1.早すぎる復帰
「あれ…、私どうするの?」
影沢は呆然としていた。もう眼前に兄弟子はいない。
「…まだ休んでろってこと…?」
あの鴉…巴丸と言ったか。影沢のことを気遣って矢継を引き離したのか。
なんだかよく分からないが、とりあえず影沢は道場に戻った─。
3日後、影沢全快!
元々貧血だけだったのでそんなに休まなくても良かったのだが、矢継が出かけた次の日に巴丸だけが帰ってきて引き止められたのだ。
『マダ休ンデロヨ!行クナヨ!ワカッタナ!!』
任務に親でも殺されたのかあの鴉は。
「南東!南東ゥ!」
伊吹が新たな任務の報告をしに来たので、久々の隊服に袖を通して外へ出た。
「行きましょうか…」
影沢は歩き出した。
2.都会?
段々都会に出てきた気がする。人が多い。
町のあちこちから商売をする音が聴こえる。店主の掛け声や周りの客の声など、何処まで離れても喧騒が凄い。
「鬼が出るっていうのはここ…?」
影沢は辺りを見回した。とても鬼が出るようには見えない。
「ここで暫く夜を待ちましょ…」
夜。辺りはすっかり暗くなりなってきた。影沢が周りに気をつけながら鬼を探す。
すると。
「う…うぅぅ…っ」
「…?」
誰かが泣いている。子供のような姿が見えた。
「…お嬢ちゃん、どうしたの?迷子?」
幼女がいた。泣きじゃくったまま振り返った。
「おともだちがいないの…」
「お友達?ここで遊んでたの?」
「うん…」
尚も泣き続ける幼女に影沢は眉尻を下げた。
「こんな時間まで遊んでちゃ危ないわ…。じゃあ、お姉ちゃんと一緒にお友達を探しましょ?」
「ううん…おねぇちゃんとあそぶ…」
「え?」
幼女は影沢の隊服の裾を掴んだ。涙で濡れた顔を自身の着物の袖で拭く。
「おねぇちゃんみて」
幼女が地面を指さした。
「わたしね、おえかきがじょうずなの」
「あらそうなの?いいわねぇ」
影沢は木の枝で描かれた地面いっぱいの絵を見た。
「…!?」
そこに描かれていたのは、まるで鬼のような醜い姿をした化け物だった。
「これって…」
影沢が幼女に目を向けたその時。
「ひっかかった♪」
─そう言って笑う幼女の目は紅く、口元には鋭い牙が生えていた。
3.幼き鬼
(鬼─!!)
影沢が刀を構える、が。
「!!」
抜けない。刀が鞘から抜けない。
錆びてはいないはずだ。なのに何故─
それは、影沢が無意識に戦闘を拒否しているから。
今目の前にいるのは鬼。だが、まだ4つか5つしかいってないような幼子だ。心優しい影沢には討つ勇気がない。
「ねぇねぇ おねぇちゃん」
幼女が懐から何かを取り出した。
(何…?竹とんぼ…?)
「わたしといっしょにあそびましょ」
幼女が飛ばした竹とんぼは、羽が鋭い刃となっている武器だった。激しく旋回してこちらへ向かってくる。
《霞の呼吸 参ノ型・霞散の飛沫!!》
ギャリリリ!!!
まるで霞を晴らすかの如く、回転斬りで攻撃を弾く技。回転するもの同士がぶつかり合い、辺りに金属音が響く。
それでも、まだ習得したばかりの影沢は大量の傷を負った。
「ハァ…ハァ…ッ…」
「わぁ!おねぇちゃんすご〜い!」
幼女は手を叩いて嗤った。煽っているのではなく、本当に心から楽しんでいるのだ。この戦いを─。
「わたし、もっとおねぇちゃんとあそびたいなぁ」
幼女は暫し考え込む仕草をし、そして何かを思いついたように笑顔になった。
「そうだ!おにんぎょうあそび!」
そう言うと幼女はしゃがみ込んで、暗く冷たい地面に手を着いた。
「おにんぎょうさん、おにんぎょうさん。わたしといっしょにあそびましょ」
すると突然、幼女が手を挙げるのと同時に地面から幾つもの黒い影が浮かび上がってきた。
(何あれ…暗くて見えない…!)
「わたしのおにんぎょうさん、おねぇちゃんにもかしてあげる」
それは、昔の絵巻に登場するような化け物の姿をした鬼だった。
(数が多い─!!)
《霞の呼吸 伍ノ型・霞海の海》
高速で細かい連撃を繰り出す伍ノ型。この数の的に通用するのかどうか。影沢は固唾を呑んで見つめていた。
そして。
「わたしのおにんぎょうさん…こわれちゃった…」
幼女は悲しそうに呟いた。
(この子は恐らく、自ら戦うことはせずに、他の同等の力を持つ鬼に戦わせる戦法だ。でも、この子を斬らないと殺せない)
分かっている。だが息が続かない。
(人間と鬼では体力に大きな隔たりがある。だけど、それを超えるための呼吸。呼吸が上手く使いこなせてないんだ)
でも。
(鬼といえど、こんなに幼い子を殺すなんて……どうしたらいいの…)
胸が痛くなった。
だが、今ここで討たないとどんどん犠牲者が出てしまう。
影沢は覚悟を決めた。
《霞の呼吸 漆ノ型・薄霞》
4.過去の柵
霞の呼吸 漆ノ型・薄霞。
これは、鬼をできるだけ苦しまずに殺す、影沢が生み出した、影沢だけが使える技だった。
「ごめんね…」
影沢は胴と離れ離れになった幼女の頸を見つめた。
その頃、幼女は過去の回想に引き込まれていた─。
『ごめんなさい!ごめんなさい!!ちゃんとします…!ゆるしてください…!!』
彼女は虐待児だった。
朝から晩まで殴られ、蹴られ─。
雪の降り積もる夜、外に何時間も置き去りにされた。寒かった。
近くに住む大人はみんな見て見ぬふり。
怖かったから。荒れに荒れていた彼女の親と関わりたくなかったから。
いつ死んでもおかしくないような状態で、彼女はまた、その日も外に出されていた。
自分は死ぬのだと、子供ながらにそう悟ったときだった。
『可哀想に。私が救ってやろう』
黒髪で、紅い瞳をした男の人に話しかけられた。
鬼の始祖、鬼舞辻無惨だった。
その直後、無惨は幼女の家に入り込み、両 親を殺した。
『これでもう苦しみ悩むことはない。お前の不幸の根源は消えた』
無惨様が、そう言ってくださった。
何十年も老いずに生きて、何人も人を喰い殺した人生だったけれど、それでも何かが足りなかった。心の靄は晴れなかった。
でも。
(いっしょにあそぶおともだちがほしかったんだ…)
こうやって死に際になって気がついた。いつも外で彼女を見て見ぬふりして遊ぶ子供たちが心底羨ましかった。
遊び相手が欲しかった。ただそれだけなのに。
幼女は涙を流した。
「…ごめん…なさい…」
そう呟いて、幼女の鬼は塵となって消えた。
5.悲しみの声
「神さま…。次にこの子が生まれるときは、絶対に幸せになりますように…」
影沢は静かに手を合わせた。
そして、ボロボロになった痛々しい体を動かし、影沢は蝶屋敷へと戻った─。
続