天から差し込む日差しに目を細めた。
「2人とも。日向ぼっこもいいけど、少しはお母さんのことも手伝ってちょうだい」
「はーい」
洗濯物を干しながら母親が言った。2人が縁側からたっと降りて母親の元へ向かう。
「芹香、これも持ってって」
少女が妹の名を呼ぶ。妹は”セリカ”と言った。
父親はいない。少女がまだ小さかった時に病気で死んだのだ。
「あ!また蝶々!」
芹香が空を指さす。姉妹の頭上に先程とは違う、海のように深い群青色の蝶が羽ばたいていた。
「お姉ちゃんの着物と同じ色だね」
「蝶々の青は綺麗ね…」
「蝶々の青は って何よ!お姉ちゃんのだって綺麗じゃない!」
芹香が洗濯籠を持ちながらふくれっ面をした。
その顔が面白くて、少女は堪らず笑いだす。2人の笑い声が響いた。
貧しかったけど、幸せだった。
寒い中、身を寄せあって寝て、母が作ってくれた美味しいご飯を食べ、春には山菜を採りに山を歩き、蝶を追いかける。
そんな幸せが、いつまでも続くのだと。
思っていた。
2.死
春の夜だった。朧月が見えていた。
いつものように、布団を横に3つ並べて寝ていた。窓から月の光が淡く差し込んでいたのを覚えている。
その月をもっと近くで見ようと、私が布団から出た時だった。
鬼が入ってきた。
扉を蹴破り、驚いて飛び起きた母と妹を瞬く間に噛み殺した。
『お母さん!!芹香!!』
近づいてきた鬼に、私は背中をその鋭い爪で斜めに切り裂かれた。
暫くして、鬼は用済みとでも言うように家を出ていった。
『ッ…』
私は背中の激痛に耐えて2人の元へ寄った。
『お母さん…!芹香…!ねぇ…返事してよ…ねぇ…!!』
返事はない。
『そんな…』
私は助けを呼ぼうとして家を飛び出した。
私に、そこから先の記憶はなかった。
3.敵討ち
気がついたら、私はどこかの布団で寝ていて、誰か知らない人が顔を覗き込んでいた。
『…』
私は無言で起き上がった。
さっきまで何をしていたんだっけ─
『ッ! お母さん!芹香!!』
思い出した。私はつい先程、人喰い鬼に襲われたのだ。
2人を探しに行こうと思って布団を払い除けた時、誰かに強く押さえつけられた。
『誰…!?』
『貴方は傷が深いのです。動いてはいけません』
白樺の精のような女の人。その黒く大きい瞳は、まるでこの世の綺麗なものを全て映し出したような美しさだった。
『目が覚めたかな』
奥からまた別の声が聞こえた。
『あまね、少しいいかな』
『はい』
あまね、と呼ばれた女性が静かに下がる。部屋は私と、不思議な声色をした男と2人きりになった。
『君は2日前、あの山の中で倒れていたんだよ』
男が少し離れた山を指さした。
『2日前…?』
『君の家族は残念ながら助からなかった。君も軽傷ではないからまだ動いてはいけないよ』
男が哀しげな顔で言った。
『助からなかった…?』
信じられなかった。信じたくなかった。
『嘘…嘘よ…!お母さんと芹香は生きてる!死んでなんかない!!』
無理に外に出ようとしたが、突然背中に激痛が走り、その場に倒れ込んだ。
涙が溢れてきた。溢れて、流れて、そして地に滲んだ。
『君の気持ちはよく分かるよ。私も今まで君のような人を沢山見てきたからね』
『沢山…?』
私は泣きながら聞き返した。
『そう。私は悪鬼を討伐する組織、”鬼殺隊”の長なんだ。君のように家族や大切な人を鬼に殺された者がいるんだよ』
『…』
『君は独りではない。でも、今はとにかく怪我を治すことだけを考えなさい。先が見えなくても、きっといつか明るい道が見えてくるからね』
男は俯いた私の肩に手を乗せた。
私の脳裏に、大好きだった母と妹の笑った顔が蘇って、消えた。
そして、私は決めた。
『…これから先、私がするべきことは、鬼への敵討ち。ただそれだけです』
私はゆっくり顔を上げた。
『鬼殺隊に入る方法を教えてください』
続
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